STORY | ナノ

▽ 七月の付き合い方


インクリングに、死はあるのだろうか。
そう友達に聞かれたことがある。
俺はあるだろ、とそっけなく答えたのを覚えている。実際、地元では交通事故だのなんだので色々と問題になっていたし。
それでも友達は、疑うのをやめなかった。
いくら撃たれようとも、死ぬことはないのに? と。
俺達インクリングは、自分と交じり合わない色が身に刺さろうと、死ぬことはない。ただ苦しいだけだ。バトルでは少し違うけども、日常生活では、それで身が弾けることはない。
いくら結論を出そうとも出てくる疑問に馬鹿らしくなって、考えることはもうやめてしまった。


「肝試ししよう!」
次に聞こえたのは、椅子の音。勢いよく立ち上がったらしく、大きく揺れていた。
「馬鹿らし。帰る」
「あぁん待って。話くらい聞いてよー!」
第一声の犯人、エンギが帰ろうとする相手、カザカミを必死に止めていた。カザカミの表情はこれまでにないくらい迷惑そうに歪められている。
「肝試しに聞く話なんてないでしょ」
「あるよあるのありまくりだよ! だよね、ケイ!」
「ええそうね。聞いてあげましょうよ」
にこにこして傍観者を務めていたケイにエンギは投げた。こいつ、絶対なにも分かってないな。ケイのことだ。面白そうだからいい加減に話を合わせただけだろう。なんという連携プレイ。エンギはもうケイを手懐けたというのか。その上俺にも投げてきた。残念ながら俺はそんなものに掛かった覚えはない。
「んなめんどくせぇこと誰がするかよ。俺も反対」
「そんなこと言って実は怖かったり?」
怖くなんかねぇよ、と言葉にするよりも先に手が伸びてエンギの頭、もといニット帽をくしゃくしゃにしてやる。エンギは情けない声を出して必死に抵抗していた。
「だ、だってほら、あそこだよ。キンメダイ! あそこ、夜になるとおばけが出るって噂があるの。調べないといけないじゃん!」
「そんな義務ないでしょこのチーム」
「そんなこと言わないでカザカミ。ねぇ、行ってみましょうよ。面白そうだし」
こいつ、ぽろっと本音漏らしやがった。だよね、とエンギがケイに飛び付く。エンギもケイと同じだった。どうしてこう、女という生き物は怖いものを見たがるんだろう。危険そうなら近寄らない、これに限るというのに。そう考えると、あいつはまだだいぶマシだった方なのか。
それなら二人で行け、と言おうとして気付いてしまった。ケイ程でもないがエンギもそれなりにおねだり上手だ。断れなさそうな。それを二人でしてみろ。俺はもう折れるしかない。
「しゃあねぇ。行くぞカザカミ」
「やった!」
「えっ、本気?」
エンギが喜ぶ隣でカザカミは驚いた表情をしていた。俺は味方になってくれると思っていたのだろうか。カザカミに限ってそれはないか。どっちにしろ俺がカザカミ側に付くなんて一生ないと思うが。
「ただの遊びだろ。それにエンギの恨みの方が後々面倒になるぜ」
「なんで僕が...」
「え、酷くない? ねぇ酷くない!?」
こうしてカザカミを無理矢理丸め込み、チームの四人は肝試しを行うことになった。
場所、キンメダイ美術館。日時は今日の十時過ぎ。待ち合わせはハイカラシティのいつものベンチ。それだけ決めて今日は解散となった。ケイとエンギはどこかへ遊びに行くらしい。今まで一人だったケイには貴重な体験だろう。俺も誘われたが、面倒だと言い訳して帰った。
カザカミはこれを機に来ない気もしたが、変にしっかりとした奴だし、来るだろう。それよりも、キンメダイ。チャージャーがよく苦手だとほざくステージだが、あんなの絶対に嘘だと思っている。でなければあんなに鬱陶しくないだろう、と心の隅で毒づいた。



昼とは打って変わって暗い夜。灯りもなく、鳴り響く靴音。ハイカラシティでは夜でもあんなに明るいのに。少し離れるだけでこんなにも変わるものなのか、と少し驚いた。懐中電灯もなにも持って来なかったのは迂闊だったが、いざとなればイカ型端末があるし、大丈夫だろう。そんなことよりも困ったことがあるし。
「暑い。鬱陶しい。いい加減離れろよ!」
「だ、だって暗いの怖いんだもん!」
そう言って俺の右腕にしがみ付いているのは、今の状況に誘い込んだ張本人、他でもないエンギだった。まだ美術館に着いていないというのにもう怖がっている。そんなので着いた時大丈夫なのだろうか。泡吹いて失神しそうだ。
そして、俺の左腕に、もう一人。
