チルチルミチル | ナノ


▼ 8.ノスタルジア

正式に調査兵団に入団してからナマエの毎日は目まぐるしく過ぎていった。調査兵団内で新しく覚えるルールや講義、1人精鋭の先輩達にまじっての訓練、慣れないことの連続だ。

部屋も以前使っていた所から一般兵の女子寮に移り、自然とリヴァイとは顔を合わす機会も減っていた。時折ハンジの講義などを受けている中で、彼の名前が出たりもする程度だ。そして翌日には壁外調査という日が迫っていた。

***

ナマエの初陣となるのは104期生が入って来てからだが、馬術の訓練はすでに始めていた。愛馬となるのは黒鹿毛の馬で、毎日毛づくろいをしたり餌やりをしたりするのも仕事の1つ。この短期間で随分とナマエに慣れた愛馬を撫でていると、背後から「ナマエ」と久しぶりの低い声が響く。

「リヴァイ兵長?」

「どうだ、調子は」

「お陰様で。どうしたんですか?」

壁外調査直前で、幹部組であるリヴァイ達は忙しい。のんびりと厩に馬の世話をしにくることも難しいのはナマエもよく知っていた。

「お前、今日の予定は」

「私ですか?今日はもう終わりなんです。先輩達もみんな忙しそうで……1人トレーニングでもしようかなと」

「そうか。なら着いて来い」

言うなり、リヴァイはくるりと背を向けて歩き出す。ナマエは慌ててリヴァイの隣につくと「どこかへ行くんですか?」と首を傾げた。リヴァイはいつものクラバットに、黒いジャケットを着ている。

「外だ。恰好は……そうだな、お前はそのままでいいだろう」

未だ制服が出来て無いナマエ。訓練兵の紋章が入ったジャケットを着ているのを見て、リヴァイは頷いた。

「このままで外ですか」

「ああ」

行く先を言う気は無いらしい。真っ直ぐと馬車に乗り込むリヴァイに続き、ナマエは大人しくリヴァイの向かいに腰かけた。

「なんだか久しぶりですね。リヴァイ兵長とお会いするの」

「数日だろうが」

「同じ兵団内にいたのにですよ」

馬車がゆっくりと動き始める。がたんと最初に大きく揺れて、乗り慣れていないナマエは少しだけ体のバランスを崩した。

「しゃんと座れ」

「すみません」

向かいに座っていたリヴァイに肩を支えられ、ナマエは慌てて「しゃん」と座りなおした。

「目的地まではどれくらいですか?」

「心配するな。すぐに着く」

窓のカーテン越しに外を盗み見るナマエ。行く先は駐屯兵、調査兵、憲兵の3つの兵団を束ねる本部へと続く道を走っていた。ナマエも幾度か訪れたことがある場所。

「この先って」

「今日だろう、解散式とやらは」

この日は、ナマエ達104期生の卒業式だ。

***

少し浮かない顔で地面を見ていたクリスタに、ユミルは「どうした?」と声を掛けた。

「……ナマエもいればなって思って」

「今その名前出すなよ」

ユミルは慌ててクリスタの肩に巻き付き、何事もなかったかのように振る舞おうとしたが、すでに数人の耳に届いているようだった。ぴくりと耳をそばだてて、無表情ながらに目線の怖いミカサ。何か悔しそうなエレンに、その2人を諌めようとするアルミン。

「ごめんね」

困った様にクリスタが目尻を下げると「クリスタのせいじゃないよ」とアルミン。

卒業試験目前で除名となったムードメーカーの存在に、ミカサ達だけでなく同期一同は困惑していた。しかしそこは精神面でも訓練をした兵士として、試験には各々が自身の力を如何なく発揮することが出来た。それだけに、この解散式という節目の場になると、彼女の存在が一段と心残りになる。

「でも……ナマエは近くにいる気がする」

ぼそりと呟くミカサに「どこにだよ」とエレン。

「私の、心の中」

「ちょっとミカサ、それナマエが故人みたいな言い方になっちゃってるよ……」

「殺すなよ」

思わずユミルもミカサに突っ込みを入れると「殺してない」とミカサ。

「でもよ、次に会った時にどついてやればいいんじゃねーの?大事な時に除名なんてされてんじゃねーってさ」

傍で聞いていたコニーが、ミカサ達とは視線を逸らしたままいつもの口調で言う。

「そうですよ。同窓会みたくして、ナマエにご飯を奢らせましょう」

「サシャ、そこはナマエに作らせようぜ。今度こそ奴の手料理をだな」

未だ彼女の手料理にありつけていないライナーも割り込む。エレンが「そうだよな」というと、ミカサも少しだけ表情を緩めた。

「みんな、もう整列しないと」

マルコがそう声を掛けると、一同は本部中央の広場へと向かう。解散式が行われようとしていた。

***

「俺は勝手にやってるから、気が済んだら言え」

本部中央広場がちょうど見下ろせる位置の部屋に入り、リヴァイはソファに腰を降ろした。手元にはどこから取り出したのか書類の束がある。

「いいんでしょうか……」

「お前は同行者、それだけだ。それに実際、ここに所用はある」

「そうなんですか」

そうは言っても、このタイミングに合わせてリヴァイはナマエを連れて来たのだ。どうお礼を述べれば足りるだろうと、ナマエは頭の中で慎重に言葉を選んだ。

そのうち広場にはぞろぞろと104期生達が入ってきて、一様に整列を始めた。陽は暮れかけ、壁の松明が灯る。真っ黒な石畳に若い兵士達の影が揺らめていた。

「……ハンジやエルヴィンはああ言っていたが」

窓から同期生達の姿を探すナマエの背中に、リヴァイは1人言のように語りかける。

「お前も一緒に卒業したようなもんだろう。卒業試験がどんな風かは知らねぇが……お前の同期達も同じように言うんじゃねえか」

瞬間、ナマエの目頭が熱くなる。

(どうしてリヴァイ兵長は、いつもこんなに私の気持ちを汲んでくれるんだろう)

