チルチルミチル | ナノ


▼ 2.花占いの情景

(私はリヴァイ兵長と……付き合いたい、一緒にいたい、見てるだけでいい、それとも……)

ひとつひとつ思考を巡らせながら、ナマエは戯れに摘んだ白い花の花弁を千切り、風に遊ばせていた。曖昧な想いと同様に、それはふわふわと揺れて飛んでいく。

(こんなこと、悩んでる場合じゃないのに)

わかっていても悩みの種は鉛のように重く、ナマエの心臓の真ん中に沈みこんでいた。訓練で集中していても、座学で必死に教科書に向かっていても。ふとしたときにずしん、と響く。

「や、新兵。こんなところで早速サボリかな?」

ぼんやりと座ったまま空を見ていたナマエの目の前に、ひょいと顔を出したのはハンジ。

「分隊長!」

慌てて立ち上がろうとしたが、ハンジはナマエの隣に座り込み、そのまま横になって空を仰いだ。

「暇そうだね?今リヴァイ来てるよ。あっちでエレンも、同期達と再会してたけど。ナマエは行かなくていいのかい?」

「……私はもうエレンにも会ってますし」

エレンの近くにはリヴァイもいるはずだ。それを思うと、軽く腰を上げる気分にはなれなかった。

「ったく、いつまでもリヴァイの制服着てるくせに。もう支給品は出来てるだろ?以外と女々しいんだな、ナマエ」

「なんでそれを」

「見ればわかるよ。貴女よりひとまわり大きなサイズで、貴女にジャケットあげるようなのはリヴァイしかいないだろ」

「……それもそうですね」

あはは、と笑いながらナマエもごろんと仰向けになった。

「少し前までは、私も微笑ましく貴方たちを見守っていたんだけど」

「はい?」

「あの一件があってから、少し変わったからね。ナマエも、リヴァイも」

上を向いていたハンジが、ナマエに向き直る。急に刺さるようにして向けられた視線に、ナマエもハンジの方を見た。

「エルヴィンからも言われただろ。私達は調査兵団だ。次の壁外調査で」

「無事とは……限りませんよね」

「そう。わかってるじゃないか」

に、とハンジは歯を出して笑ってみせる。

「悩むこともあるだろうけど、素直にはなっておくべきだよ。ナマエは特にね」

「はい……ハンジさん」

ナマエがそう返事をすると、ハンジは「お?」と言いながら頬を染める。

「それにさ、ナマエには元気でいてもらわないと。次の壁外調査では私達の護衛班エースなんだからさ」

「そんな」

「ダリウスが言ってたよ。ナマエがいると班の士気もあがるって」

ね、と言いながらハンジはナマエの頭に手を乗せると立ち上がった。あたりには、ナマエの千切っていた白い花の花弁が飛び散っている。

「ハンジさん、ありがとうございました」

ナマエを励ますために声を掛けてくれたことが、ナマエには嬉しかった。ハンジは「いいよ」と手を振りながら歩き出す。その背中を見送りながら、ナマエはもう一度空を仰いだ。

***

(……あいつは、何やってんだ)

同期と少し話してきたい、というエレンを遠目に見やりながら、反対側を見るとそこには1人佇むナマエの姿。リヴァイは話しかけるのを躊躇い、その場からしばしナマエを見ていた。

手近に咲いていた白い花を千切り、彼女はその花弁を一枚一枚風に飛ばしていく。彼女の手から放たれる小さなそれは、今の彼女の雰囲気も手伝ってか、どこか儚げに見えた。

そのうちにハンジが現れ、2人は揃って寝転ぶと何かを話しているようだった。

ナマエがリヴァイに告白をしてくる前まではーーー

「貴方に会えて嬉しいです」という感情を臆面もなく露わにして、ナマエはリヴァイを見つければ駆け寄ってきていた。そんなナマエがリヴァイも素直に可愛く思っていたし、その関係を大切にしていた。

