STORY | ナノ

▽ 1


 とうとう迎えがやってきたのだと、カイは思った。
 意識が朦朧としている。身体が言うことを聞いてくれない。視界が赤く滲んでいく。誰かの悲鳴が聞こえてくる。聞こえてくるたびに、その声は引きちぎられるみたいにぷつりと消えていく。
 額がずきずきする。頭が痛い。何故、こんなことになっているのだろう。今朝まではいつも通りの平穏がそこにあったはずなのに。
 ついに悲鳴は一つも聞こえなくなった。代わりに振動となって複数の足音が近付いてくるのが分かる。次は、私の番か。ぐちゃぐちゃになっていく頭の中でどこか冷静なのは、もはや諦念か。
 これが運命と言うのならばその通りなのだろう。人は神の下において平等である。どれだけ神に祈ろうと、どれだけ正直に、正しい生き方を貫こうと、その先に待つものがこの惨劇ならば、例え存在していようがしていまいがそれに抗うことはできない。ただその運命を受け入れ、終わるその時をじっと待つことしかできないのだ。ましてや神に置き去りにされた世界なんて。
 うっすらと開いていた瞼が閉じていく。もう開けていられる力もない。周りの音も遠くなっていく。自身の浅い呼吸がよく聞こえる。終わりが近付いている。しかし不思議と恐怖はなかった。そこまで、自分の人生は味気のないものだったのだろうか。それももう確かめる術もないのだけど。
 意識が遠退いていく。ああ、ようやく。
 その時だった。
 遠くで大きな音が聞こえる。叩き付けるような、潰して回るような、とにかく大きな音。
 はっとなって、流れていく意識が遡りはじめた。最後の力を振り絞って、ゆっくりと瞼を上げる。
 ぼんやりとした視界で誰かの姿が目に入った。ちぐはぐに赤く染まった誰か。人がいる。誰、だろう。シスターではない。じゃあ、この惨劇の犯人達か。しかし、一瞬でも目にした彼らの姿と記憶が重ならない。ならば一体。
 その誰かはこちらに近付いてきた。目の前で膝を折って、そっとカイの首筋に触れる。もはや感触もない。すると首筋に触れていた手が途端にカイの肩を揺らした。声が聞こえる。目の前の人間が、私を呼び起こそうとしている。神に見放された人間の命など、放っておけばいいのに。
 そう、思っていた。その時までは。自身の運命を変えようとするその手を煩わしいとまで思っていた。
 抱えられた拍子に誰かの瞳がカイの目に映った。
 ルビーの瞳。
 鼓動が息づく。咄嗟に口に出した言葉はなんだったか、もう覚えてないけれど。
 この時一度死を迎えたのだとすれば、二度目の生を授かったのもこの時なのだと、今になってカイは思うのだった。



 実のところカイは「歌う」ことは大して好きではなかった。
 よく歌うのが好きなのかと問われる。実際カイは幼い頃から合間を見ては一人歌っていた。そう聞かれるのも不思議なことではないだろう。しかし当のカイにとってはただの暇潰しでしかなく、好きかと問われれば、そこまででもないと答えるしかなかった。自分の歌を聞いた人達からはよく褒められる。褒められることは嫌じゃないが、そこまで称賛されるほどのものでもなくて、ありがとうと礼は言うものの心からの笑みを見せられない。歌とはそういうもので、思い返せば思い返すほどあまりいい思い出がない。だというのにこりもせず暇さえあれば歌っているのだから、やはり好きなのかもしれない。そうじゃないような気もする。
 そんな曖昧で憂鬱に奏でていた歌にも今は理由ができた。
 褒められた訳ではない。なにを言われたこともない、けれど。自分の歌を聴く彼の表情は、とても穏やかに見えたから。理由なんてそれでじゅうぶん。だから今は、なんとなくではない。彼の心に少しでも寄り添えたらいいなと。今日も歌を奏でる。そのつもり、だったのだが。
 ふとなにかが額に触れるのを感じた。あれ、どうしてだろう。歌が宙に消えていく。なにもないはずなのに。違和感に頭を振る。そこで身体が動かないことに気がついた。指先ひとつも動かない。なにが起こっているのだろう。違和感が大きくなっていく。意識が、浅くなっていく。
「…。あれ…」
 目が覚めていく。脳がはっきりとしない。自分はなにをしているのだろう。確か先程まで、歌っていたはずなのに?
