STORY | ナノ

▽ 六月の向き合い方


 暗く、無数に壁に設置されているモニターだけが部屋を明るく照らしている観戦ルーム。
 各々が様々な対抗戦を観戦している中、俺、フチドリとケイ、エンギの三人は部屋の端の方に設置されているモニターを食い入るように見ていた。


「最初は心配だったけど、全然問題なかったね」
 拍子抜けしたような、しかし嬉しそうな表情でエンギは言った。
「カザカミは元々出来る子だもの。心配いらないわよ」
 そんなエンギを見て今朝もが微笑む。
 先程までそわそわしてた奴が何を言うか。しかし俺もいつも通りに動けているカザカミを見てほっと胸を撫で下ろすのだった。
 普段観戦ルームになどあまり訪れない俺達が何を見に来たかというと、カザカミの対抗戦である。朝一カザカミははじめて即席対抗戦をすると言い出したのだ。俺は今日まで知らなかったのだが、どうやらインクリングの間で流行っている交流サイトがあるらしく、対抗戦のほとんどはそこから相手や味方を募集しているそうだ。そのサイトはやってないインクリングなんてもはやいないレベルで、知らなかったなんてフチドリ老人〜、なんてエンギが笑い出した時は問答無用で手刀打ちしてやった。
 そこからカザカミも募集してる奴に声を掛けて今対抗戦に出掛けている訳だが、ああ見えても極端に怖がりなカザカミのことだ。かなり勇気のいる行動だったに違いない。実際対抗戦味方と合流する前かなり落ち着いていなかった。最初こそ試合中はどこかぎこちなくて、エンギ曰く「カザカミらしくない動き」だったが、今となっては普段の落ち行きを取り戻してきちんと味方と連携している。早々克服出来ないであろう"怖がり"を抑え込んで新しいことに挑戦しているカザカミの姿に、俺は素直に凄いと思った。
「もうすぐ試合終わるよね。感想聞いてみなきゃ」
「メモなんているのか?」
「いるよ! お話のネタにしようと思って」
 懐からメモを取り出したエンギから聞き慣れない言葉が出てきた。首を傾げる俺とケイに、エンギはああ、と思い出したように手を叩いた。
「わたしね、最近小説書くのにハマってるんだ」
「意外だな」
「えへへ、こう見えても小さい頃はお話書くの結構褒められてたんだよ」
「そうなの。よければ私も読んでみたいわ」
「出来上がったらケイに一番に見せてあげるね」
「ふふ、楽しみだわ」
 小説、か。話どころか作文さえエンギに書けるのか疑問だったが、自信に溢れた表情を見る限り本当なのだろう。バトルでもそうだが、エンギはセンスがずば抜けて高い。だから俺が想像出来ないくらいの物語を書き上げてるかもしれない。本当天才は羨ましいな、と心の中でぼやいた。決して、口には出せないが。
「でもカザカミは自分のことを話のネタにされるなんて嫌がるんじゃないか?」
「大丈夫だよ。カザカミの新しいことに挑戦しようとしたその気持ちを参考にさせてほしいだけだし」
 そう鼻息を荒げるエンギ。そういう問題なのだろうか。
「ちなみにどんなお話なの?」
「えっとね、男の子と女の子のお話!」
「女はそういうの好きだよな」
 よく飽きねぇよな、と単純に不思議に思っていると、エンギは信じられないものを見たとでも言いたげな表情をこちらに向けて固まっていた。
「ふ、フチドリは興味ないの…? じ、じじ人生の根本問題だよ…?」
「大袈裟すぎだろ。まず興味どころか読み物さえそんなに読まな…」
 い、と言い掛けたところで俺は言葉を詰まらせた。
 出入口でちらりと見えた、あの見慣れた緑色は。
「悪いちょっと外の空気吸ってくるわ」
「えっ、もうすぐカザカミ帰ってくるよ?」
「ちょっと出るだけだって」
 二人に告げると、俺は小走りで部屋を出た。後ろでエンギの慌てた声が聞こえたが気にしない。そう遠くへは行ってないはずだ。インクリングで混んでいるロビーの中、俺はひたすらに探し続けた。
 ロビーの開けた場所に出てみるが、あの緑色は見付からない。もう出ていってしまったのだろうか。ならば俺も出てみるか。いや、もしかしたらガチマに行ったのかも。先程の勢いをなくしてふらふらと迷っていると、出入口付近で目的のものを見た気がした。
 ロビーを出てすぐそこ。俺はようやく目的のインクリングを見つけ、慌てて呼んだ。
「スイレン!」


「大声で名前呼ぶのメーワクなんですが」
 目的のインクリング、スイレンは腕を組み、呆れてものも言えない、といった表情で俺を睨んだ。
