チルチルミチル | ナノ


▼ 14.埋まらない距離

ーーー翌日

あまりよく眠れなかったナマエは、眠い目をこすりながら朝食のトレーを持ってハンジの部屋へと向かう。

「おはようございます、分隊長」

「おはよナマエ。あ、何?持ってきてくれたの」

「はい。昨日の夕食も、夜食も食べてなかったって。モブリットさん心配してましたよ」

「あはは。もう今さぁ、研究対象がありすぎて、そんな暇すらないんだよね」

ハンジの机の上には、まだ灯の点いたままランプが揺れていた。

「……わかりますけど。食事と睡眠くらいは、人並みにしてください」

「最近ナマエもモブリットみたいなこと言うんだね」

「ハンジ分隊長といたら、みんなこうなるんですよ」

からからと笑いながら、ハンジはナマエの持ってきたパンに手を伸ばした。

「そういうナマエはちゃんと食べてるんだろうね?なんか痩せたよ」

「そう……ですか?」

「貴女が痩せこけてしまったら、文句を言われるのは私だしね。ちゃんと食べるように」

そう言うとハンジは口にくわえていたパンを半分ちぎり、ナマエの口の中に押し込んだ。

「んむ」

「ナマエ、今日はソニーとビーンの見張りにはあたってない日だっけ?」

「あ……はい。今日はギードさんの所で救護班の手伝いをする予定です」

「そうか。それが落ち着いたら私の所に来てよ。あっちに行ってみよう」

「あっち?」

「旧調査兵団本部だよ!エレンがいるじゃないか。ついでにリヴァイも」

「私も行っていいんでしょうか」

エレンにもリヴァイにも会いたい。しかし特別班として本部からわざわざ離れている所に行ってもいいものかと、ナマエは顔をしかめた。

「いいんじゃない?エレンもさ、同期がいた方が気がまぎれるだろ」

「そっか……」

リヴァイとエレンは、なかなかに痛烈な初対面を済ませたばかりだ。それに他のリヴァイ班のメンバーにしても、すぐに打ち解けるには難しいだろう。

「私も、行かせて下さい」

「決まり!じゃ、楽しみにしてるからね」

ハンジはティーカップを置くと、また机に向かう。旧調査兵団本部に行く前に、ハンジにはシャワーを促そうと思いながらナマエは部屋を出た。

***

夕刻

リヴァイ班の面々は、食後のお茶を傾けている所だった。

「そういえばエレンは、ナマエと同期だったんだよね?」

まだぎこちない空気を読んだペトラは、何か明るい話題をとエレンに話しを振った。

「ああ、そうか。104期だっけ。もっとも、ナマエはよく調査兵団に来てたから、あんまりそんな感じしねぇよなぁ」

エルドがそう言うと、リヴァイは小さく鼻を鳴らす。エレンはよく知った名前に少しほっとした様子を見せ、嬉しそうに口を開いた。

「そういやあいつ、よく実習とか言って調査兵団に手伝いに行ってましたよね。もうすっかり馴染んじまってるみたいだし」

「今はハンジさんの所にいると思うよ。ムードメーカーな所あるわよね」

「訓練兵団でもそうだったんです。なんつーか、ピリピリした空気になっても、ナマエが何か言えば場がおさまることとかよくあって。俺の幼馴染もあんまり友達いなかったんですけど、ナマエにだけはなついてて」