 ぼんやりとしていた視界が鮮明になっていく。物の輪郭も見失ってしまいそうな暗さの中でルビーの瞳がこちらを覗いていることに気がついた。彼が、ソルがいる。その姿を認識した瞬間に意識がはっきりとしはじめた。ここはリビングだ。
「起こしちまったか」
 額に感じていた違和感が消えていく。どうやら彼の手がカイの額に触れていたらしい。もう少しそのひんやりとした体温にあてられていたくて、離れてほしくないなぁ、なんて心の中で溢す。
 上体を起こして目を擦る。被っていた毛布が肩から落ちていく。キッチンで点いている明かりがいやに目に刺さって痛い。どうしてこんなにも部屋の中は暗いのだろう。こんな毛布、用意していたっけ。さっきまで、夕食の準備をしていた頃はまだ外は暗闇に染まっていなかったはずだ。そもそもそれならソルが今目の前にいるのもおかしい。
「寝るならちゃんと自室で寝ろ。風邪でも引いて痛い目見るのは自分だぞ」
 え、とカイは窓に目をやった。カーテンが閉め切られていて窓の外は見えないものの、カーテン越しの明るさからしてカイの記憶よりもだいぶ時間が進んでいるのは火を見るより明らかだった。さぁっと血の気が引いていくのが自分でも分かる。恐る恐る壁に掛けられた時計を見る。時刻は夜更に差し掛かろうとしていた。
「す、すみません! お迎えに間に合わなくて」
「そっちじゃねぇだろ」
 頭を下げると、少し乱暴に髪をくしゃくしゃと混ぜられた。その手を振り払おうとも思わなくて、カイはううと呻き声をあげながらもされるがままだ。
「その様子だと飯もまだ食ってねぇな。ガキが不規則な生活を送ると成長止まるぞ」
「そんなに子どもじゃありません! それに、確かに食事は取って…ないと思いますけど…。でもちゃんとご飯は作りました」
「そういう問題でもねぇ」
 懸命に弁解を図ったが失敗に終わった。髪をかき混ぜる手が止まらない。間違えただろうか。今でも自分が眠ってしまっていたという事実を信じきれていないが、晩ご飯を作った記憶は確かにある。いつもなにもなければ家事はほとんどカイの担当で、今日も、昨日だってソルの晩ご飯はカイの作ったものが出されるはずだ。最近は特になにか買って帰ってきている様子もないし、もし今日カイが食事も作らず眠っていたとしたら。それでソルが帰ってきたら。そう考えるだけでぞっとする。そういう問題、どころじゃない。カイにとっては大問題なのだ。
 そこまで考えて、ああちゃんと用意できていてよかったと心から安堵する。安心している場合ではない。そもそも眠っていたことを反省するべきなのだけど。本当にいつの間に眠っていたのだろう。記憶にない。記憶が曖昧になるのは今に始まったことではないが、今回ばかりは少し納得ができなかった。
 遅くなってしまったが、少しでも食事は取っておかなければ。抜いたりなんかそれこそソルに怒られる。そこまで考えて、はっとあることを思い出した。ソルはもう帰ってきている。つまりソルはこれから晩ご飯の時間というわけで。
「なに笑ってやがる」
 えっ、と頬を抑える。ソルの手はすっかりカイから離れていて、なにかを怪しむような視線をカイに向けていた。また一人思考の海に沈んでしまっていたらしい。ここで暮らすようになってからの癖だ。またやってしまった。しかも知らず知らずの内に笑っていたなんて。頬が熱くなっていくのを感じる。
 言おうか。言うまいか。言い淀んでいると、ソルの手がすっと視界に入ってくる。このまま言葉を吐き出さなければその手はまたカイの髪へと伸びるのだろう。嫌ではないけれど、反射的に萎縮してしまう。
「は、反省してます! これは、決して反抗の意を示しているということではなく」
「じゃあなんだ」
「食事、ご一緒できるのが嬉しくて…」
 心咎めがして視線が辺りを彷徨っていく。