 思いの外大きくなってしまった俺の呼び声は注目を集めるにはじゅうぶん過ぎるもので、周りの視線がこちらに向く中スイレンの心底鬱陶しそうにこちらを睨むあの黒の色の迫力はかなり凄かった。それからすぐ俺達は比較的空いてる街の隅の自動販売機が置かれている場所へと移動したのだが…。
「わ、悪い。あんたをまた見失うと思うと焦って」
「…別に、そこまで怒ってねーからいーですけど」
 素直に謝ると、スイレンはばつが悪そうにそっぽを向いた。
「自分になんの用ですか。わざわざ追い掛けてきて」
「ああ。あんた観戦ルームに入ろうとしてただろ? もしかしてカザカミの対抗戦でも見に来たのかと思って」
「そんなんじゃねーですよ。ガチマ帰りに、たまたま覗いただけです。勘違いはやめてくだせー」
 というかあんたさんがいたことも知りませんでした、とスイレンは続けた。その視線はまだどこかをさ迷っている。
「ガチマか。あんたもガチマするんだな」
「そりゃあやらないとなにも成長しねーですからね。野良はぜってーやらねーって奴はさすがにいねーと思いますが、対抗戦重視のインクリングもいれば自分みたいに野良やタグマがほとんどって奴もいます」
 へぇ、なんか意外だった。上位勢って対抗戦ばっかりやって野良なんて見下してるんだと思ってた。いや、見下してるんだろうけど、だからこそ潜っても価値がないと切り捨ててそうというか。ただ普段配信とかで対抗戦のイメージが強いだけで陰でみんな努力を重ねてるんだなと認識を改めさせられる。
「ノワールは対抗戦やらねぇのか?」
「そーですね。相手募集は完全にリーダーの気分次第だし、相手から来ることはぜってーねーですね」
「ふーん。そりゃそんだけ強けりゃ相手も敬遠しちまうわな」
「…そうですね」
 スイレンが抑えたような声で言う。なにかまずいことでも言っただろうか。選択をミスった。どうしようか。そう考えているとスイレンは俯いてしまった。
「用はそれだけですか。ならもういいですよね」
「いや、用というか俺はまだ」
「あんたさんも、気を使って喋るのは疲れるでしょう?」
 ずっと目を合わせようとしなかったスイレンが、俯きながら俺の目を見た。
 …バレていたようだ。
「別に疲れるとかは思ってねぇけど…正直、なに言えばいいか困ってた」
「でしょーね。普段狂ったように意地になって謝ることを進んでやろうとしないあんたさんが素直に謝罪したんです。怪しまない方が変ですよ」
「そんなつもりなかったんだがな。あんたもよく知ってるよな」
「そりゃ以前あんたさん方のこと監視してたんで。その辺なめてもらっちゃ困ります」
 ここぞとばかりにスイレンは自信たっぷりな表情で胸を張った。いや、普通に気味が悪いからどや顔されても困る。
 クロメとノワールが対立、というかノワールに一方的に因縁を付けられていた頃、スイレンは俺達のことを監視していた、らしい。らしいというのはなんとなく俺もスイレンが監視に来ていると薄々感付いてはいたのだが、まさか喋り方一つで性格まで把握されているとは思わなかった。感がいいのか感情を汲み取るのが異様に上手いのか。
「まぁ、当たり前ですよね。ノワールのみんなもそーでした。今はもう普通に接してくれますが、自分の精神が落ち着いたばかりの頃は、壊れ物を扱うように話し掛けられましたから」
 壊れ物。
 また対立していた頃の話に戻るが、スイレンは依存していたエリュに失望され、そのショックから自棄になってエリュをナイフで刺そうとしたことがある。失望とはいってもこれまたエリュが難癖を付けていただけなのだが、エリュに依存していたスイレンにとって、自分の存在意義を否定されたに等しい出来事だったのだろう。そこからエリュを刺そうとして、エリュを突き飛ばそうとして間に合わなかった俺が庇う形で刺されてしまった。
 あれからスイレンとはずっと会っていなかったが、かなり精神不安定な状態だったらしい。そんな状態のスイレンと話してまた不安定にさせてしまったらどうしよう、と言葉を選んでしまうのだろう。さっきまでの俺がそれだ。だからノワールの奴らがそういう態度を取ってしまうのも分かる。そして、先程までずっと俺と目を合わせようとしなかったのも、多分一歩間違えれば死んでいただろう肉体的な傷を、スイレンが俺に付けたから。
「なんで話し掛けてくるんですか。自分はあんたさんを刺したんですよ。それとも自分に現実を見させる為ですか」
