STORY | ナノ

▽ 五月の向き合い方


 昼のピークを過ぎたにも関わらず騒がしい喫茶店。
 多少大声を出しても許されそうな空間の中で、ちらちらと目線を向けられ、密かに注目されている客がそこにはいた。

「と、言うわけだから。よかったら少し予定を開けておいてもらえないかしら」
 一通り説明を終えると、ケイはにっこりと微笑んだ。
「ああ分かった。多分大丈夫だろう。他のメンバー達にも開けておくよう言っておく」
 テーブルを挟んでケイの対面に座っているチーム、ノワールのリーダー、エリュは深く頷いた。
 その隣には俺の幼馴染みでありノワール所属のナノが嬉しそうにしている。それらの流れをケイの隣に、ナノの対面に座っている俺は黙って見ていた。
 俺、ケイ、エリュ、ナノの四人は、ハイカラシティ内にあるとある喫茶店で話し合いをしていた。
 話し合い、と言っても内容はただの親睦会についてだ。この前エンギが「また遊びに行きたい」と言っていたのをきっかけに、ケイがノワールを呼び掛けたのだ。驚くことにケイはプライベートでエリュとよく会っているらしく、エリュの頼みでケイが料理を教えていたりするとか。最近リーダーが美味しいご飯を作ってくれる、とナノが嬉しそうに話していたのもついさっきのこと。それを聞いてエリュがどや顔をしていたのは余談だ。
 そんな訳か今日の話し合いの誘いも快く受けてくれたそうだ。その時ナノもよかったら連れてきてね、と言ったらしいが、恐らく断られる可能性を薄くする為だろう。結局断られることはなかった訳だが、もし断られていたとしてもケイの思い通りにはいかなかっただろうなとも思う。
「にしても視線が痛い」
「あはは、ごめんね」
 俺が舌打ちをすると、困ったようにナノは笑った。
 視線、というのは周りにいるインクリング達のことだ。席に座っている奴から歩き回っている奴まで、みんな必ず俺達のことをちらちらと見るのだ。チラ見どころかガン見の奴までいる。それが鬱陶しくて仕方ない。
 しかし悲しいかな。"俺達"とは言ったものの厳密に言えばそうじゃない。エリュとナノだ。大会で数々の実績を残し、かなりのファンを持つチーム、ノワールを、みんな見ているに過ぎない。エリュやナノもそれには慣れているのか平然としている。そんな有名チームと同席しているのは無名に等しい底辺チームの俺達なのだ。そこにいたたまれなさを禁じ得なかった。
「大丈夫よフッチー。私達なんてインクリング型をした椅子だと思えばいいわ」
「壁よりきつい例えだなおい」
「お前達は本当に仲が良いんだな」
 俺達のやり取りを見ていたエリュが口を開く。その隣でナノが、本当だよね、と笑った。
「別にそんなんじゃ」
「あたり前よ。私達生涯を誓った仲だもの。永遠に付きまとうわ」
「平然と嘘をつくな!」
「嘘だなんて酷いわ。夜一緒に過ごした仲じゃない」
「なんであんたは誤解を招く言い方しかしねぇんだ…!」
 笑顔のままだが至って真面目だというように語るケイに俺は頭を抱えた。なんかもう、こう必死になっているとまるで肯定しているみたいで顔が熱くなってくる。ああもう畜生。
 一番厄介なのはこれらはケイにとって友達と話している延長戦上としか考えていないことだ。言い方に悪意はあるがケイの言っていることはほぼほぼ間違いない。それらを面白おかしく言うのも、同性の友達同士なら笑い話で済むだろう。しかし俺達はそうじゃないのだ。しかもその話の中で疑いの目を向けられるのは大体俺。そういう冗談を言える程信頼してくれているのはいいがもう少し控えてほしい。俺の為にも。ちなみにその一連の流れを見てナノは苦笑いしている。そりゃそうだ。
「時間余っちゃったね。どうする? 解散?」
 苦笑いをしたままナノが話題を切り替えた。ナイスナノ。
「いや、どうせなら服屋に行かないか」
「服屋? どうしてまた」
 ナノが首を傾げる。服屋といえばなんだか既視感を覚えるのだが、お前ら服屋好きだな、と以前ノワールのメンバーであるニサカにギア選びに引っ張り出されたことを思い出した。
「ああ。お前達には借りを作りすぎている。だから返す一環としてお前達の服を選んでやる。安心しろ。私はファッションには自信がある」
