STORY | ナノ

▽ 九月と黒 風


「ニサカをこのまま放っておいていいの」
僕の問い掛けにフチドリは振り向いた。それから周りを見渡して、ああ、と短く答える。恐らくニサカが見張っている可能性を考えたのだろう。僕がそのあたりをきちんと確認せず話題に出すとでも思っているのか。さすがにそこまで能天気じゃないんだけど。
日も沈みだして、暗くなってくる帰り道。エンギは用があるからとケイを連れてどこかへ行ってしまい、今一緒にいるのはフチドリだけだ。
僕とフチドリが二人きりになる機会は実を言うと少ない。チーム活動がない時、ケイとエンギは遊びに行っているようだけど、僕らはそういうの柄じゃないから。だから何気にこの話を改めて口にするのははじめてだったりする。
「最近こちらに接触する機会が増えてる。やっぱりなにか企んでてもおかしくないよ。それを放っておけと?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、そこまで睨むほどのことじゃねぇかなって」
「君、ちょっと前までかなり警戒してたけど、どうしたのさ突然」
「…この前スイレンと会って」
そこまで気付かれてんのか、と小さくぼやいてからのカミングアウト。気まずそうに目をさまよわせて呟くように言う。この前というのは、多分エンギに贈る物を決めた後フチドリが突然どこかへ行ってしまった時のことだろう。
ああ、なるほど。
なにがあったのか分からないけど、なにかあったんだろう。なにでそんな傷付いたのかは知らないけど、よくそんなちょっとやそっとで相手を許せるね。単純すぎるよ君。聞いてて呆れるくらい。行く先が、少し心配。
「馬鹿なの君。エンギを傷付けた相手をよくそう信じられるね。一回詐欺にあってくればいいと思うよ」
「重罪過ぎかよ。まぁなんつーか、そんなんじゃねぇなって分かったからさ」
「そんなんじゃないってなに」
「上手く言えねぇからパス」
「君に拒否権があると思っているところに驚きだよ」
僕の言葉にフチドリがなにやらぐっと堪えているのが分かる。怒鳴ろうとしたけど真面目な話の最中だから、話の腰を折らないよう我慢したのだろう。いつも沸点低いもんね。でも最近僕に対して大人しい気がするのは、僕が怖がらないようにという気遣いだろうか。君のことはもう怖くないから、変に気を遣わないでほしいんだけどな。
でもまぁ、とフチドリは続ける。
「俺が単純な分、あんたがいるだろ。だから大丈夫だ」
真面目に真っ直ぐ僕を見て。
僕のこと、一辺も疑っていないかのように。
「そんな根拠、どこにあるのさ」
こんな僕のこと、信じてくれること。とても嬉しいけど、誤魔化す為にいつもの調子で至って冷静に返した。
「あんたが誰よりもフレンド想いって知ってんだ。これからもあいつらを疑うことをやめねぇだろ。だから、だからさ、俺の気付かないところでクロメになにかあった時…頼む」
こちらに向ける、僕と同じ黒い目は、どこか遠くを見ているようだった。



扉を潜るなり外とそう変わらない大きさの声があちらこちらに聞こえる。僕はそれを特に気にせず、小さく挨拶する司書を素通りしながら陳列している本を物色し始めた。だいぶ前に押さえ付けてとっくに消え失せてしまったと思っていたけど、やはり誰かを無視するのは、申し訳なさが勝る。
ここは図書館。どういう理由で建てたのか分からない学校に備えられた施設。図書館というものはここ以外他に存在せず、それ故に関係者以外も立ち入り自由となっている。この街唯一のこの図書館にない本などないのではないか、と噂されるくらい大量の本が保存されているらしい。
