チルチルミチル | ナノ


▼ 12.祝祭の日に

それはハンジの何気ない一言から始まった。

「そういや明日さ、リヴァイの誕生日だね」

「うそ」

いつもは丁寧な彼女の口調も思わず崩れる。

「うーわ、顔面蒼白ってそういう顔なんだろうね」

「冗談言ってる場合じゃないですよハンジさん!私これだけリヴァイ兵長にお世話になってるのに……せめて誕生日くらい何かしないと!」

ナマエは先日リヴァイが贈ったワンピースを着て、ハンジの前でわなわなと両手を震わせている。

(かわいいな……私が巨人だったら真っ先にナマエから食べる)

よからぬ思考を滾らせながらも、ハンジは狼狽えるナマエの肩を叩いた。

「大丈夫だって。何もしなくても、リヴァイはちゃんとナマエのことわかってるさ。こうして冬期休暇に手伝いに来てくれるのが何よりの贈り物だよ。実際リヴァイも助かっているし」

「でも……」

ナマエにとってリヴァイは特別。
その特別な人の特別な日。そんな日に何もしないでいられるわけがない。心根は恋する乙女なのに。

「ハンジさん!」

「え、何?!食べさせてくれる?」

「いえ!あの、私一旦訓練兵団の寮に戻りますので!明日の朝までには帰って来るとリヴァイ兵長にお伝え頂けますか?」

「いいけど……自分で行かなくていいのかい?」

「一刻を争うので」

ボケ同士の会話はいささかややこしい。
しかしナマエはしっかりと要点だけを伝え、びしっと敬礼を決めて調査兵団本部を飛び出した。

これは、超一級の重要任務である。

***

「ミカサ、いる?!」

女子宿舎の扉を開けるなりナマエは叫んだ。細長いロフトが左右に伸びているような、がらんと広いその部屋には人の気配が薄い。

「ミカサならエレンとアルミンと一緒に、雪山の山小屋に行ったよ」

一番奥の寝台。
少し影になったその場所から、アニが面倒くさそうに本を置きながら顔を上げた。

「え?なんでまた雪山?」

「星空が綺麗に見えるからとか言ってたね」

「そっか……寮に籠りっぱなしも勿体ないもんね。クリスタは?」

「ユミルと買い物」

「えーっと、じゃあサシャ!」

「コニーと一緒に、ジャンの実家にメシ食いに押しかけてる」

「じゃあ今ここにいるのはアニだけ、と」

「そうなるね。何?なんか用?」

ドアの前に立っていたナマエは、その自慢の脚力を如何なく発揮してアニのもとへと飛びついた。

「年上の男の人へのお金のかからないプレゼントを一緒に考えてください!」

アニは「は?」とだけ言うと、その鋭い目つきを困惑で歪ませた。

「最近みんなが言ってる……アンタの憧れの兵士長さんにかい?」

「みんなが言ってるの?」

「知らない奴はいないよ。まぁ、変わったもんねアンタ。あの怪我した頃からさ」

何が変わったって、それは言葉にできないけれど。
誰かを想い、悩む気持ちは、人の表情を豊かにする。

「そう?そうかなぁ」

「ま、いいさ。で、一緒に考えろっていつまでに?」

「明日!」

「そりゃ無理な話しだろ」

ばっさりと言い切られ、ナマエは「そんなぁ」と情けない声を出した。

「だってナマエ、アンタも無一文の手合いだろ?ならあとは何か作るくらいしかないんじゃないの」

「手作り……でも何か材料だってお金がかかるし」

「食いモンもダメだね」

案外真面目になって一緒に考えてくれるアニ。

(アニのこういう所、ほんと可愛いよなぁ)

話していると忘れがちだが、アニの身長はナマエより少し高いくらい。いつもは決して油断も笑顔も見せないアニなのだが、ふとした時に色んなところが可愛いのだ。

「あとはもう、紙になんでも言う事聞きますって書いて、渡すくらいしかないんじゃないの」

「どういうこと?」

「なんでも言う事聞きますって券。船の切符みたいに、チケットにすれば」

アニの本心では半ば投げやり。
けれど当のナマエは、アニの両手を握って瞳を輝かせた。

「それ、いい!ありがとうアニ。アニに相談できてよかった」

「いや……え、アンタそれマジでやるのかい?」

「うん!紙なら持ってるし。今度、アニも何か困っていたら私に言ってね?アニにも、なんでも言う事聞きます券作ってあげるよ」

「私はいいよ……別に」

「そんなこと言わずに」

アニは小さなため息を吐くと、困った様にしてナマエを見上げた。

「じゃあ本当に困った時、頼むよ」

「わかった!じゃあ私、チケット作るね」

ナマエはロッカーの中から目当ての文具類を取りだすと、すぐさま自分の寝台へと寝そべった。少しお行儀は悪いが、学習室だと他の同期に見られかねない。こっそりと作業をするなら、ここが一番だ。

アニはそんなナマエの様子を見て、小さくため息を吐いてからまた読んでいた本へと目を落とした。

***

翌日の朝一番。ナマエは駆け足でリヴァイの執務室をノックする。

中からはナマエだとわかったかのような「入れ」というリヴァイの声。

「失礼します」

「おい。俺に一言もなくどこ行ってやがった」

「昨日はすみませんでした。でも言われていた書類は仕上げてきました。それから」

持っていた書類の束の中から、せめてものラッピングを施した例の券。

「これ、リヴァイ兵長にお渡ししたくて」

怪訝そうにリヴァイは眉間の皺を深くする。

「なんだ、こりゃあ……」

「開けてみて下さい」

いぶかしげに包みを見て、リヴァイはゆっくりとそれに手を掛ける。中には見覚えのある便箋と、複数枚のチケットらしきもの。チケットにはナマエの字で『リヴァイ兵長の言う事をなんでも聞きます 券』と書かれていた。

「ナマエ、これは」

「今日がリヴァイ兵長のお誕生日だと伺って。何かプレゼントを買いたかったんですけど……その、収入もないので。言われたこと、なんでもします!ちゃんとしたプレゼントは、調査兵団に入ったら贈らせてください」

リヴァイは手紙の方にも手を掛ける。
いつものように、びっしりと彼女の字と想いが詰まった便箋。

「そうか。おおかたハンジあたりがお前に言ったんだろう。気を遣わせたな」

「いいえ、本当にそんなもので恐縮なんですが」

リヴァイの机の前で両手を握って縮こまるナマエ。そんな彼女の姿を見て、リヴァイは意地悪そうに口角を上げる。

「じゃあ早速使うとするか」

「もうですか?」

「ああ。とりあえず1枚目だ」

ナマエの作ったチケットを指の間に挟み、リヴァイはそれを翻した。

「俺以外のやつに、この贈り物ネタを使うんじゃねぇ」

「え?どういうことですか?」

てっきりもう一度掃除をしろ、とか肩をもめ、とかを予想していたナマエ。

「どうしても、だ。いいな?」

「そんなことでいいなら、喜んで」

「それからもう一枚だ。今夜の飲み会の席で、俺の隣から離れるな」

「それも……あの、本当にそんなことでいいんですか?その券でなくても」

「構わん」

それだけ言うと、リヴァイはまた手元の書類に目を落として仕事を再開した。

(私にとっては、どっちともご褒美なんだけれど)

まるでナマエはリヴァイの所有物とでもいうように。

けれど「俺の物になれ」と言われても、ナマエなら喜んで首を縦に振るだろう。もっと大人になれば、自分をプレゼントするのも悪くないかもしれない、と己惚れた想像をするのだった。

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