 ソルと食卓を囲んだ数は両手で数えきれる程、とまではいかないものの、それくらいなのではないかと思う程少なかった。仕方ないと思う。ソルは仕事で忙しいみたいだから。平日休日問わず昼間はいないし、帰ってくるのはいつもこんな深夜に差し掛かる頃だ。それから夜が更けてくるとまた出掛けているようで、朝、カイが家を出るくらいの時間に帰ってくる。彼は一体いつ休んでいるんだろう。睡眠は取れているのだろうか。そう不安になるくらいソルは仕事で忙しい。
 だからせめて体に優しくて栄養があるものを、と食事を用意しておく反面、時間を共有できない事実に少なからず寂しさを覚えていたのも確かだった。ここに来る前までは誰かと食卓を囲むのが普通だったというのもあるかもしれない。さすがにそれで心が不安定になるほど子どもではないけれど。それほど些細で、だからソルに言うほどのことでもなくて、それなのにいざ一緒に食事を取れるとなるとこれほどまでに嬉しい。
 返事は来ない。カイの視線は迷子のままだ。もう元に戻すのもなんだか気まずい。ソルは今、どんな表情をしているのだろう。
「…さっさと食べたら風呂入って寝ろ」
 なにかを抑えるような、控えめな声。
 ソルのその一言に、カイは驚いてついに顔ををそちらに向けた。ルビーの瞳は下向きに少し逸れた場所を見つめていて、まるで先程までのカイのようだ。もしかして自分が視線を彷徨わせている間、お互いこんな風だったのだろうか。想像して、少し笑ってしまう。
「なんだ」
「あっ、い、いえ。ではすぐに準備します」
 はっとなって慌ててキッチンに向かった。また思考が何処かへ行ってしまうところだった。危ない。早く料理を温め直さなければ。ソルの食事の時間まで遅くなってしまう。それだけは避けたい。きっと遅くなってしまっても、ソルは自分のことばかり言うのだろうけど。ソルは優しいから。はじめは共に過ごす時間が少ないのもあってその荒っぽい口調と気難しい表情にどう繕えばいいのかと頭を悩ませていたものだが、今となってはそれが彼の人柄で、その実自分が思っている以上に面倒見がいい人なのだと知っている。だからどうしても、その片鱗を見てしまうと嬉しくて、笑みが溢れてしまう。今まで住んでいたところだとそういうこともなかったから、尚更。こんな自分を引き取ってくれたことも、彼がとても優しいからだ。
 キッチンに向かったところで、ふと立ち止まる。ソル、と名を呼ぶ。振り返るのとルビーの瞳と視線がぶつかるのはほぼ同時だった。
「お帰りなさい」
 家族間で行われる、ごく当たり前のやり取り。
 遅れてしまったけれど、彼からは素気無い返事しか返ってこないけれど、カイにとってはそのやり取りがかけがえのないもので。口角を上げている彼を見て、心から喜びを感じてしまうのだった。



 ソルと出会ったのは半年くらい前のことだ。
 気が付くと見慣れない天井が目に映った。
 夢を見ているのかと思った。意識が曖昧で、ぼんやりして、なにもかもがはっきりしない。まるで海の中を浮いているような感覚。しかし異様に頭が重くて、その事実がここは現実であるのだとカイに告げる。ここは一体。
 身を起こすとそこは見知らぬ部屋の中のようだった。人が暮らしている、というよりは借りているような。そう、ホテルだ。恐らくここはホテルの一室。そこまで考えたところで、依然として何故ここに自分がいるのかが分からなかった。ホテルに来た覚えもない。そもそも今まで、なにをしていたのだろう。
 ベッドから足を伸ばして立ち上がる。体も重い。体調不良というよりも、睡眠を取り過ぎた時の気だるさを感じさせる重さだ。カイは体を引きずるようにして、なんとなく目に入ったドレッサーに近付いた。ドレッサーの前まで来ると、大きな鏡がカイを映し出す。いつもと変わらない、つまらない顔。しかしこの時ばかりはいつもと違う。前髪の隙間。これは、ガーゼ? いつの間に怪我なんかしたのだろう。不思議に思ってそれを剥がした。鼓動が、一気に早くなる。
 額に大きな傷があった。前髪で隠れそうで、微かな髪の隙間がその傷の存在感を更に主張させるほどの大きな傷。なにをしていたじゃない。脳裏に家族達が赤く染まり横たわっている光景が広がっていく。そうだ、自分はあの時、死んでいたはずなのに!
