チルチルミチル | ナノ


▼ 13.あなたの温度

審議所から帰ってきたミカサは、訓練兵の集まる食堂でずっと俯いたままだった。

「ミカサ、元気出してよ。エレンなら調査兵団預かりになったんだし、すぐに殺されるってことは……」

「アルミン。私が怒っているのはその調査兵団の、あの、チビのこと。許さない、エレンにあんな」

「リヴァイ兵長のことかい?あの人だよね、ナマエのよく話していた……」

そこでアルミンはあ、と口をを噤んだ。ミカサの前でナマエの話しはタブーになっているのだ。

「ごめん。こんな時に」

「ちょっと待ってアルミン、ナマエがって」

ミカサもまた、ナマエの言っていた「兵士長」がリヴァイだということがすっかり抜け落ちていた。不思議そうにするミカサにアルミンがひょっとして、と気付いたその時。

「ナマエ!」

入口の方から大声でその名が呼ばれる。アルミンとミカサも、同時にそちらに視線を移した。そこには、クリスタやライナー達に囲まれているナマエの姿。

「ナマエ?」

ミカサはふらふらと立ち上がる。

「ミカサ!」

ナマエの頭をぐりぐりと撫でまわしていたジャンに断りを入れ、ナマエもミカサのもとに走る。ちょうど食堂のど真ん中で、勢いよく抱き合う2人。

「感動の再会ってとこだな」

今にも泣き出しそうな顔のミカサが珍しく、ジャンは遠目にそう呟いた。

「ナマエ、よかった。でもどうして?その制服は……」

「私もさっき審議所の上にいたんだよ。あれからね、色々あって調査兵団に引きとられていたの」

「早く連絡してくれればよかったのに」

エレンと同じことを言うアルミンに「ごめんね」とナマエは眉尻を下げた。

「ナマエがいるじゃないですかー!」

「今になっておめおめと帰ってきやがったか」

騒ぎを聞きつけたサシャやコニーも集まって来る。いつものメンバーが顔を揃えたところで、何人か見当たらないことにナマエは気が付いた。

「みんな無事だった?あの、壁が壊されたとき……」

盛り上がっていた空気が一瞬冷める。あ、まずいとナマエはそこで気付いた。

「これ、104期訓練兵の死亡者リストだ。今日やっと出来た」

「え……」

ジャンから渡された書類には、かつて当たり前のように会話を交わしていた同期達の名前が連ねてあった。

「うそ、マルコ……も?」

「ああ。気付いたらいなくなってた」

悔しそうに顔を歪めるジャン。ミカサは、震えるナマエをぎゅっと抱きしめた。

「一緒に戦えなくて、ごめん」

「そういうお前は、この時何してたんだよ」

「ジャン、ナマエを責めるような言い方はよして」

「別に責めてんじゃねーよ」

実際、ナマエがいればと思った時がジャンだけでなく他の同期生達にもあった。

「私は調査兵団に残っていたから、ちょうど壁外に出て行ったエルヴィン団長達を呼びに行ったりしてたんだよ。あと、巨人を捕まえたりしてた」

「あっさり言うね、ナマエ……」

まるで虫捕りのそれと大差ない口調で言うナマエに、アルミンは頬を引きつらせる。何事にも意に介いさない調子は、ナマエの長所でもあるのだが。

けれどナマエの内心では、足元から何かがぽろぽろと崩れ落ちていくような感覚だった。全員が無事な筈は無いが、改めて目にするそれは、今自分が悩んでいるものがひどくちっぽけで、恥ずかしい人間なのだと思い知らされたからだ。

敢えて明るく振る舞おうとナマエは顔を上げたが、次に何を言っていいか言葉が詰まってしまう。喉の奥で地団太を踏んでいると、背後から抑揚の無い声がかかった。

「生きてたの、ドングリ」

「ドングリじゃないってば!アニも無事だったんだね。よかった」

ミカサから離れ、今度はアニに飛びついて行くナマエ。

「ちょっとよしなって。ミカサが睨んでる」

「久しぶりなんだしいいでしょ?相変わらずアニはつれないなぁ」

「ナマエ、戻って……この上着、サイズ合ってる?」

アニに抱き付くナマエのジャケットの襟を掴んだミカサは、すぐにその違和感に気が付いた。支給品の制服は基本的にサイズはぴったりなのだ。それなのにナマエの肩幅は大きく余裕がある。