「リーダーはこう見えておしゃれ好きなんだよ」
「いいえ、遠慮しておくわ」
 エリュの提案にケイは即答した。まさかそんなすぐに断られるとは思っていなかったのだろう二人はぽかんとしてケイを見ている。少ししてエリュは怪訝な顔をして、何故だと問いた。
「私、今のままで十分なの。だからせっかくで悪いのだけど…」
「別に見ておいて損はないと思うが…。まあ無理強いをするつもりはない。ではまたなにか別の形で借りを返させてもらおう」
 少し納得していないようだったが、エリュはあっさりと引き下がった。ケイも困り顔でお礼を述べている。
 普段とにかくその場の流れに身を任せるタイプのケイが頑なに断るとは。しかしこれは本当に今のスタイルが気に入っているからではないということを俺は知っている。相変わらず羞恥のツボが変な奴、と心の中で毒づいた。
「じゃあタグマは? 四人いるし」
「俺を見せもんにするつもりか」
「ええっ!? 別に気にすることないと思うけどなぁ」
「どっちにしろ私がいるから無理ね」
「何故だ?」
「私、不幸体質だから」
 ケイの突然の発言に今度こそナノもなに言ってるんだとでも言いたげな表情を見せた。エリュも同様だ。そういえばナノには話してなかったな、と思い出すと同時にエリュにも言ってなかったのか、と思った。プライベートでよく会っていると言ってもタグマ等には行ってないようだ。
「味方になるとみんな回線落ちしちゃうの。ごめんなさいね」
「でもチドリ達とは一緒にやってるよね?」
「フッチー達は何故か落ちないのよ。不思議ね」
「不思議だな」
 まじまじとケイを見るエリュ。対するケイはその微笑みを崩さなかった。
「不幸体質なんてなんか、想像つかないな。気の持ちようじゃないの?」
「あら。私はいつでもフッチーのこと考えて幸せな気分でいるわよ」
「要所要所で聞く側が困る返答をやめろ」
「しかしナノの言う通りかもしれないぞ。言霊、という言葉が存在するくらいなんだ。あまり不幸体質だからと気構えない方がいい」
 諭すようにエリュが言うと、ケイは困ったように笑ってお礼を述べた。
 気の持ちよう、か。考えたことなかったかもしれない。ケイのバトルや生活関わらず起こる不幸体質を出会った時から目の当たりにしてきた俺は普通に信じきっていたし、気の持ちようでどうこうなるものではない。それにもし本当に気分の一つ二つで不幸を引き寄せていると言うのなら、ケイは今までずっと悩んでいるなにかがあるということか。
 しかし当のケイはその問いに困った微笑みを見せるだけだ。本気で心当たりがないのだろう。まぁケイの考えていることが全て分かるわけではないので、なんとも言えないが。
「だったらプラベで試してみればいいんじゃねぇの。ニサカだって影響受けてなかったし、可能性はあるだろ」
「そうね。お二人がいいんだったらお願いしたいけど…」
 ちらりとエリュとナノを見やる。二人は二つ返事で引き受けてくれた。
 そうとなればさっそく行動に移そうと、みんな立ち上がった。それまで俺達、もといエリュ達を監視していた周りの奴らが残念そうにぼやいているのが聞こえてくる。よくこんな中で平気でいられるよなぁと二人に対して素直に感心した。
 会計を済ませ店を出ようとした時、ちょんちょんと誰かが俺の背中をつついた。ナノだ。ナノは少し話しづらそうに、しかし周りが騒がしいので特に声を抑えることなく、内緒話をするように自身の口元に手を当てた。
「あのさチドリ。すごく言いづらいんだけど、今度のその親睦会、本当にいいのかな…」
「んだよ今更。エリュがいいって言ってたんだから大丈夫だろ」
「そうじゃなくて、ほら。ケイちゃん、まだスイレン君に怒ってるんじゃないかなって」
 スイレン。スイレンとはノワールのメンバーだ。
 そこまで聞いて、俺はしくったと思った。確かにそうだ。俺達チームクロメとチームノワールは以前対立にあったことがあり、その対立の末、スイレンは思いがけぬ行動を取ったのだ。俺はエンギから聞いただけなのだが、そのスイレンの行動にケイが逆上したという。それ以来クロメの中ではあまりスイレンの話をしないようにしていて、そう考えると確かに親睦会はまずいかもしれない。