しかし置いてある本といえば雑誌とか、ふざけた小説とか、そんなものばかり。歴史等といった世界において最重要な物は全く置いてない。何度溜め息を吐いたことか。それともこの街が作られてそう時間が経っていない、といったところか。と自分を納得させる。それ以外考えられなかった。ならば語る歴史なんてないし、この世界の本質を見抜かれる前に歴史の本が存在さえしないかのようにしておくのが一番だろう。あるいは…なんて、考えるのはよそう。知ったって、もう意味なんてないんだから。
自分の目的の本がないと分かると別の棚に移動する。途中やたら派手目なガールと目が合った。僕は平静を装ってすぐに目を背ける。…ああいうのは苦手だ。怖そうで。
僕が目を付けたのは雑誌のコーナーだった。丁寧にも月順に並べられていて分かりやすい。ただこの数、週刊誌かなにかなのだろうか。棚一面に並べられている。
僕はいい加減に取りやすい位置にある雑誌を一冊手に取った。それからぱらぱらめくると、とある記事で手を止める。そのページには、サザエ杯でのことが書かれていた。
チームノワール優勝、か。
記事には当時の雰囲気や試合の行く末が綴られており、会場の全体写真があちらこちらに貼り付けられていた。こういうの、優勝したチームの写真とか撮られてそうだけど、と思ったけど、写真もインタビューも断られたそうだ。あまり表に出ないタイプなのだろうか。その他の雑誌にも大会関連だったり、ただのタグマだったり取り上げられているのが表紙だけでも分かる。ノワールが結成された日なんて知らないけど、ナノがハイカラシティに来た時期を考えると案外最近なのだろう。そう考えるとこの取り上げられようは異常だった。
それ以上に気になるのはニサカだ。ノワール関連の記事を探しているが、どの雑誌にもニサカの活躍が取り上げられている。しかもノワールの活動とは違って写真入り。そしてページのあおりには「全ての目を持つバトル神」、なんてどこの中二病者が編集してるんだろうと疑いたくなる文字が。それはともかく内容で分かったことは、ニサカはどのブキの、なんてくくりもなく全一だということだった。
ハイカラシティにおける、全一。なるほど。あんなに強いわけだ。しかし有名勢ならば僕も知っててもおかしくないはずなんだけど、と考えて自分の愚かさを思い知る。そうだよ。僕、知ることをやめてしまったんだ。もうずっと前から。さっき考えてたことじゃないか。
だからといってそれを言い訳になんて出来ない。昔の僕とは違う。今は大切な仲間達がいる。だから知らなければ。これから。不審なもの全て調べ上げて、危険をみんなから遠ざけないと。
まずニサカがいつからこう有名になったのかを調べようと、最近ではなく古い雑誌を見ることにした。しかし古い程本は上にある。一応台を使えば取れなくはないんだけど、その台は誰かが椅子代わりにして使っているのが離れているところで見える。台はそんな使い方じゃないでしょ脳ミソ使え、って言いたいところだけど僕にそんな度胸があるわけない。不幸中の幸いか、背伸びすれば届かなくはない高さだ。僕は精一杯背伸びをして手を伸ばす。本棚に手を添えて、傍で見れば滑稽な程に。しかし雑誌に手が届く気配はない。困った。そんな時だった。
「はいこれ」
僕を覆うようにして僕が取ろうとしていた雑誌をひょいと取る。人好きのする笑みを浮かべて雑誌を差し出す人物は、噂をすれば影がさすとかなんとやら。
「お、これニサカが表紙になってる。こりゃ引退したらこっちの道もいけそうだな」
ニサカだった。相変わらずの笑みだが、きょとんと首を傾げた。それもそのはず、僕が彼の差し出す雑誌を手に取らないから。
「ん、見ねーの?」
「気分じゃなくなった。さようなら」
出来る限りの不機嫌感を出して去ろうとする。が、ニサカに肩を掴まれそうもいかなくなる。
「待てって。ここで会ったのもなにかの縁だしなにか食べに行こうぜ。ニサカ、カザカミとあんま話せてない気がするなー」
「話せてなくて好都合。僕は君と食事なんてまっぴらごめんだね」
そもそもここで会ったのも、なんてこの図書館でそれは不自然すぎるんだけど。