「あ、これね。リヴァイ兵長から貰ったの」

「ナマエ!」

アルミンが止めようとしたが、ナマエは構わず続けた。

「私もリヴァイ兵長に助けてもらったんだよ。あのねミカサ、さっきは」

「……ナマエ?」

ミカサの表情が目に見えて曇っていく。その様子を見たジャンは「みんな、感動の時間はお終いだ」と周りに集まっていた同期達に手を振って解散を促した。

「ナマエが好きだと言っていたのは、エレンを容赦なく殴ったあのチビのことだったの……?」

「それなんだけどね、あれはリヴァイ兵長も考えがあって」

「あれを見てもナマエは、まだあの人が好きなの?」

「ちょ、アルミン助けて」

「僕には無理だよ」

壁際に追い込まれ、まさに壁ドン状態で詰め寄られているナマエ。話せばミカサならわかってくれるかとナマエは思っていたが、ミカサのエレンフィルターは想像以上に手強い。

「……でもミカサも、来るんでしょ?調査兵団に」

ぐ、と押し黙るミカサ。肯定の意だ。

「ナマエ、よせよ。みんなお前やエレンみたいに、死に急ぎたくねぇんだって。見ちまったんだからよ……あの惨劇を」

少し遠くから、ジャンが声を掛ける。

「……ごめん。無神経だったね」

「いい。私の気持ちは、もう決まっている」

ミカサは小さく呟く。

「これからはもう、自由に連絡取ったりできるの?」

場の空気を取り直そうと、アルミンが明るく口を開いた。それに気付いたナマエも、精一杯の笑顔で「うん」と答える。

「ナマエ、調査兵団のご飯はどうですか?」

「サシャはいっつもそればっかりなんだから。訓練兵と変わりないよ」

「そうですか……」

ぎこちないけれど、そこからはしばし懐かしい空気。他愛ない話で、時間は過ぎてしまった。

***

訓練兵の借宿舎から出ると、もう陽はとっぷりと暮れていた。所々にかけられた頼りない松明の灯りのもと、ナマエは調査兵団本部へと向かう。

(……結局、ミカサ達に相談しそびれちゃったな)

リヴァイがナマエのために支払ったもの。
それはハンジに言わせると、金額云々のものじゃないという。その意味はナマエ自身にもよくわかった。もしリヴァイと立場が逆ならば、自分も同じことを考えるかもしれないと思ったからだ。

けれどそれを知って、どうリヴァイに接すればいいのだろう。

ナマエはリヴァイのことが好きで、それはリヴァイも知っていて。リヴァイはナマエを特別に思っているけれど、でも「女」としては見られてはいなくて。そんな呼称し難い関係。

(なんていうか……もう、恋とか通り越して家族みたいになっているような)

それを想像して、ナマエは自分でぞっとした。家族みたいに思われていたのでは、それでこそ恋とはかけ離れていく。

(でも私は、私自身は。やっぱり兵長が好きだ)

いつも側にいたい。また彼の腕の中で眠りたい。彼の力になりたいーーーそこまで思考が及んだところで、ナマエは気が付いた。そうだ、まだ彼とは対等ですらないのだ。

上官と部下。兄と妹。そして文字通りの「飼い主」という立場。

どう足掻いても、すぐには埋められない溝。

(近くにいるのに、遠い気がする)

でもそれを埋めるには確実に一歩ずつ、ナマエが前を向いて努力を積み重ねる他無いのだ。

***

調査兵団本部へナマエが到着すると、厩の辺りではペトラとオルオが何やら荷造りに追われていた。

「ナマエ、お帰りー」

ナマエの姿を見つけたペトラは、片手を上げて手招きをする。

「ペトラさん、オルオさん、お疲れさまです」

「ああ。ったく、疲れるぜ」

「どうしたんですか?こんな時間まで」

「私達明日から旧調査兵団本部に行くのよ。その準備」

ペトラの隣ではオルオが何か言いたげに見つめているが、ペトラは敢えてそれを無視している。

「旧調査兵団本部?」

初めて耳にするそれに、ナマエは首を傾げた。

「例の……巨人の子?を連れて、リヴァイ兵長と私達リヴァイ班がね。特別任務だよ」

「本部から離れるんですか?」

「そうだね。しばらくこっちには戻らないんじゃないかな」

少し困った様にペトラは微笑む。その柔らかな表情の中には、少しの動揺や恐怖も揺らめているようだった。

「あの、リヴァイ兵長ももうお戻りですか?」

「兵長は今、そのエレンと一緒にいるんじゃないかな。監視しないとなんでしょ?エルヴィン団長もいたし……」

「お忙しい、ですよね」

「多分ね」

ナマエのがっかりした様子を見て、ペトラは「落ち着いたらまたゆっくり話せるよ」と肩を叩いた。ナマエはエレンのことをよく見知っているが、ペトラ達には情報が少なすぎる。緊急事態は未だ持続中なのだ。

(早く話をしたいような、したくないような)

複雑な気持ちは空回っていく。皆を取り囲む事態がそうであるかのように、くるくると。

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