 スイレンは俯いて壁に右手を付いた。どこか、苦しそうだった。顔色もどこか悪い。嫌な予感がする。
「チーム繋がりがあるから一応気に掛けておこうとでも思ったんですか。あんたさんはリーダーと仲直りしたんでしょう。だったらそれだけでいーじゃないですか。無理に関わろうとしないで。自分は刺した。刺したのに、なんで、なんでなんでなんで、なんで…」
 うわごとのように呟く。するとスイレンは空いている左手で頭を押さえ、苦しそうにしゃがみこんだ。
 明らかに尋常じゃない様子に俺は慌ててスイレンの下に寄り背中を擦った。
「お、おい。大丈夫か」
「ご、めんなさい、ごめんなさいごめんなさい…」
「俺は気にしてねぇから! だから落ち着いて」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
「スイレン…」
 駄目だ。俺の声はスイレンに届いていない。
 一番避けたかった最悪の状態に陥ってしまった。なんだよ。精神不安定なの、治ってねぇじゃねぇか。なのになんでノワールの奴らは外出許可を出してるんだ。…いや、こんなの、ただの八つ当たりだ。俺に会ったから、なんて思いたくなかったから。それじゃあ駄目だ。このままじゃ、例えノワールと和解したとしてもなにも変わらない。だとしたら今俺が出来ることは。
 半分過呼吸になりかけているスイレンの頭を、俺はなるべく優しく撫でた。スイレンは肩を大きく揺らした。
「悪い。気にすんなとは言えねぇ。でも、もう俺は大丈夫だから」
「…」
「俺もあんたとどう接すればいいか迷ってたけどさ、別にあの時のことはそんなに気にしてねぇよ。ノワールでの状況を見てれば仕方ないことだったし。だからあんたも、あまり自分を追い詰めないでくれ」
 強く言い過ぎないように、俺は語りかける。
「…そんなの、都合は良すぎます」
 過呼吸もだいぶ治まってきたのか、スイレンはか細い声でそう言った。
「都合が良くていいんだよ」
「謝罪だってまだしてない」
「たったさっき何回もしてくれたじゃねぇか」
「あんたさんが良くても、クロメのみなさんは許してくれるはずがない」
「あー…。でもエンギとカザカミはむしろあんたのこと心配してたぞ。だから大丈夫だって」
「…なんかもう、滅茶苦茶じゃねーですか」
「滅茶苦茶で済ませるならそれでいいだろ」
 スイレンはくすりと笑った。
 もう大丈夫そうだ。俺は撫でていた手を下ろし、スイレンの腕を抱えると立ち上がらせた。少しふらついたが、だいぶ安定している。
「でも、これだけは言わせてくだせー。…すみませんでした」
 スイレンは律儀に深く、頭を下げた。
 なんだか心がすっきりしたような、清々しい気持ちになった。多分、俺もスイレンに申し訳なさがあったんだと思う。あの時俺がちゃんと避けきれていたらスイレンを追い詰めることもなかったんじゃないかと考えなかった訳ではないのだ。そんなことを考えたところで過去は変えられないし、俺の自分勝手な行動がクロメのみんなを傷付けた事実も変わらない。だからもうあれこれ考えるのはやめた。ただ、スイレンは? スイレンはあの出来事にずっと縛られてしまうのではないか。そう思うと、いつかちゃんと話し合う機会が欲しいと願わずにはいられなかった。いざ目の前にするとどうしても相手の顔を伺ってしまって、まさかスイレンにそれを言い当てられてしまったが、最終的にちゃんと話し合えた。
そのことに、安堵の息を漏らさずにはいられない。今までのもやもやが全て吹き飛んだような気分だった。


「それにしてもすみません。取り乱してしまって」
「もういいって。ほら」
 完全に落ち着きを取り戻し、また頭を下げるスイレンに俺は飲料缶をスイレンに差し出した。
 たった今そこの自動販売機で買った飲料缶だ。最近の俺のお気に入りの飲み物なのだが、なんと新しいバージョンが発売されたらしい。それを早速二本買って一本をスイレンに渡そうとしている、のだが、肝心のスイレンは俺の持つ飲料缶を見て目を丸々とさせていた。
「なん、ですかそれ」
「なにって、ジュースだ」
「それは分かってるんです。なに味のジュースだって聞いてるんです」
「ワカメコンブジュース」
「えぇ…」
「しかも新発売の炭酸版だ」
「いやそーいう問題じゃねー気が」
 首を勢いよく横に振ってなかなか受け取ろうとしないスイレンに、俺は首を傾げた。 