「心配には及ばないわ」
 俺達より少し進んだ先でケイが振り返って俺達を見ていた。
 こんな騒がしい中で、しかも少しとはいえ離れている先で、俺達の会話が聞こえていただと。
 そんな驚くなんて心外だと言わんばかりにケイはにっこり微笑んだ。
「嫌いなヒト相手に愛想を振り撒けない程、私も子どもじゃないもの」
 そう言うと店を出ていった。
 ケイの本心が垣間見える言葉を聞いて鳥肌が身体中を駆け巡ったことは、言うまでもない。



 黄色と水色のインクがそこら中に散りばめられたヒラメが丘団地。網が橋として機能している下でヤグラがどんと構えている。その網の両端に、俺達はブキを持って立っていた。
「何故だ…私とお前はフレンドではなかったのか…」
「そう気を落とさないで」
 黄色のゲソを揺らし、肩を落とすエリュ。そんなエリュをケイはなだめていた。肩を撫でる拍子でケイの水色のゲソも小さく揺れた。
 あれから俺達はプラベに行き色々試したのだが、結果を言うとエリュはケイの不幸体質に影響受けるタイプだった。対するナノは影響を受けることなく、今だって同じ水色を身に付けぴんぴんとしている。
「本当に回線落ちするんだなー。普段回線にうるさいリーダーが消えるんだからびっくりしたよ」
「嫌みか? お前が影響を受けないからって嫌みを言っているのか? この私に? え?」
「いてっ、違う、そういう訳じゃないって…!」
 エリュが96凸のメインを一発ナノに当たる。その後ジェットかデュアルでも持ってくるんだったとひとりごちていた。96凸だと一発一発が重すぎてすぐに相手はデスしてしまうので、今は攻撃力の低いブキでちくちくと攻撃したかったらしい。それを聞いてナノはほっとしたような、なんとも言えないような表情になった。
「まぁまぁ、またバトル以外で遊びましょう?」
「うう…」
「あんた案外いじけやすいんだな」
「う、うるさい! どうだって構わないだろう。私はリーダーなんだから」
「リーダーの定義があやふやすぎる」
「リーダー負けず嫌いだから…」
 元気だして、とナノが困った笑みを浮かべるが、エリュは依然として依然として唸ったままだ。もしここにエンギやカザカミがいればいじりの対象になってただろうな、とふと考える。普段その立場に強制的に追い込まれる俺でさえ今のエリュになにか毒づいてやりたい気持ちになるのだ。なんだか新鮮だと思うと同時にエンギ達のいじりたい気持ちも分かるような気がした。一応断っておくがただ今この一瞬ふとそう思っただけで俺にそんな趣味はない。
「とりあえず検証はもう済んだだろ。さっさと終わらせんぞ」
 それだけ言うと俺は網をすり抜け、ヤグラの上に乗った。…が、ヤグラは全く進むことなく止まり続けている。
 これもケイの影響が出ているのかと疑問に思っていると、ヤグラの柱の向こうでなにやら影が動いているのが見えた。
「…ナノ。俺が終わらせるからあんたは降りてていいぞ」
「え、いいよいいよ悪いし。俺が終わらせるから、チドリはゆっくりしててよ」
 ナノは本当に親切心で言っているのだろう。その表情は遠慮そのものだ。別にヤグラを終わらせるのだって乗って立っていればいいだけの話なので降りようが降りまいがゆっくりもくそもないのだが。
 じゃあナノに任せよう。そう思い降りようとした時、突然目の前にいたはずのナノが黄色に弾けた。あまりにも突然の出来事にさすがの俺も体を揺らす。
「つまり勝負だな」
 上から声がする。見上げると網の上でにやりとしてこちらを見下ろすエリュの姿が。心なしかどこかすっきりしたように見える。しかしナノがいなくなったヤグラが前に進むのでそれもじきに見えなくなった。
『ええっ、不意討ちは卑怯じゃんリーダー!』
 離れたことにより無線に繋げたのだろうナノの声が耳元から聞こえてくる。それに合わせて俺達も無線を起動させた。
『不意討ちではない。これは真っ当な勝負だ。どこのインクリングも真っ正面から挑んでくると思うな』
『いやだいぶ卑怯に近かったぞ今の』
『ふふ。なるほどね』
