チルチルミチル | ナノ


▼ 10.離れていても温かいように

ナマエが訓練兵団に帰って一カ月。

たまに手紙のやり取りはあっても、実際に会う機会はなかった。そもそも、調査兵団が訓練兵と顔を合わせる事は滅多にない。

リヴァイとてそれはわかっていたし、だからと言って彼の生活に何か支障があるわけでもない。この一カ月の間にも彼は執務をこなし、壁外調査をこなし、変わらない毎日を過ごしている。

「……で、そろそろ寂しくなった頃かと思ってさ」

「あぁ?クソメガネ、ノックをしやがれ」

相変わらず主題の無い会話に、リヴァイは苛立ちを見せる。

「リヴァイ、訓練兵出てないから知らないだろ?だから教えてあげようと思ってさ」

「要点はなんだ」

「来週さ、訓練兵団の内部見学会があるんだよ」

次期の訓練兵を志す者、在籍中の訓練兵の保護者、そういった者を集めて年に一度行われる見学会。兵舎の見学に始まり、午前中は座学の授業を体験し、午後からは在籍訓練兵の立体起動の演習もあるのだ。

「一緒にどう?……うわ、行きたいけれど私と一緒がちょっとなって顔に書いてあるね、リヴァイ」

「よくわかってんじゃねぇか。そもそも、俺たちが行ったら目立つだろうが」

「私服で行けばバレないさ。毎年結構参加者多いからね。どっかの父兄とでも思われるんじゃない?」

「俺は保護者じゃねぇぞ」

「わかってるって。でも行くだろう?ナマエの立体起動見たくない?私は見たいよ。リヴァイと同じものを感じるしね」

畳みかけるようなハンジ。一瞬の静寂が訪れる。

「……何日後だ」

「4日後だよ!」

それなら手紙を出しても間に合わないな、とリヴァイは思案する。

斯くして、お忍びでリヴァイとハンジが訓練兵団を見学に行くこととなった。

***

ーーー見学会当日

「結局さ、午後からの演習って104期からはミカサとナマエだけかよ」

昼食中の食堂で、少し不貞腐れた口調のコニーがそう声を上げる。故郷から母親達が見学に来る予定のコニーは、良い所を見せたかった様子だ。

「そうですよ。まぁ見学者も多いですからね。見た目も考慮されてるんじゃないですか」

ナマエの残したパンをがっつきながら、サシャは冷静に答える。当のミカサとナマエは素知らぬ顔で、いつも通りに質素なスープを突いていた。

「ナマエ、手はもう大丈夫なの?」

「全然平気だよ。傷跡はちょっと残ってるけど」

「そう……」

「でもコニーの言う通り、家族が見に来る人がすればいいのにね。私とミカサなんて、家族どころか親戚もいないのに」

「でも来期の訓練兵の勧誘も兼ねているから。ある程度の見栄えは必要なんじゃないかな」

そう言うアルミンに「見栄え?」とナマエは首を傾げた。

「ミカサは黙っていれば美人だし、ナマエも可愛いから」

「アルミン……?」

「いや、別に他意はないよ!ミカサ!」

2人の様子を見て、ナマエは声を立てて笑う。

「そういやナマエの立体起動といえばさ、調査兵団から帰ってきて格段に速くなったよな。抜け駆けて練習してきたんじゃねぇだろうな」

ナマエの向かいに座っていたエレンが、そう言っていささか鋭い目線でナマエを睨んだ。

「練習はしてないよ。1日だけ見学はしたけど……」

「抜け駆けじゃねぇか!くっそー」

「でもその後、自主練習はいっぱいしたよ。エレンが寝てた休日にもね」

「ちなみに私も一緒だった」

ミカサの追い打ちに、エレンは「う゛」と呟いて黙った。

「ナマエ、そろそろ行こう」

「うん。先輩たちより先に着いてなきゃね」

2人は空になったトレーを戻すと、連れ立って演習場へと向かう。周辺にはもう、見学者の人だかりが出来ていた。

***

「あ!あれナマエじゃないか?」

リヴァイよりも頭一つ高いハンジは、つま先を伸ばして先を行く訓練兵を指さした。

「おいてめぇ、嫌味か」