 何故受け取らない。この飲み物、そりゃ多少のインパクトはあるかもしれないが、飲むと癖になる物なのだ。是非スイレンにも飲んでもらいたいのだが。もしかして炭酸が駄目なのかもしれない。俺も最初は炭酸苦手だったのをケイが頻繁に炭酸飲料水を買ってくるので多少は慣れたつもりだが、未だに強いものは飲めない。ケイは普通に飲めるのに。俺とケイでここまで差があるのだから、炭酸そのものが全く飲めないインクリングがいてもおかしくはないのだろう。ならば新商品じゃなく炭酸じゃない旧商品を渡そうか。
 一人思考の海に沈んでいると、ふと聞き慣れない笑い声が聞こえてきて顔を上げた。
「ぷっ、あは、あははははは!」
 スイレンだ。とてもおかしそうに、腹を抱えて笑っている。普段無表情しか見ないスイレンの予想を越えた反応に、俺は呆気に取られてしまった。
「どんだけその商品推したいんですか、ふふ、あーおかしい」
「おかしくはないだろ。うめぇんだぞ」
「いや、分かってます。分かってるんです。味覚はヒトそれぞれなんだって。でも、そのジュースの発想が予想外過ぎて…くふふふふっ…」
 必死に笑いを堪えようとしているが、なかなか上手くいかないようで変な笑い声を出しているスイレンだった。
 そんな、そんな笑う程だろうか。無性に悲しくなった。
「あはは、ごめんなさいって。そんな顔しねーでくだせー。お詫びにフレンドになってあげますから」
 笑い涙を拭き取りながらスイレンはイカ型端末を取り出した。なんか凄く馬鹿にされているみたいで癪だが断る理由もないので俺も大人しくイカ型端末を取り出した。
 届いたフレンド申請をすぐに完了させる。その様子をスイレンはイカ型端末をじっと見て、どこか喜んでいるように見える。これからチームぐるみの付き合いになりそうだしフレンドにならなくてもいいような気がするが、以前のノワールの方針上フレンドというものはスイレンにとって珍しいものなのかもしれない。
「フレンドになりましたしあだ名を付けねーといけねーですね」
「待て何故そうなる」
「トリさん」
「無理に付ける必要ねぇんだぞ」
「お似合いですよ。トリさん」
 満足そうにスイレンは微笑んだ。
 このなんとも言えないネーミングセンスはなんだろう。もはや既視感すら覚える。俺としては遠慮したいあだ名だが、嬉しそうなスイレンを見ると茶々を入れる気にもなれない。ここまで嬉しそうなスイレンも珍しいというものだ。そもそも笑ったところさえ見たことがない気がする。そう思うと俺もなんだか満更でもない気持ちになるのだった。
 にしてもこのフレンドになったらあだ名付けるみたいな風習なんなんだろうな。俺の名前もそこまで長くないと思うんだが。あだ名と言えば、スイレンはニサカのことをなんか特殊な呼び方をしていた気がするが、あれもあだ名の一種なのだろうか。
「そういやスイレンはニサカのこと別の呼び方してたけどあれもあだ名…」
「は?」
 なのか、と尋ねようとしたところでスイレンに遮られた。物凄い迫力で。
「ジェッカスのことを貶す奴の名前なんで呼ぶ必要ありません」
 スイレンは鋭い目付きで言い放った。
 やべぇ、目が本気だ。自分のことではないはずなのに体が強ばってしまった。
 あいつもそんなことを言っていたのか。意外というか、表には出さないものの自分よりも相手を優先するところがあるニサカがまさか相手の好きなものを貶すのは想像出来なかった。いや、でもそういえば初対面の時なにか言い合っていた気がするな。本気なのか冗談なのか、あのポーカーフェイスを見抜けそうにない。
 それに、と言い掛けたところでスイレンはぴたりと止まった。あまりにも唐突すぎて不審に思った俺は眉を潜める。
「おい、どうし」
「この音、どこから来てるんでしょう」
「音?」
 俺は耳をすませる。しかし聞こえてくるのはインクリング達の騒ぎ声だったり足音だったり、はたまた電車の音だったりくらいだ。いつもと変わらない、ありふれたハイカラシティの音。
 しかしよく耳をそばだててみると、かすかにだが確かにいつもとは違う音が聴こえた。最初こそは正体不明の音はざわざわして形が掴めなかったが、聞いていく内にどんどん頭の中で形になって、ようやくまともな音楽に聴こえてくるようになった。この音楽達は、確かに普段流れるものではないが格段珍しいものじゃない。確かこれは。
「ゲームじゃねぇか?」
「ゲーム?」
 スイレンは不思議そうに首を傾げた。