 ヤグラが進んでいく向こうにケイがリスジャンしていくのが見えた。その前にはあちこちに水色をばらまきながら進むナノの姿も見える。待て、と無線越しで制止を掛けてみるが誰からも反応がない辺りみんなやる気のようだ。
 しかし待ってほしい。今俺が手にしているブキはソーダ。つまりメインブキではないのだ。最近ガチマの休憩がてらナワバリでソーダや無印バケツの練習をしているのだが、このプラベに入る時ただの検証だと思ってブキを変えずにそのまま来たのだ。反面他の三人はメインブキ持ち。ナノやエリュはカンストだしケイはウデマエは低いがそれはただ不幸体質の影響でありリッターの腕自体はカンストに等しい。これって明らかに不利じゃないのか。
 そう俺が内心狼狽えている内にヤグラは降下し始めた。チャーがいるとなかなか越えられない関門だが、エリュの先手のお陰でなんとか越えられたようだ。それに見上げると柵の前でエリュがシールドを張りながらケイをチャーポジに行かせないようにしているのが見える。
 チャーポジ付近はエリュに任せるとして前を見ると、あちこちに水色をばらまき、こちらに向かってくるナノの姿があった。
 ナノのメインブキはわかばだ。かなり射程の短いわかばでは簡単にこちらには近付けないはず。俺はスプボムを一つナノに向けて投げてやると、ナノもこちらに向かってスプボムを投げてきた。ヤグラ上に乗ったスプボムを見て急いで降りる。スプボムはヤグラ上で弾けた。それを確認するよりも早く、
『なッ!?』
なにが起きたのかも分からず、俺の体は水色に弾けた。
 急いで俺がキルされた場所を見る。そこには先程俺のスプボムを避けていたはずの、ナノの姿。
『ボム練度だけは負けないもんね!』
 なるほど。俺は上手いこと誘導されてしまったらしい。してやられた、と心の中で舌打ちをした。だがそれよりも目につくものがあった。ナノだ。先程までエリュの不意討ちとはいえさほど勝ちに興味がなさそうな表情をしていたナノが、楽しそうに笑っている。
『俺、負けないから。』
『…!』
 どきりと胸が高鳴った。
 ナノとバトルをする機会は何度もあった。俺達がバトルをやり始めたばかりの初心者だった時、サザエ杯の予選で当たった時、この前のチーム同士の一本勝負だった時。しかしサザエ杯以降はお互い楽しめる状況ではなかったので、なんのしがらみも持たず、純粋に勝負というのは実にナワバリバトルに足を踏み入れ、何時間も遊び回っていた頃ぶりとなる。
 俺とナノが仲違いした、あの頃ぶり。
『…ああ』
 それに俺も口角を上げて返した。
 もうあの頃のようにただ実力差に嘆くことはない。ナノの実力は充分に分かっているつもりだし、まだ追い付いていないことも知っている。だから、だからこそ、どこまでやれるか、試してやる。
 体が元に戻ったのを確認すると、俺は中央を目指した。壁を塗り、網の上に立つとエリュがまだケイと対面しているのが分かる。一方ヤグラは中央に向けて戻る途中であり、ナノはヤグラの傍を歩きながら水色の面積を広げている。
『ヤグラ戻ってんぞ!』
『ならばまたお前が乗ればいい。私はケイと…うわっ』
 遠くでイカの亡霊が飛んでいくのが見えた気がした。
『ケイと…なんだ?』
『馬鹿! お前のせいでやられたではないか!』
『ヒトのせいにしてんじゃねぇよ』
 エリュのうるさい怒鳴り声に隠れてケイがくすくすと笑っている。その余裕めいた様子に若干腹が立つ。
『ケイちゃんヤグラ乗れる?』
『あ、私不幸体質だから…』
『ケイちゃん今までどうやってバトルしてきたの!?』
『ごめんなさい。でも本当だから』
『あっ…ご、ごめん。お、俺乗るね』
 ばつが悪そうにナノがヤグラに乗るのが見える。そうだ。ケイは不幸体質故、ヤグラは乗れないしホコは持てないのだ。乗れば誰彼構わずかなりラグくなるし、ホコはそもそも持てない。持てても何故かホコが突然爆発して中央に戻されるのだ。いつもは味方だったしそもそもヤグラもホコもカザカミが関与してくれるからあまり意識する必要がなかったが、敵になってすっかり頭から抜けていた。ナノやケイには悪いが、先程のケイの余裕の笑みに腹が立ったことも相まって清々しい気持ちになる。
 ならばエリュが戻ってくるまで俺は中央の網上からヤグラに向けてバケツを振り掛けていればかなり時間は稼げるだろう。前線がいないとすれば尚更だ。