悪い悪い、と言いながらハンジはリヴァイの前を立ち退いた。周辺に人は多い。小柄なリヴァイでは見辛いだろう。

「あんまり近付くとバレるかな」

「こんだけ人がいるんだ。わかんねぇだろう。それにすぐ、奴らは木の上だ」

「それもそうだね」

程なくして、教官らしき人物が口頭で立体起動の説明を始めた。そして「開始!」の声がかかると同時、控えていた訓練兵達が一斉に飛び出してくる。

目標の巨人のハリボテは見学者に一番見えやすい手前に設置してあり、少し奥まった林から手前へと訓練兵達が飛んでくる。そしてその先頭を切っているのは、ナマエだった。

「あの小さな子、すごいわね」

周辺からそんな声が、波のようになってリヴァイとハンジの耳にも届く。

「……確かにすごいな、リヴァイがもう一人いるみたいだ」

ハリボテめがけて、全身を回転させながらうなじへと向かうナマエ。そのスピードは圧倒的で、狙いも正確だ。刃を逆手に持ち直してうなじ部分を削ぎ落すと、そのまま刃を入れ替える。そしてその隙に、もう一体のハリボテにナマエの同期と見られる少女が切りかかった。こちらもスピード・パワー共に圧倒的。

2人は顔を見合わせると、空中でぱちんと手を合わせて折り返した。次のハリボテが設置されるまで、出立地点へと迂回する。

「確かに早ぇが、ガスをふかしすぎだ」

「そう言うなよ。後の子もすごかったけど……ナマエの動きは、リヴァイそのままだよ」

「どこで覚えたんだか。あの持ち方もな」

あのまま実戦に出れば、リヴァイよりは遥かに劣る。
しかし素質は十分だ。いや、十二分に。

「いやぁ、滾るね!」

予想通りのハンジの反応に、リヴァイは鼻で笑った。

***

「お前らさぁ、もうちょっと手加減しろよ。103期生、立場ねぇだろうが」

出立地点で待機していたジャンは、戻ってきた2人にそう零した。

「私は十分に手加減していたけれど」

「ミカサが2番目の時は、いつも私に手加減してくれてるんだよ」

どこか照れ臭そうに、マフラーに顔を埋めるミカサ。ジャンは「そうかよ」と呆れたようにため息を吐いた。

「おい104期生」

ドスの効いた声が3人の間に響く。ジャンの懸念した通り、ナマエとミカサに置いてきぼりをくらった先輩連中の1人だた。

「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ。早いだけじゃ意味ねぇってわかってんのか」

「切込みも深かったと思いますが」

きょとんとして答えるナマエに「俺が言ってる意味わかってんのか!」と声を荒げる彼。違う意味で天然のミカサとナマエにこの手の理不尽は通じないーーーとジャンが仲裁に入ろうとした時だった。

「ナマエ=アッカーマン、いる?」

違う103期生の女子の先輩が、大きな包みを手にその場へと現れた。

「はい、私です」

「見学者が貴女にって。もう帰るからと言っていたけれど」

「私にですか?」

どうして、と思いながらナマエはその包みを受け取った。

「おいアッカーマン、聞いてんのか!」

話の途中であった先ほどの男子の先輩が更に声を荒げたが、

「アッカーマンなら私もですが」

と、隣にいたミカサに強く睨まれて黙った。

「おいナマエ、それなんだよ」

「なんだろう。私にも身に覚えが……あ!」

包みの裏、リボンのかかった底に挟まっていた一枚の手紙。その封蝋には見覚えがあった。

ナマエのいつも待っている、手紙の差し出し人の封蝋だ。

「嘘!なんで?!先輩、これ渡してきた人って、どんな人でしたか?!」

「え?黒髪の小柄な目つきの悪い男性と、背の高い眼鏡をかけた女性か男性かわからない人だったけど。名前は名乗らなかったわ」

それを聞くなり、ナマエは包みを抱えたまま立体起動で飛びだした。本当は禁止されているのだが、出口の門近くにアンカーを打ちこみ、リヴァイとハンジの姿を探す。

(どうして来てくれたんだろう……!)