 ゲームというのは、ハイカラシティ内にある以前エンギと一緒にプレイしてその音ズレの酷さにクソゲーだと即判断したあの音楽ゲームのことだ。プレイしているインクリングはあまり見ないが、この街の唯一と言っていい暇潰しゲームなので大体のインクリングは知っているのではないだろうか。目に付くところに置いてあるし。覚えがなさそうな様子を見るにスイレンは知らなかったようだが、どんだけ周りを見てないんだ。
 不思議そうなスイレンを手招きして、俺は音楽ゲームが設置されている場所へ歩き出した。死角から出ると音楽ゲームの前には知らないインクリング二人がプレイしており、少し離れた手すりのある場所にもたれかかる。
 同じくもたれかかったスイレンはその音楽ゲームをじっと見つめていた。誰かがプレイしているので画面はよく見えないが、それでも熱心に意識を傾けている。
「昔、姉とあーいう感じのゲームを一緒にやってたことがあります」
 音楽ゲームから目を離さないまま、スイレンはぽつりと呟いた。
「へぇ。姉がいるのか」
「いると言っても今はなにしてるか分かったもんじゃねーですけどね。デパートにあるゲームショップでたまに家庭用のゲームを体験プレイ出来ることがあって、それで二人で遊んでたんです」
 特に懐かしがる訳でも思い出に浸る訳でもなく、スイレンは淡々と語った。
 姉、と言われるとあいつの顔を思い出してしまうのは何故だろう。同じ緑と黒の目を持っているだけだというのに。やめておこう。そう一緒に見られるのはお互いにとって気まずいだろう。
「自分、デュアカス使いを見るのが苦手でした」
 途端にスイレンが話題を変えた。先程まで地雷ですと言わんばかりに思い切り嫌がっていたインクリングの話をされて、俺は一瞬反応に遅れてしまった。
「どこか遠くを見ているよーな気がするんです。バトルの時はちゃんと周りを見て、目の前を見て、ちゃんとそこにいるんですけど、バトル以外ではデュアカス使いの目には目の前の景色以外のものを映しているようで、その上誰かの理想になりきったような立ち振舞いで、とにかく傍にいるのが苦痛でしかなかった」
「…気付いてたのか」
 俺は静かに驚いた。ニサカがずっと、周りのインクリングどころかニサカ自身でさえ気付いていなかったニサカの本心を、スイレンは明確にではないがうっすらと感付いていた。
「やっぱりトリさんだったんですね」
 スイレンはこちらに目をやるとくすりと笑った。
 そもそも俺だって自分で気付いた訳ではない。むしろ今だって半分も理解出来ていないくらいだ。あの時ギリギリまで溜め込んで、爆発させてしまったニサカを見るまで俺はニサカのことを本当に軽いノリの奴だと思っていたし、無理をしてるなんて考えたことさえなかった。ノワールに対して不信感を抱いている時だったのでノワールのメンバーの心情なんて考えようとも思わなかったし。
「最近のデュアカス使いは前と違ってすっきりしてるように見えます。お陰で前よりは少しマシになりました。少し、ですけど。…デュアカス使いとトリさんはどこか似ている気がします。本質を見失わないでくだせー。でないといつか、呑まれてしまうから」
「あ、ああ」
 唐突によく分からないことを言われ曖昧に返す俺に、スイレンは手すりから離れると俺の目の前に立った。
「トリさんもそろそろ戻らないと。チームのみなさん置いてきたんですよね? 怒られますよ」
「そうだな。そういえば俺抜け出してきたんだったか」
「デュアカス使いのこと、ありがとうございました。では、また今度」
「ああ。また」
 スイレンは一礼するとどこかへ去っていった。
 なんか、あいつの色々な面を見れた気がする。あまり感情を表に出さない奴だと思っていたが、以前のノワールのことを考えるとただ認められる相手がいなかっただけなのかもしれない。
 ふとイカ型端末の画面端に映る時計を見る。俺が観戦ルームから出てきたのが何時だったのか見ていないが、外の空気を吸ってくるわりには時間が掛かりすぎだろう。早く戻らねば。
 謝罪の意を込め自動販売機でワカメコンブジュースを三人分買っていき観戦ルームに戻ったのだが、既にカザカミは戻ってきていて、怒られるかと思いきや逆に心配されてしまった。どうやら迷子になったのかと思われたらしい。いやさすがにないだろ。
 一言謝って先程買った飲み物を三人に渡したのだが、三人共微妙な顔をしていたのは正直解せない。



2018/06/02



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