「怖いわ。とても怖いわ」
「...」
かなり棒読みで笑顔のケイが腕を組んでいた。こいつ、かなり楽しんでいる。もう突っ込むのが馬鹿らしくなって口さえ開けない。エンギはどっちかっていうとケイに付いた方がいいのではないだろうか。ケイはかなり目が良いらしく、真っ暗なこの道も止まることなく進んでいる。実際、俺がこうして安心して歩いているのもケイがいるからだ。格好悪いから、そんなこと絶対に言わないが。
カザカミはというと、一歩離れた後ろで付いてきている。約束事はきちんと守る主義らしい。俺達が待ち合わせ場所であるベンチに来る前から一人で座っていたし。ただ静かすぎて、本当に付いて来ているのか時に疑わしくなる。
クソ動きづらいこの状況。いくらケイのお陰で難なく進んでいるとはいえ、腹は立ってくるもので。
「ああもう暑苦しい! 少しは自重しろ!」
腕を振り回して二人の腕を解いてやった。エンギからは情けない声が漏れる。なんで誘った本人がこんなに怖がってんだ。それに構わず俺は前に進んだ。エンギの声がしなくなったあたり、ケイが付いてくれているのだろう。最初からそうしていればよかったのに。
肝試し、怪談話、とにかく怖いもの全般にはいい思い出が全くと言っていい程ない。そりゃそうか。そういうものだから怖いのだ。じゃなければなにも感じない。
一応断っておくが、俺自身そういったモノは苦手ではない。確かに驚くことはあるかもしれないが、怖いと思ったことはないのだ。いや、あるか。かなり小さい頃だが。しかしそれっきりだ。怖がろうにもいつも隣にいた友達が泣き出すので、逆に冷めてしまった。それから怖いものから友達を守るのはいつも俺だ。今回はそれはないかと思っていたが、さすがに続くと鬱陶しくなってくる。
しばらく進んだが、一向にキンメダイは見えてこない。真っ暗なままで。そして後ろは異様なまでに静かで。変な感じだった。さっきまで怖い怖いと騒いでいたくせに。でも、今振り向いたら俺が怖がってるんじゃないかと思われそうで、しばらくそのまま歩いた。



嘘だろ、と呟いた。ただ広いだけの美術館では、その声は響くことなく宙に消えていく。
そこには、誰もいなかった。後ろ、前、右、左、どこにも。そこにいるのは俺ただ一人だけだ。そして目の前に広がる景色は、キンメダイそのもので。
なにかがおかしかった。俺は先程まで、暗い夜道を歩いていたのだ。なにも見えない、真っ暗な道を。それが、気が付いたら美術館にいたなんて誰かに言えば頭を疑われそうだ。正確には、振り向いてみたら美術館に着いていた、と言うべきか。どっちにしろ自分で言っておいて意味が分からなかった。
いつからはぐれてしまったのだろうか。段差に腰を掛け、足を投げ出す。いつからなんて、あの時しかない。声がしなくなった頃から。でも、声がしなくなったのは俺から離れてすぐだ。はぐれるにしては早すぎる。ならばずっと静かにしていたカザカミは、最初からいなかったのか? ...頭がこんがらがってきた。
とにかく捜してみないと分からないことだ。俺は大きな段差から飛び降り、探索を開始した。
にしても悪趣味な美術館だ。無駄に広い上変に回転するものまである。美術館であることを伏せればバトル用に作られた施設だと勘違いしてもおかしくないだろう。極め付けにこんな夜中に警備もせず簡単に進入できるなんて、頭大丈夫なのか。
探索。とにかく探索。その時だった。...なにかの笑い声がする。かと思えばその声はすぐに止まった。明らかに女の笑い声だった。こんな高い声で笑うインクリングなんて、今は一人しか思い浮かばない。どこから聞こえてきたのか分からないが、きっと近くにいるのだろう。ならば、と俺は二人の名前を呼ぶことにした。ケイ、エンギ、と。しかし、声は返ってくることはなかった。気のせいだったのだろうか。その時だった。
「フチドリ?」
声がした。先程の笑い声とは違う。はっきりとした声。俺は向こう側の高台へ上り、声の主を捜した。
「なんだあんたか」
「仲間に向かってそれはないんじゃないの」
そこにいたのは、膝を抱えて座り込む、カザカミだった。上目遣いが睨んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。実際俺はかなり落胆していた。
「こんなとこでなにしてんだ」
「知らないよ。気付いたらここにいた」
「俺と一緒か。んじゃケイとエンギ捜しに行くぞ」