建物の上からじゃ死角が多すぎたので、ナマエは豪快にも門にアンカーを打ち込み、その場に降り立った。キョロキョロと周辺を見回すと、ちょうど馬車に乗り込もうとしているリヴァイの後姿が目に入った。

「リヴァイ兵長!」

大声でそう叫ぶと、リヴァイだけでなく周囲にいた教官もが何事かとナマエの方を見る。

「馬鹿が」

リヴァイが小さく呟く。ナマエは教官達には素知らぬ顔をしながら、そろそろとリヴァイ達の馬車へと近付いた。

「ひょっとして、見てたんですか?立体起動の演習……」

「ありゃあ誰の物真似だ。変な持ち方しやがって」

「わかってるくせに」

おどけた様子でナマエが小さく舌を出すと、リヴァイはその小さな頭を無遠慮に撫でまわした。

「あはは!ナマエ、なかなかよかったよ。本当に入団が楽しみだ」

馬車の奥からハンジもそう言ってナマエに声を掛ける。

「ハンジさんもいらっしゃったんですね。事前に言ってくださればよかったのに」

「数日前にこのクソメガネがいきなり言いだした。それよりナマエよ、てめぇガスをふかしすぎだ。目標に近付く速度は申し分ねぇが、回転して近付いた時点でガスを抑えろ。壁外でガス切れおこしたら死ぬぞ」

教官よりも的確な指示を口にするリヴァイは、もう上官そのものだ。
ナマエも一瞬にして真面目な表情になり「わかりました」と敬礼をとった。リヴァイからの指導を受けれるなど、まさに思ってもないことだ。

「じゃあ、リヴァイ兵士長の有難いお言葉も伝わったし、私達は行くとしよう。そうそうナマエ、それ開けてみてね」

ハンジがリヴァイの肩を叩きながらそう言うと「これ!」とナマエは顔を上げた。リボンがかけられた大きな贈り物。

「餞別だ。詳しくは手紙を見ろ」

「はい。あの……ありがとうございました。少しでも、お会いできて嬉しかったです」

リヴァイは小さく頷くと、馬車の扉を閉める。ゆっくりと進み始めた馬車内では「もうラブラブじゃん」とハンジが冷やかしたが、リヴァイは無視し続けたのだった。

***

立体起動の演習も終わり、訓練兵舎の敷地内は見学者や訓練兵の家族などで喧噪に包まれていた。

ナマエは大きな包みを抱えたまま、食堂の裏のテラスへと1人腰かける。丁寧にリボンと包装紙を解くと、中には2つの箱が入っていた。そのうちの1つはクッキーの詰め合わせ。そちらはハンジからのようで、箱の中に「みんなで食べてね」とハンジの字でメモが入っていた。

そしてもう1つは

「これ……」

深緑色の仕立ての良いワンピースと、温かそうな濃紺のケープ。あの時「これしか服が無くて」と言ってしまった自分をナマエは責めた。

「また気を遣わせてしまった」

それはリヴァイからのようで、慌てて手紙を開けてみると、ペトラに見立ててもらいリヴァイが買ったということが書かれていた。そしてそれを着て、また休日にはリヴァイのもとへ訪れるように、と。

寒くなる季節に、防寒具は必須だ。
今まではすりきれたガウンのようなもので凌いでいたが、このケープはきっと比にならないくらい温かいだろう。

(……早く会いたい)

そう心に思いながら、ナマエは貰った服をぎゅっと抱きしめた。

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