けれどナマエの告白も、ハーゼ家の一件も、リヴァイからすればきっかけに過ぎない。いつか、こんな日が来ることはわかっていた。ナマエが調査兵団に入る意思は揺るぎなく、そうなれば彼女も、リヴァイも、あの甘ったるい関係だけではいられなくなる。死の匂いは、いつだってすぐ側にあるのだ。

ハンジは手を振りながらどこかへ立ち去っていく。エレンは、あの幼馴染らしき2人とまだ話していた。リヴァイはゆっくりとナマエに向かって歩みを進める。

ナマエはリヴァイの気配に気が付き、ばつが悪そうに視線を彷徨わせた。しかし少しだけ俯いた後、何かを決したように顔を上げた。視線を真っ直ぐとして、口を開いた。が、

「ナマエー!どこ行ってたんですか!もうお昼の時間ですよ、お昼の!」

ナマエに飛びついてくる1人の少女。

「おーなーかー空きましたよねぇ?!」

いささか、我を失ったような茶髪の少女。リヴァイは2人の近くに寄ると「サシャか」とだけ呟いた。

「はっ?!どうしてリヴァイ兵長が私の名前を?!」

サシャに抱き付かれたナマエは、その腕の中でくすくすと笑う。

「おい、サシャとやら」

「はっ」

敬礼と同時に、サシャはリヴァイに向き直る。

「昼メシはそろそろ出来てる時間だ。俺の分のパンをやるから行って来い」

「いっ、いいのですか?!」

「構わん。行け」

「ありがとうございます!」

こういう時のサシャは姿勢正しく、動きが機敏だ。サシャはナマエの耳元で「リヴァイ兵長って意外といい人なんですね」と言い残すと、あっという間に遠ざかっていく。

「……よくサシャだってわかりましたね」

「聞いていたからな」

「リヴァイ兵長のパン、無くなっちゃいますよ」

「旧本部の方に戻れば、何かあんだろ」

そうか、とナマエは小さく呟いた。

「訓練の方はどうだ」

「あ……はい。ダリウス班長の所で、今日は初めて班別の訓練に参加しました。壁外調査では、ハンジ分隊長の護衛をするそうなんです」

「ああ、聞いてる。先達ての働きが認められた結果だ」

リヴァイの表情は穏やかだ。褒められていることがわかって、ナマエは自然と顔を綻ばせた。

先日エルヴィン達に難色を示した雰囲気は微塵も出さずに、リヴァイはナマエの頭を撫でた。彼自身、そうやって自分を諌めている節もあったのだ。

「リヴァイ兵長、あの……」

「なんだ」

「あっちでエレンが、兵長を待ってるみたいなんですけど」

ナマエの指さした方向には、声を掛けようかどうか迷っているエレンと、その背後から遠慮なくリヴァイを睨むミカサの姿。

「そうだな、そろそろ帰らねぇと」

「……はい」

食堂で見かけた時のようなナマエからは一転、しょぼんとした表情でナマエはリヴァイを見上げていた。

「女子寮の方はどうだ?」

「女子寮ですか?ミカサ達が来てから賑やかになって……」

「馬鹿か、そうじゃねぇよ」

リヴァイの意図する所が見えず、ナマエは「え?」と首を傾げる。

「抜け出して来れるかって聞いてんだ」

リヴァイの軽く口角を上げた、意地悪そうな笑み。瞬間、ナマエの顔に熱は集まる。条件反射のように「もう」と口に出そうとしたところで、ナマエはぐっと堪えた。そして一瞬足元を見やり、覚悟を決めてもう一度顔を上げる。

「いいんですか?」

らしくない表情に、リヴァイは「ん?」と息を呑む。

「そんなことしたら、今度はキスだけじゃ済みませんよ」

言葉とその表情とは、全く釣り合いがとれていなかったけれど。

「……は、上等だ」

ふん、と鼻で笑ってからリヴァイは歩き出す。エレンの方へ向かうリヴァイを見てナマエが安心したのもつかの間。

「ちなみにだが。お前、そういう事は一度くらい自分からキスして言え」

振り返りもせずにそう言われ、ナマエは真っ赤になった頬を両手で覆ったのだった。

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