そこから先は行き止まりだし、長居することもないだろう。さっと踵を返して歩き出す。が、靴音は俺一人からしか鳴らなかった。不審に思って振り返る。カザカミは動くことなくまだ座り続けている。
「んだよ。行かねぇの?」
「行くよ。ちょっと君から離れて歩きたいだけ」
「癇に障る野郎だな。そんなんじゃまたはぐれるだろうが。来いよ」
「...」
カザカミは黙り込んでしまった。腹が立って溜息を吐く。いっそのこと無理矢理連れて行こう。そう思い、カザカミの前に立ち腕を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。カザカミは珍しく驚いたようにしていた。そして腕を離そうとしたが、それも叶わなかった。カザカミがこちらに倒れてきたのである。支えたその肩は、震えていた。
「あんた、まさか」
「...そのまさかだよ。はぁ、なんでこっち来るかな」
カザカミは溜息を吐いた。待て。頭が追い付かない。つまりこいつは、その。
理解した途端、堪えきれなくなって思わず吹き出した。二人しかいないこの美術館は静かで、あまり響かないよう努めたが、抑えようとすればするほど腹が痛くなってくる。
「酷いね。弱点知った途端笑うとか下衆なんじゃないの。極めてるの?」
「くっ、くくっ...ああ。ごめんごめん。なんか凄い意外だからさ。だってあんたあんなにも興味なさそうにしてたし」
「...強がってただけだよ。信じてもないけど、格好悪いでしょ。お化けが怖いって」
カザカミが移動不可能と知り、仕方なくもたれられるところに腰掛けた。カザカミには、もちろん手を貸してやる。笑いを堪えながら。カザカミは不服そうだったが、ここまで不機嫌なのを顔に出すのも珍しい。
「そうか? 俺は慣れちまったから別に...。まぁ意外すぎるけど。ふ、ふふ...」
「いつまで笑ってんの気持ち悪い」
思いっきり睨まれた。今までこいつに何度も腹を立たされたし、まだ笑ってやっても良かったのだが、これ以上やると違反を犯してまでホッカスをぶっぱしてきそうだったのでやめておいた。誰も見付からないからいい、なんて馬鹿らしいことなんて考えない方がいい。どこで見ているのか、必ず制裁は下る。一度その場面を目にしたことがあるが、あの時はハイカラシティの裏側を見た気がしてすぐに逃げてしまった。...あれはかなり格好悪かったと思う。
「ていうか、意外って。君どんなイメージを僕に押し付けてるの」
「冷静冷血傍若無人で嫌味なチビ」
「短期で脳筋その上自分を正当化したような礼儀のなってない田舎者にそんなこと思われてるなんて思ってなかったよ」
「仕返しかよテメェ! そこが嫌味な奴だって」
怒鳴り散らすつもりだったが、途中で止めてしまった。ただただ残響がこだまする。止めてしまった理由は他でもない、カザカミだ。いつも通り大声で言い返そうとしただけ。それだけだが、カザカミの肩は大きく揺れた。
「なん、だよ。あんたらしくない」
「はぁ。もう分かったでしょ。僕、怖がりなんだよ。誰よりもずっと」
膝を抱えてカザカミは言った。背だけでなく体も小さいので、かなり丸まって見える。いつも無機質に見えるその姿は、今はとても弱いものに見えた。
「フチドリが怒鳴るのも怖い。ケイが呆れる顔を向けるのが怖い。エンギが泣きそうな顔になるのが怖い。誰かに睨まれるのも怖い。嫌われるのも怖い。暗いのも怖いし、バトルをするのも怖い。...怖いものだらけなんだよ。ただ無表情で平気だって誤魔化してるだけ。怖いものだらけだよ。この街」
「じゃあ、じゃあそんな嫌味なんて言わなければいいじゃねぇか。そんなこと言わなければ嫌われることだってねぇだろ」
「そうしといたらもう関わることもないじゃん。関わればずっと怯えていなくちゃいけないでしょ。だったら一瞬怖い思いして、遠ざけた方がずっといい」
カザカミは相変わらずの無表情でそう言った。そう言った体は、未だに震えている。
俺はなにも言えなかった。言えなくてずっとカザカミの肩を見ていることしか出来なかった。つまり、ケイと同じようなものなのだ。今までの生き方を、ただのファッションだとしても引け目を感じるケイと同じ。自分の中で決め込んだやり方は、今になってすぐに変えられるものではない。嫌味を言うのも表情を出さないのも、誰かを遠ざける為の、今となってはやめられない癖。俺達のチームに入ったことでカザカミは全てのインクリングを遠ざけることが出来なくなったし、癖も直せない以上、いつ嫌われるか、それを怯えて待つしかない。だからなのだろう。あそこまでチームを批判していたのは。でも、だとすれば一つおかしいことがある。