 それからの記憶は今も曖昧であまり覚えていない。気が付いたら額の傷は包帯で覆われていて、目の前には見覚えのある瞳を持つ男がいた。ルビーの瞳。確か、あの時、朦朧とした意識の中で、それを見た。忘れることのできない色。
 男はソルと名乗った。そして次に、カイにこう告げた。うちに来るか、と。どう答えたのかも、やはり思い出せない。しかしそう言われた瞬間、溶けてしまうほど安心したのを覚えている。こうしてカイはあの日から、ソルと共に過ごすことになった。


 ふぅっと暖かな風を感じてカイはゆっくりと瞼を上げた。
 暖かな風はどうやら背後から来るようで、カイの髪をなびかせている。髪が頬や輪郭をさらさらと撫でていくものだからくすぐったい。そして頭を撫でるように流している、大きくてごつごつしたこの感覚は。
「ソル?」
 振り返らずに背後にいる人物の名を呼んだ。少しでも動いて、この手が離れてほしくないから。
「眠いならそのまま寝てろ」
「…? 大丈夫ですよ。自分でできます。ドライヤーも、だから」
「よく言うぜ。そんなうつらうつらしてる奴が説得力ねぇぞ」
 ソルの手は止まることはなかった。いつの間にこんなソルにドライヤーをかけられるという体勢になっていたのだろう。ソルと一緒に食事を取って、お風呂に入って、それから。それからの記憶がない。また眠っていたらしい。お風呂上がりで髪を濡らしたままソファーに座ってうたた寝する自分を見かねてソルがそのままドライヤーを遂行した、といったところか。いつもなら起こしてくれるのにな、とカイは思った。起こして、風邪を引くだとかうたた寝は体を痛めるだとか、気難しい顔で、でもなによりも優しい言葉を掛けてくるのに。
 最近、多い。
 カイは目を伏せて口を開いた。しかし喉から声が通ることはなく、なにも発されないまま閉じてしまう。
 程なくしてドライヤーの音が止まり、忙しなく動いていた髪がようやく落ち着いた。お礼を言おうとしたところで額がソルの手に覆われる。冷たいソルの手。そういえば、包帯の存在を忘れていた。包帯を巻くことくらい自分でできるのだけど。カイはなにも言わずに大人しくそれを待った。
「今日は」
 カイの前髪を上げて、ソルは包帯を巻いていく。
「今日はやけに眠そうだな。いや、寝惚け面してるのはいつものことだが」
 カイはきょとんとして首を傾げた。動くな、とすぐに姿勢を正される。いけない。つい動作に出てしまった。
「そう、でしょうか。…ああ、そういえば。今日は猫を探していたからかもしれません」
「猫?」
「はい。友人の飼っている猫が行方不明になってしまったみたいで。学校が終わってからずっと探していたんです」
 ──どうしよう、カイさん。ジャニスがいなくなっちゃったんです。
 いつもと様子が違う友人になにかあったのかと聞くと、彼女は今にも泣き出しそうな顔でそう言った。
 気まぐれに外に抜け出しては何事もなかったかのように戻ってくる、尻尾に赤いリボンを着けた黒猫。それでも日が暮れる頃には必ず戻ってくるため特に行動に制限を付けていないようなのだが、昨日は日が暮れても帰ってくることはなく、それどころか今朝彼女が家を出る時間になっても姿を見せなかったという。事故に遭っていたらどうしよう、と肩を震わせる彼女を放っておけなくて、放課後はずっと街のあちこちを探し回っていたのだ。結果ジャニスと呼ばれる猫は広場の隅の方で見つかり、無事友人の下へと帰っていった。