 そこでふと違和感を覚えた。
 そういえば、ケイの姿を先程から見ない。
『大丈夫』
 ケイのいつも通りの穏やかで、余裕を感じられる声が聞こえる。その時だった。
『ーーーはあ!?』
『前線は私に任せて』
 途端に俺の体は水色に弾けた。そんな馬鹿な。ナノはヤグラに乗っているし、わかばじゃ網上まで届かないはずだ。ボムだって投げられたことを気付けない程自分の視野は悪くないはず。こんなことが出来るのは、ケイだけだ。しかし一体どこに。
 そこでようやく敵陣の坂から出てくるのケイの姿を捉えることが出来た。なるほど、あんな所に隠れて。というかこんなに近くにいたのかよ。やっぱチャージャーは胸糞悪い。
『ちっ、こんな少人数の勝負じゃ居場所を知られるだけでもチャーの的だということも分からないのか!』
『あーはいはいSにはS+サマの考えなんて分かんねぇよ』
『ウデマエを言い訳に使うな。こんなことC帯の常識だぞ』
『嘘吐けよ! そもそもC帯のチャーなんてよほどのことがない限り当たらんわ』
『貴様C帯を馬鹿にしたな…?』
『あんたもだろうが』
『C帯は完全に一人で戦う前提で動かんと勝てんぞ。チャーなど空気だと思えばいい。ヤグラやホコではまた話は別だがエリアならば味方が塗ってくれるだろう。前線を荒らせば大体勝てる』
『なんで俺はアドバイスを貰ってるんだ…?』
 しかも完全に馬鹿にしてる物言いじゃねぇか。C帯馬鹿にしてんのはどっちだよ。そう頭の中でめちゃくちゃに突っ込みたくなる。こいつと話すのはケイ以上に疲れるな…。
 体が元に戻るのを確認すると、真っ先に目に入ったのはチャーポジでシールドを張りながらヤグラに向けてメインを撃っているエリュの姿だった。しかしその様子を見るにヤグラ上にいるナノは撃ち落とせていないようだ。しかもそのシールドもすぐに中央高台にいるケイに壊され、エリュはすぐに身を引かなくてはならなくなる。左から行ってもケイならば確実に撃ち抜いてくるだろう。どうすればいい。どうすれば。
 立ち回りに迷いが生じる。とりあえず安全圏を塗りまくってスペシャルを稼いでみるが、今俺が手にしているブキは練習中であるソーダ。ソーダのスペシャルはスパショだ。これで打開が、出来るのか。エイム力など皆無な俺のスパショで。
 スペシャルが貯まるのが分かる。ヤグラは、ちょうど壁を沿って地面の上を滑り出した最中だった。
 これしか、ない!
『っ! スパショの音!』
 ナノが慌ててケイに向かって叫ぶ。ケイも気付いたのだろう。すぐに辺りを警戒しつつ、いつでも撃てるようにリッターを構えた。
 俺はエリュのいるチャーポジの段差下でケイに向けて一発発射した。俺が撃った一発目のスパショは射程的にも当然当たらなかった。下手くそ、と目の前でエリュが怒鳴っている。
 違う。そうじゃない。俺の狙いは。
『ここだ!』
 すぐさま左に飛び出し、ケイに向けてスパショを構えた。ケイが塗ったのであろう荒く飛び散っている水色インクに足が取られる。上手く動けない。だが、腕だけは。
 スパショが発射され、見事ケイに命中した。しかし同時に俺の体も弾け、持っていたはずのスパショが宙に放り投げられる。あの一瞬で俺を撃ち抜いたというのか。恐るべしエイム力。
『エリュ!』
『言われなくとも!』
 三日月のような形の笑みを浮かべ、エリュはチャーポジから前へ飛び出していく。そしてダイオウイカに変身した。その先はヤグラ。あとカウント5もないところでリードされてしまう。だがこれで、これでなんとか食い止められる。遠くなっていく視界で、俺は安堵した。
 が、物事はそう上手く行かないものだと改めて思い知らされる。
『甘いよリーダー!』
 ヤグラに乗っていたナノがバリアを張る。驚いたエリュはそのままバリアに激突。大きく後ろに跳ね返されてしまった。
 やばい。このままでは。ヤグラはみるみる進んでいき、もう時間もない。エリュも必死に追い掛けるものの、ダイオウイカは解け、そのまま返り討ちに合ってしまった。
 だが俺は既にヤグラ近くまで来ていた。もうバリアも解除されるだろう。それを狙って今はとにかくヤグラ上にバケツを振り続けるしかない。しかし、しかし何故だ。