「だったらなんでチームなんかに入ったんだよ。あの時折れたの、あんただろ」
「エンギが壊すと思ってたから」
「壊す、って」
「エンギがすぐにチームを解散させると思ってたから。多分あの時断ったらしつこく付いてきそうだったし。それなら形だけ入っておいて、自分の知らないところでなくなっててくれたほうが楽でしょ」
「にしては、えらくしっかりしてたな。あんたがリーダーなんじゃねぇのってくらい勝つことにこだわってたじゃねぇか」
「そうだね。あの時の僕、どうかしてた。なんでだろう。チームとかどういう形であれはじめてだったからちょっと熱くなってたのかも」
カザカミは大きく溜息を吐いた。迷路に陥れられているような顔だった。本気で分からないのだろう。普段どういう形であれ結論を持ち出すカザカミなので、分からないこともあるんだな、と場違いなことを考えてしまった。
その時、またもやカザカミの体が大きく揺れた。それに対して俺は首を傾げるだけだった。何故なら俺はなにもしていないからだ。怒鳴ることも触れるようなことも、なにも。しかしカザカミは大きく目を見開いて震えるだけだ。
「どうしたんだよ」
「どうって、い、今なにか聞こえたじゃん」
「聞こえたって、」
耳を澄ませても、なにも聞こえなかった。聞こえるとするなら俺達の呼吸の音だけだ。それ以外、先程からなにも聞こえた覚えがない。
「嘘。聞こえたよ。女の人の笑い声」
「エンギじゃねぇの? ここ、誰もいねぇみたいだし」
「で、でも」
カザカミが凄く動揺している。物凄く動揺している。本当に、こいつはなにをしても珍しく見えてしまうから不思議だ。
仕方ないから、カザカミの右手を掴んだ。かなり震えている。ガチの怖がりなんだなと改めて実感する。しかし、すぐに離された。カザカミは怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「なにしてんの気持ち悪い」
「手、繋いだ方が怖くねぇかと思ったんだよ」
「なんないでしょ普通。それ以外に勝手に繋ごうとするとかどうかと思うけどね」
「あーはいはい。さーせんっした」
カザカミにかなり睨まれた。俺の幼馴染みと同じ手は効かないらしい。いつもならすぐにでも怒鳴っているところだが、こんなにも震えている奴に怒る気にもなれなくていい加減にあしらうだけにしておいた。怒る怒鳴るって、俺、沸点低すぎか。いくら喚こうとそう相手にされないので、こう怯えられると逆に気付かされてしまう。だからといって性格なんてそう変えられるものではないが。
「なんでお化けとかいるんだろう」
しばらくして、カザカミが静かに呟いた。普段であれば聞こえないであろうその声は、今だけ大きく聞こえる。
「さあな。死んだからじゃねぇの?」
「...ねぇ。僕達って、死ぬことってあると思う?」
ふとカザカミが質問を投げた。どこかで聞いたことがあるような質問。どこで聞いたんだっただろうか。ああ、そういえば幼馴染みだ。幼馴染みのあいつが俺に投げたんだった。どうしたかは、よく覚えていない。
「ねぇ、聞いてる?」
「ああごめんごめん。どうだろうな。死ぬんじゃねぇの」
「そうなのかな」
「多分、だけど。だから真に受けんなよ」
カザカミは俯いてしまった。いい加減に答えすぎたか。そんな面倒なことを考えて、傷付くような奴には見えないが、怖がりだし。全く、他の誰かの考えていることなんてさっぱりだ。しかし、俺の考えは杞憂だったらしい。カザカミはいつも通りの無表情で俺を見た。
「まぁ、そうだね。もしかしたら、その前に死ぬほど苦しいこととか、あるかもだし」
「んなまた大げさな」
「そうだね。大げさだね。でも、きっとあるはずだよ。死んだ方が良かったって思えるような出来事。君だってそうでしょ」
「なにが」
「僕に出会わなかった方が良かったでしょ。あんなに僕のこと、睨んでたじゃない」
時間が止まった気がした。そんなこと、あるはずがないのに。カザカミのせいだ。カザカミは普段から静止画のような奴だから、余計に。