エレンがそう言うと、ペトラを筆頭にくすくすと笑い声があがる。

「ナマエらしいな」

「そうね。グンタも、よくナマエの面倒見てるわよね」

「ばか」

兵長がいるじゃねぇか、と目で訴えながらグンタはペトラを小さく睨んだ。

「噂をすれば、だ」

リヴァイがそう言ってカップに手をかけると、施錠した扉からがんがんと派手な音が鳴る。

「や、リヴァイ班のみなさん!お城の住み心地はどうかな?」

やたらいい笑顔を携えたハンジに、背後には少し遠慮がちにナマエが顔を出した。

「こんばんは」

「ナマエ!」

エレンは笑顔で立ち上がる。

「エレン。どう?少しは慣れてきた?」

「今ここで聞くかよ、それをさ」

少しだけ睨みながら、エレンはナマエの額を軽く突いた。

「痛いよエレン」

「自分だけ新兵じゃないみたいな顔しやがって」

その様子を見たペトラとオルオが慌てて立ち上がる。しかしエルドとグンタ、それぞれが2人の肩を叩くと「行くぞ」と視線だけで促し、黙って部屋を出ていく。

「おいハンジ。てめぇはそこのエレンに用事があるんだろうが」

「そうそう。そうなんだよー!もう居ても立っても居られなくってさァ」

ハンジの眼鏡がギラリと光る。一瞬尻込みしたエレンを余所目に、リヴァイはナマエの襟元に手を掛けた。

「明日のエレンの予定って何?実験の許可をもらいたくってさ」

「明日のエレンは庭の掃除だ」

言いながら、リヴァイはナマエを引き摺って部屋を出ようとしている所だった。

「ならいいよね。エレン、実験に付き合って!」

「え?え?あの、リヴァイ兵長、俺」

急にハンジと2人にされ、エレンは戸惑いながらリヴァイとナマエを見やる。しかし無情にも閉められる扉。しんとした廊下に出たナマエは「エレンは1人で大丈夫でしょうか」と呟いた。

「ハンジも人でなしじゃねえ。多分な」

「はぁ……」

ナマエの襟元から手を離すと、リヴァイはスタスタと歩き始める。

「……何をしている。来い」

「あ、はい」

唐突に訪れた2人きりの時間。本当は嬉しいはずの時間なのに、リヴァイの部屋に着くまで、ナマエは何なら話すべきか頭を悩ませた。

***

「こんなに立派なお城を6人で使うだなんて、贅沢ですね」

「広すぎだ。掃除に手が回らねぇ」

リヴァイの私室となっていたのは、意外にも1階の端にある小さな部屋だった。エレンが地下室で休むことになっていたので、一番近い部屋をとなったらしい。

座れとリヴァイが視線で促したので、ナマエは粗末な木の椅子を引いて、そこに腰かけた。テーブルを挟んだ向かい側に、リヴァイが座る。

「リヴァイ兵長、あのですね」

「ミケの言ってたことなら気にするな」

ずばりと本題に入り、ナマエは身を固くした。じんと耳の奥が痛くなり、どこか音が遠くなる。

「……すごく大金を払ったって。払う必要もなかったと聞きました」

「俺の勝手だ」

「あの時……ハーゼ家に助けにきてくれた時言っていたのは、そういう意味だったんですね」

ーーーお前はもう俺のもんだ。

リヴァイはそれだけしか言わなかったのだ。

「あれは、まぁ、なんとなくだ」

「なんとなくって……」

珍しく、リヴァイも言葉を選んでいるようだった。

「私、ここに来るまでいっぱい考えたんです。どうすればいいのだろうって。でも今の私に出来る事なんてたかが知れてて……」

「別に俺は、見返りを求めたわけじゃない。ああ……そうか。俺のもんっつーのは、見返りか」

「いいんです。ただ何か、私このままじゃ何もできなさすぎて」

少し語尾を強めたナマエの口調をなだめるように、リヴァイがゆっくりと立ち上がる。視線を絡ませたまま、リヴァイはナマエの額に手を伸ばし、前髪をかき上げた。ちゅ、と小さな音が鳴る。

額にキスをされたことに気が付くまで、ナマエは数秒を要した。

「……そうだな、まぁ、これじゃ足りねぇくらいか」

くしゃり、とナマエの前髪を握りしめるリヴァイ。

「えっと……あの、これはどういう」

「お前がそこまで言うなら、だが」

前髪を引っ張る手の力が少しだけ強くなる。ナマエの視線の先には、あの獲物を狩る時の様な鋭い瞳が瞬いていた。

「リヴァ……」

唇が、唇で塞がれる。

その一瞬の間に、ナマエはごくりと喉を鳴らした。瞳を閉じる事も忘れてリヴァイを凝視していると、それに気付いたリヴァイが少しだけ体を離した。

「馬鹿野郎、こういう時目は閉じておくもんだ」

「そう……なんですか」

「そうだ」

そしてまた唇が重なる。
がちがちに固まったナマエの唇を、リヴァイが舌で割って、その奥へと入り込んだ。目を閉じておけと言われたが、ナマエは数度、目をしばたたかせた。

「んっ……」

前髪を掴んでいた手は椅子の背もたれへと伸び、がっちりとナマエの体を固定した。逃げるという選択肢など、そこには存在しない。

艶やかなベルベッドの触感は、ナマエの舌を絡めて逃がさなかった。小さな水音を立てながら角度を変えて、こそばゆい熱が2人の間に生まれる。

「へ……ちょ」

リヴァイの手がナマエのうなじをなぞる。全身を逆撫でされたような、慣れない感触がナマエを襲った。突然のリヴァイの行動も、時間の感覚も、今どこにいるのかさえ。ナマエにはわからなくなりそうだった。

「これでチャラでいい」

それだけ言うとリヴァイは何事もなかったかのように立ち上がった。すぐに続いて立ち上がれなかったのは、腰が抜けていたのだと数分後にナマエは気が付いたのだった。

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