『バリア長くねぇか!?』
『ふっふーんチドリ。俺のギアはただの防寒対策目的なだけじゃないんだよ!』
『スペ延かー!』
 エリュの悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。
 そのままヤグラは無事カウントリード。バリア解除後もなお立ち回りの上手いナノや復活して前線に戻ってきたケイエイムの暴力に耐えられるはずもなく、ヤグラは自陣の最終位置に到着。俺とエリュは敗北したのであった。



「私は勝ちさえこの手で掴み取れないというのか…」
「そう気を落とさないで」
 なんだろうこの既視感。そう思いつつ俺は柵に掴まり肩を落としているエリュと、エリュの背中をさすっているケイを見ていた。
 ハイカラシティの階段を登った先にあるスタジオ前。プラベを終えた俺達は比較的空いているそこへ来ていた。
 ナノが巨大なガラスが張られた先を見て、今日はシオカラーズいないんだね、と特に残念がる様子もなく呟く。そういえば普段飾られた人形みたいにずっとこの中にいるのに傍に行く時に限って毎回いないのはなんでだろう。まぁ興味もないしなんでもいいが。
 俺もエリュも、ケイにばかり気を取られてナノのスペシャル状況のことをすっかり頭から抜けていた。気付いていたところでどうにか出来たのかというと、自信はないが。でももしあの場を凌げていたとして、ナノはナノなりに別の行動に移していただろう。無意識に、息をするように、最善策を自分の中で導きだしていたはずだ。それがカンストからすれば当たり前なのかもしれないが、これじゃあナノと肩を並べるなんてまだまだ無理だなと感じさせられた。もう昔のようにその差を悲観することはない。むしろすっきりしている気持ちになる。でも、少しくらいは悔しさもあって。
 やっぱり、ナノには敵わない。
 そんな悟ったような気持ちで柵から乗り出すように誰もいないスタジオを見るナノの後ろ姿をじーっと眺めていた。ナノはというと、そんなに勝てたことが嬉しいのか、どこか上機嫌だ。
「喜びすぎじゃねぇか」
「だってチドリに勝てたんだよ? なんか嬉しくってさー」
「ナノならいくらでも俺に勝てるだろ」
「違うよ。そういうのじゃなくて。ほら昔から…」
 そこでナノの言葉が途切れた。こちらからは後ろ姿しか見えないので表情こそ見えないが、笑ってはいないだろうなということは分かる。
「ナノ?」
 不審に思ってナノの顔を覗こうとした。その時。
「おいナノ!」
「…へ!? は、はい!」
 突然の怒鳴り声にも似たエリュの呼び掛けに、ナノは飛び上がって振り返った。
「お前、帰ったらどうなるか、分かっているな…?」
 眉に皺を寄せ、明らかに不機嫌な様子でエリュの低い声がナノを射抜く。
 ナノも俺も突然の出来事過ぎて目を白黒させることしか出来なかった。一つだけ分かるのは、エリュの後ろでケイが穏やかに微笑んで成り行きを見守っていることだけだ。おい、あんたエリュを慰めてたんじゃないのか。なにがどうなってるんだ。
 なにも答えないナノを見て憂さ晴らしにでもなったのか、エリュはふうと溜め息を吐き呆れたような表情を見せた。
「食べたいものを言うがいい。なんでも好きなものを作ってやる」
「あ、そっち?」
「ニサカが」
「あんたが作るんじゃねぇのかよ」
 思わず突っ込んでしまった。ケイに料理を教えてもらっているというのは伏線じゃなかったのかよ。
「じゃあ帰るぞ。ケイ、フチドリ、今度会ったら覚えておけよ」
「あ、じゃあまたね!」
 吐き捨てるように去っていったエリュをナノは急いで追い掛けていった。
 もはや突っ込む気も起きねぇ…。肩を落として溜め息を吐くと、隣でケイがくすりと笑った。
 あれがエリュの素なのかは分からないが、以前のような堅苦しいものよりはだいぶマシだろう。だがなんだろう。どこか不安を覚えてしまうのは俺だけではないと思いたい。
 まぁナノは楽しそうにしてたし…いいか。



2018/05/01



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