きっと、最初の頃のことを言っているのだろう。確かに、最悪だった。無表情で無愛想。全てを見透かしたような黒い目に、相手を傷付けるためだけに存在しているような口。エンギ捜しのためにやむなく話しかけた最初の相手がこれなのだ。そりゃ最悪に決まっている。関わりたくないとか言いながら突っ掛かってきて、チームに入っては仲間を傷付けて、何度なんでこいつがチームにと思ったことか。要するに、場違いな気がしてならないのだ。いつも一歩引いてこちらのことを観察して、本当にチームとして戦えるのかと疑問でしかなかった。でも、今は。
そこで、カザカミに咎められてしまった。いつの間にか俺は笑っていたらしい。これは気味が悪いな、と自分でも分かった。尚更カザカミを怖がらせてしまってはいけない。
「そうかもな。でも今の聞いて全部吹っ飛んだわ」
「今のでって、僕なにかした?」
「したよ。したってか、言った。あんたが怖がりってこと。それ聞いただけでもうなんか安心したっつーか」
カザカミがかなり不機嫌そうな顔をこちらに向けた。自分の弱みを知って安心したなんて、聞いたらまぁ、普通にその反応をするだろう。俺なら怒る。
「悪い悪い。なんていうかな。あんたもそう思うことがあるんだなって。あんたがきちんと考えてチームやってるって言うならもうそれでいいや。あんたは、不安がらなくても俺達の仲間だよ」
それが俺の本心だった。結局のところ、みんな同じなのだ。不安で不安で仕方ない中、こうして集まって一緒にいる。なんの接点も持たないように見える、俺達の唯一の共通点。
カザカミは驚いた顔をしていた。それから、そっか、と小さく笑った。分かってくれたようだった。
そこでふと、俺の脳裏になにかが横切った。それがなんなのか、よく分からない。だがきっと、俺は同じ光景を、どこかで見たことがある。小さくて、そう、カザカミのように、蹲って笑って...。
「俺達って、どこかで会ったこと、あるか?」
次いで出た言葉は、自分でも予想しなかった言葉だった。突然すぎてカザカミも驚いている。が、すぐに無表情に戻った。
「...さぁ。どうだろ。どうして?」
「いや、なんか、よく分かんねぇけど。なんでかな」
「まぁ、あるといえばあるよ」
「マジか。どこでだ?」
「バトルでだよ。ちょっと前、赤ZAP持ってナワバリに行った時、フチドリとケイを見たことあるよ」
「...えっ?」
全く予想だにしていなかった真実に、俺は思いがけず大声を出してしまいカザカミを驚かせてしまったことは、言うまでもない。



しばらくして、俺達は出口を探すことにした。定期的に笑い声が、ようやく聞こえる程になってきたが、大きさ的にもかなり離れているらしく、多分ケイ達は先に美術館から出ているだろうと踏んだからだ。にしても、こんなに笑うなんてエンギは一体なにをしているというのか。
カザカミはというと、まだ震えてはいるが、歩けるくらいにはなっていた。なにかある度に驚いて寄ってくるので、なんだか別の誰かを連れ歩いているような感覚に陥ってしまう。だが、これもカザカミなのだ。他でもない。俺達のチームメイト。
あれだけ気持ち悪いと言っていたのに、歩き出すと手を繋いでもなにも言わなくなった。むしろ、痛い。ここから出るまで俺の手はもつだろうか。
キンメダイ美術館は閉まっているとはいえ所々外灯が点けられて明るい。それに対し、玄関を越えれば外はなにも目に映さないほど真っ暗だった。さすがにそれは困るのでイカ型端末に備えられたライトを頼りに辺りを見回した。美術館に入るまでは一緒にいたと思われるので、そう離れていないはずだ。
それから数分後。案の定美術館の近くでケイとエンギを見つけた。見つけてすぐにカザカミは手を離した。それと同時にエンギに泣きながら肘打ちを食らわされた。どうしてこんな目に。
「にしてもあんた笑いすぎだろ。誰もいないとはいえ美術館の中ではしゃいでたら見付かんぞ」
「え? 私達、美術館の中入ってないよ?」
「は?」
「そもそも厳重に閉まってたじゃない。その時にフッチーもカザカミもいないことに気が付いたの。吃驚しちゃったわ」
あれは怖かったね、とケイとエンギが昔話をするかのように笑い合っていた。
いや、待て。俺達はその美術館の中に、いたんだが?
気が付いた時には既に遅し。背中に重さを感じ、その正体がカザカミだと気が付くまでそう時間は掛からなかった。



2016/07/23



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