彼の胸の中に置いてきた想いを、まさか掬い上げてくれるとは。ナマエ自身も、今日が解散式なことをすっかり忘れていたくらいだ。

「……ありがとうございます」

ずっと頭の中で捻っていたのに、出てきたのはそれのみだった。しかしそれ以外に、なんと言えばいいかナマエにはわからなかった。

少し窓を開けると、キース教官の声が遠いながらに聞こえてくる。卒業にあたっての口上があり、それにはナマエも黙って耳を傾けた。そしてこの解散式で皆が一番注目する所となる成績上位10名の発表だ。

クリスタから始まり、なんとなくナマエにも予想がついていたメンバーの名前が読み上げられる。そして2位のライナーが呼ばれた時点で、ナマエはぱたんと窓を閉じた。

「もういいのか」

「首席は、きっと私の親友です」

2位がライナーなら1位は間違いなくミカサだ。それに以前首席を取ると豪語していた手前、ほんの少しの嫉妬心があるのもまた事実。きっと今のリヴァイは、そんなことを言及したりしないだろうが。

「前にお前と一緒に飛んでいたやつか」

「そうです。いつも言ってる、私の隣のベッドの」

「アッカーマン、か」

「はい」

窓を閉めたまま広場を見下ろすナマエの隣にリヴァイも並び立ち、しばしその光景を見つめた。彼もまた、初めてみる光景だ。

「……俺は所用を済ませてくる。もういいなら、ジャケットを脱いで馬車で待機だ」

「わかりました。でも、上着を脱ぐ必要が?」

「メシ奢ってやるっつってんだ」

ナマエの返事を待たずにリヴァイは退室していく。彼なりの卒業祝いの形に、ナマエはまたきゅんとする胸の奥を抱きしめていた。

***

兵団の外で、2人で食事をするのは初めてのことではない。けれど一応告白をして、調査兵団に入って、尚且つ壁外調査前日なんていうタイミングで食事に来るのはもちろん始めてた。

薄暗い店内には、各テーブルに小さな燭台がそれぞれ置いてある。2人の微妙な関係のように、蝋燭の小さな灯りが生ぬるい空気をゆらゆらと揺らしていた。

「今日は本当にありがとうございました。明日から壁外で忙しいのに……」

「構わん。お前が同期のことを大切にしているのは知っていたしな。けじめっつうか、いるだろうが。そういうモンが」

「はい。行けてよかったです」

ナマエが満面の笑みを浮かべると、リヴァイも満足そうに鋭い目つきを細めていた。

「でも少しだけ、恥ずかしいです」

「ああ?」

「……リヴァイ兵長に気を遣わせてばかりで。まだまだガキだなぁって」

「ガキだろうが」

「違いないですけど」

少し不貞腐れたように頬を膨らませ、ナマエはペリエに手を伸ばした。

「次回は私も一緒に壁外へ出て、リヴァイ兵長を気遣います」

「そりゃ殊勝な心がけだな。せいぜい死んでくれるなよ」

テーブルの上に置かれていたナマエの手の上に、リヴァイの手が重なる。急に触れたそれに、ナマエは何かのスイッチが入ったかのように全身に緊張を走らせた。

「何固まってやがる」

鼻で笑いながら、リヴァイはナマエの瞳の奥を見つめる。どこまでも覗きこまれそうなその視線に、ナマエは一層体を固くした。

「いえ……あの、明日壁外に行くのはリヴァイ兵長の方です」

「ああ、俺は帰ってくる。そして次回の調査の時には、てめぇら新兵を連れて行かねえとな」

ふ、とリヴァイの頬の上にまつ毛の影が落ちるのが見えた。普段はその強面に隠れがちなのだが、リヴァイのまつ毛は意外に長い。

「こういうタイミングでそういう事言うの、何かの布石のような気がしてなりませんから。止めて下さい」

「俺がそんなチンケなセオリーに則る男に見えるか?」

「見えませんけど……」

リヴァイに重ねられた手のひらはそのままに、ナマエは空いた手で苦し紛れにグラスを掴んだ。ナマエのその慌てた様子が面白くて、リヴァイはさらに葉っぱをかける。

「そうだろう。セオリーついでにナマエ、お前今夜は俺の部屋に来るか?」

ちょうどグラスを傾けていたナマエは、喉に入りかけていたペリエを盛大に吹きだした。

「汚ねぇな、オイ」

「や、や、やめてくださいよ!からかうのは」

「別に冗談じゃねえ。別にお前なら、いつ来ても構わん。というか、この間はお前から言いだしたじゃねぇか……」

ぱっと聞いた感じでは夜のお誘いに違いないのだが。もう1年以上もリヴァイと交流のあるナマエには、それが「もっと気軽に遊びに来い」の訳だとわかった。

(最近全然顔も合わせて無かったもんなぁ)

更には手伝いと称して行っていた頃と違って、ナマエの立場は下っ端も下っ端の兵士だ。気軽にリヴァイの元を訪れるのはよくないだろうと、自重していた節もある。

「……なら今夜は、お茶を入れて伺います。帰ってきてからも、リヴァイ兵長が休憩する頃にはお茶持って行きます」

「ああ。そうしてくれ」

リヴァイも俯いてグラスを傾ける。ナマエは伏せていた手のひらを裏返し、リヴァイと指を絡めたのだった。

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