 ジャニスがなにをしていたのかは分からないが、ジャニスが出てきた背後に鋭く光る二つの視線がその後ろ姿を追っていたのは見間違いではないだろう。きっとそれに彼女も気付いていたと思う。だから彼女はジャニスになにを聞くこともなかった。
 見付かって本当によかった。人気のない、人目にも付きづらい広場の存在に彼女は、こんな場所があったんですね、と驚いていたけれど。ジャニスを見つけた時の彼女の表情を思い出してつい頬が緩んでしまう。やっぱり彼女には笑顔が似合う。
 だから今日はいつもより晩ご飯を作る時間が遅くて、できあがったものの何故だか食欲がわかなくて、少し休憩のつもりでソファに腰を掛けたところで眠ってしまったような気がする。ようやく記憶が繋がってきた。
 カイの答えになにも返ってこなかった。静かな時間は嫌いではない。その間にも包帯はカイの額を着々と隠していく。本来はもう必要のないもの。
 不思議に思って、ソル? と名前を呼ぶ。その呼び声に反応はなかったけれど、しばらくしてソルは、そうか、と静かで淡々とした声で返した。
「怪我がないならそれでいい」
 もし今目の前に鏡があるとすれば、後ろにいる彼はどんな表情をしていただろう。
「終わったぞ」
 ソルの手が離れていくのを感じる。どんな風になっているのかは分からないが、特に不快感はない。いつもと変わらない感触がすぐに肌に馴染んでいく。この家に来たばかりの頃ソルに包帯の巻き方を教えてもらったことがあるが、ソルのやり方だと包帯が髪でほとんど見えなくなるので学生であるカイにとってはとてもありがたかった。あまり目立ちたくないし、なにより同情の目で見られるのは申し訳ない気持ちになる。実際この包帯にいち早く気付いた友人はまるで自分のことのように顔を歪めていた。最終的に大丈夫だと説得して今は普段通りの笑顔を見せてくれるが、もし傷を見たりなんかしたら彼女はどう思うのだろう。そう考えると、痛みはなくてもやはり包帯は必要なのかもしれない。大きな傷を隠す為だけの大袈裟な道具。それだけで少しでも誰かの心の負担をくるんでおけるのなら。
「おい、寝るんだろ」
 軽く頭を小突かれる。はっとなった。しまった。せっかくソルが巻いてくれたのに、お礼を言い遅れている。
「す、すみません。ありがとうございます、ソル。それでは」
 慌てて立ち上がるとソルに深くお辞儀した。もう眠らなければならない。これ以上ソルを引き留めては迷惑が掛かる。
「それでは、おやすみなさい」
「…ああ。おやすみ」
 ソルの返事にカイは小さく微笑むと、自室へと向かっていく。ドアノブを捻って扉を少し開いたところでカイはソルの方を見た。大きな背中。ルビーの瞳がこちらを映すことはなく、カイはそのまま静かに扉を閉めた。
 歩を進めて窓に手を添える。いつも見上げてばかりの建物達がどれも低く、しかしどれも手のひらに収まりそうにもなく、この手では視界から消すことができない。今はそこにいない。あの大きな影も遮れたらよかったのにとカイは自嘲気味に目を伏せた。



2020/08/11



[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -