チルチルミチル | ナノ


▼ 12.再会とこれから

エレンの審議は、ナマエが思っていたよりずっと早く終わった。それはあの、リヴァイの「演出」があったお陰なのかもしれないが。

容赦無い怪我は見ているだけでも痛々しかった。すぐさまエレンの所に飛んで行きたかったが、ナマエは絶望的な表情をしていたミカサを探して、審議所の入口の辺りを彷徨っていた。思えば訓練兵団を出てからきちんと連絡も取っていなかったし、きっとリヴァイのこともひどく誤解してしまっただろうと思ったのだ。

しかし程なくして、モブリットが「分隊長達が上の部屋で呼んでいるよ」とナマエを探しに来た。お互い生きていればまたすぐに会えるだろうと、ナマエはひとまずエレン達が控えている部屋へと走る。

「エレン、大丈夫だった?!」

思わずノックも忘れて扉を開けると、そこにはハンジに口を覗き込まれているエレンの姿。

「ひゃひ?!」

「ちょっと待ったエレン、口閉じないで!」

「おいナマエ、てめぇ上官の悪い癖がうつったらしいな」

ぎろり、と鋭いリヴァイの視線がナマエを刺して「すみません」と言いながらも、ナマエは無遠慮に入室する。突然のナマエの訪問にエレンは目を丸くして驚いていたが、如何せん目の前のハンジで忙しい。

「無事に調査兵団に入れてよかったね……!」

未だハンジはエレンの口から手を離していないが、ナマエはその反対側から景気よくエレンに抱き付いた。

「ちょっ、ハンジさんすみません。おいナマエ、そりゃこっちのセリフだ。なんでお前も調査兵団にいるんだよ!その制服」

「私もリヴァイ兵長達に助けてもらったんだよ」

「それならそうと、早く連絡しろよな。ミカサのやつなんて、すげー落ち込んでて」

「だよね……うん、早く連絡したかったんだけど、ほら、大型巨人が」

「それでも時間はあっただろ?他のやつらだって、ナマエがいねぇってだけで」

エレンがそう言いかけた所で「おい」というリヴァイの低い声が室内に響いた。

「ガキども、何いきなりお友達ごっこを初めてやがる」

言うなり、ナマエの首根っこを持ってエレンから引きはがすリヴァイ。その様子を見て、室内にはくすくすと笑い声が響いた。

「リヴァイ、2人は同期なんだ。こんな時の再会は安堵するものもあるだろう。ナマエもあれから、訓練兵の方とは連絡をとらせていなかった」

エルヴィンはたしなめるように言うが、リヴァイはナマエの首根っこを離さない。ナマエはぶんぶんと手を振ってハンジに助けを求めた。

「分隊長、助けて下さい。このままだと私もリヴァイ兵長にやられてしまいます」

「おいナマエ、随分なクチ聞くようになったじゃねえか」

その様子を見て、エレンは額に汗を含んでナマエとリヴァイを見やった。

「ナマエ、なんかこの短い期間でえらく馴染んでんだな……リヴァイ兵長によくそんな態度を」

呆れた様子のエレンを見て、そこまで押し黙っていたミケが唐突に口を開いた。

「ナマエを買ったのはリヴァイだからな。案外、面倒見がいいものだ」

「え?」

「あ」

「ああ?」

ナマエ、ハンジ、リヴァイが一斉にミケを見やる。

「ミケ、買ったっていうのは語弊があるんじゃない……?」

「ミケさん、それどういうことですか?」

ほぼ同時にハンジとナマエがミケに問いかけ「そのままだろう」とミケは言う。

「おいミケ……」

「あの時、兵団の財務に借金までしてナマエを買い取ったと聞いたぞ。俺は」

しん、と室内が静まり返る。空気を読んで、エレンも押し黙った。

「では、同期生の再会も果たせたことだ。特別作戦班についての会議にうつろう。皆、一旦本部に戻るように」

無理矢理エルヴィンがその場を取り仕切る。一番にリヴァイが、エレンを促しながら部屋を出たのだった。

***

「あの、すみません」

つかつかと前を歩いて行くリヴァイに、エレンは遠慮がちに口を開いた。

「なんだ」

「俺が聞いていいかどうか判断しかねますが、さっきの……ナマエを買ったというのは、その」

「てめぇに関係ねえ話しだ」

「そう、ですが……」

しゅんと項垂れる様にしてエレンは黙った。その様子を横目で見て、リヴァイは深いため息を吐く。

「この間ナマエを引っ立てて行きやがったのは、もともと地下の娼館からナマエを買った貴族の野郎だ。そいつに、同額を投げつけた。それだけだ」

「リヴァイ兵長が?」

「何か問題でもあんのか」

「いえ。もう黙ります」

「そうしろ」

そこでエレンはやっと、ナマエがいつも言っていた「兵士長」がリヴァイのことだと思い出した。調査兵団の中に兵士長という役職はリヴァイしかいない。
鈍感が服を着て歩いているようなエレンだが、そんな彼でもナマエがリヴァイのことが好きだというのはよく知っていた。そのリヴァイが、意図する所はわからないがナマエを全力で助けたのだ。今のエレンも似た立場にあるが、リヴァイがナマエにしたそれは大分勝手が違う。

(兵長も、ナマエのことを特別に思ってるのか?)

「……俺はどうも、子守りの星が廻ってきてやがるな」

小さく呟くリヴァイに、エレンは「すみません」と小声で謝った。

***

ナマエはハンジ、モブリット、ミケと共に馬車に乗り込んだ。

「……ミケさん、さっきの話しもう一度詳しく教えてもらえませんか」

「ナマエは知らなかったんだな」

「もう、なんで言っちゃうかな!本当にデリカシーの無い男ばっかりだ」

一様にあたふたとする3人を見て、モブリットは「何があったんですか?」と1人ごちる。

「ナマエが気にすることはないよ。全部リヴァイの独断でしたことだからさ」

フォローするように言うハンジに、ミケは「いや」とハンジとナマエを睨んだ。

「何さミケ」

「矢張りナマエも知っておくべきだろう。彼女のことだ。あの金が直接の解決に結びついたわけじゃないが、リヴァイのためにもナマエは知っておけ」

ああもう、とハンジは額に手を当てて俯いた。

「教えて下さい。どういうことですか?」

「ナマエは地下の娼館から、例の貴族に買われて地上に出て来たんだろう?その時貴族が娼館に払ったのと同額を、リヴァイは例の貴族に払ったらしい」

「……え?」

ハンジの隣では、モブリットもいささか驚いた表情でハンジとナマエを見やっていた。

「そうなんだ。あの時私達、ナマエを迎えに行っただろ?その時にリヴァイが投げつけたんだよ、札束をね」

「ちなみに……いくらだったんですか、私」

言っていて、自分でも間抜けな質問だとナマエは思った。

「額は知らない。でもリヴァイの私金でも足りないくらい、だろうか。ただナマエ、リヴァイはナマエを買ったとは思っていない」

「え、でもお金を……」

「違うんだ。リヴァイは嫌だったんだよ、貴女が地下から出て来た理由があの貴族に買われたって事実がね。リヴァイの中で、せめてもの書き換えをしたかったんだ。本人から直接聞いたわけじゃないけれど。でも、きっとそういう事だと思う」

「そ……んな。私、どうすれば」

あの事件の裏に、こんな話しが残っていたとは夢にも思っていなかった。まさに寝耳に水の状態。

「どうもしなくていい。ナマエは今のまま、調査兵として努めろ」

「バラした本人が、いいこと言ってる風に言うなよ」

呆れた風にハンジは言うが、ミケは満足げに口元に笑みを浮かべている。

「リヴァイ兵長がナマエを大切に想っているのは、見ているこっちにも伝わってくるよ。ミケさんの言う通り、ナマエはそのままでいいんじゃないか?いつも通りでいてもらうために、リヴァイ兵長がはからってくれたんだ」

ナマエは黙って頷き、モブリットを見上げる。

「ただねナマエ、リヴァイはこのことを貴女に伏せておくつもりだった。もし彼と話しをするなら、そのことを忘れずに」

「わかりました、分隊長」

「……ん?いつからナマエ、その呼び方にしてたっけ」

今まではいつも「ハンジさん」と呼んでいたナマエ。

「分隊長が、ソニーとビーンに夢中になっている間ですよ」

いささか呆れた様子でモブリットが言うと、隣でミケは鼻を鳴らして笑う。

「ここ最近はずっとモブリットさんと一緒だったので……ハンジさんの方がよかったですか?」

「いや、いいよ。ちょうどいいしね」

ちょうどいい?とナマエは首を傾げる。よく意味がわからなかったが、また突然ミケが「止めてくれ」と御者に声を掛ける。

「ナマエ、降りるといい」

「え、なんでですか?!」

「別にいじめているわけじゃない。訓練兵は今、区内の活動で兵団本部に来ている。すぐそこの宿舎だ。同期達がいるだろう」

「そっか、行っておいでよ。こっちに来てから、何かと立て続けに忙しかったしさ。あ、でもエレンのことは他言無用だよ」

まだハンジと話しをしたいことは沢山あった。しかしミケの心遣いや、ハンジの笑顔が嬉しくてナマエは「はい」と返事をすると、足取りも軽く馬車を降りる。

「なるべく早く帰って来るんだよ。リヴァイ兵長が心配するだろうし」

降り際にモブリットが早口に言うが、ハンジの「お父さんじゃねーんだからさ」という揶揄う声にかき消される。賑やかな馬車を見送って、ナマエは訓練兵が滞在している兵舎の方に向き直った。

胸のうちでくすぶる整理できない気持ちも、不安も、ミカサ達に会えばどうにかなるような。そんな気がしていた。

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