「ああー! じゃあタグマ行こうタグマ! ニサカカザカミと話したいだけなんだってー!」
うるさいくらいに引き止める。静かにしましょう、なんてルールの貼り紙がされているにも関わらずインクリングの声が聞こえてくるこの図書館で。鬱陶しいけどこの声量でも目立たないのはありがたい。これのお陰で視線の的になんてなったら真っ先に逃げるからね、僕。
とはいえ早くここから去りたいのも事実。どう撒こうか、と考えたとことでふとあることを思い付く。確かに僕はニサカとあまり話さない。というか話したくない。でも今ここで誘いに乗れば、多少なりとも情報を引き出せるのではないか。チームクロメのメンバーもいないし、好き勝手言いたいことも言える。なにかぼろを出してくれるかもなんて確信もない賭けだが、自分が見て聞くのは大切なことだ。案外悪い話ではないのかもしれない。
「君の奢りならなにか食べに行ってあげてもいい」
もう少しマシな言い方はなかったのか。でも、あ、やっぱりご飯食べに行こう僕君と話したくなった、なんて意地でも言いたくない。そう言ってるのを想像するだけで気持ち悪過ぎて吐きそう。
一瞬ぽかんとしたニサカだったが、すぐに笑顔に戻って僕の腕を引いた。
「任せろって。ニサカお金はあるから!」
ほらほら、と引っ張っていく。
ニサカは無駄に背が高いから引きずられる形になってしまう。とはいえフチドリとかとそう変わらないけど。そう考えるとやっぱり自分が背が低いだけだと思い知らされて腹が立って仕方ない。てか腕痛い。
既に振り払ってでも帰りたくなったが、チームの為だ。我慢。そう言い聞かせ僕はニサカに引きずられるまま飲食店に向かった。



辿り着いたのはファミリー向けのレストランだった。
入るなり図書館、もしかするとハイカラシティ以上の大きさで声があちらこちらから聞こえてくる。こんな籠った建物の中で大勢のインクリングが喋っているのだ。当たり前なんだけどもやっぱうるさい。そこで普段エンギが連れていってくれる飲食店は大抵静かな場所だったな、と思い出した。僕達が静かな方が好みだということを承知で選んでくれているのだろう。本当、気付かないところで色々考えてくれるよね、と本人がいないのをいいことに心の中で感謝した。
ニサカの奢り、という条件で付いてきたので、どうせなら高い物選んでやろうと思ったが、高い物、といえばやたら量のあるハンバーグやさほど大きくもないのにやたら高いスイーツくらいだった。さすがに食べられない物を頼んで残すのもお店側に申し訳ないからアイスティーを頼んだ。甘い物は食べられない訳じゃないけど苦手だ。何故かは分からないけどなんだか怖い感じがするから。
対するニサカは先程僕が目を反らしたやたら高いスイーツをたどたどしく注文していた。それを店員さんは微笑みながら聞き取って厨房に戻っていく。
「カザカミ凄いな! ニサカ注文って苦手なんだよ」
「意外だね。その鬱陶しさは内弁慶なの?」
「違う違う。なんて言うかな。喋るのは好きなんだけど文字読むのが苦手で」
至って笑顔で言うものだから流されそうになったけど、しばらく間を置いて拍子抜けた声が出てしまった。そんな僕の様子を見て、やっぱりその反応、とニサカは吹いていた。全くもって気に入らない。…と思ったのが表情に出てしまったのか、ニサカは笑うのをやめてごめんごめん、と頭を下げた。
「ニサカの親がやたら放置主義でさ。ご飯とかはちゃんと食べさせてくれたけど、それだけ。すーぐ二人でバトルに遊びに行ってしまう。そうしてこうして勉強もろくに教えてもらえなかったのでニサカは文字を読むのが苦手なわけです!」
どや! と胸を張るニサカ。
これは突っ込み待ちかと思ったが、あえて放置の方向でいくことにした。
それを呆れられたと受け取ったのかニサカは焦って顔を横にぶんぶんと振り出した。実際呆れたけども。
「ああでもひらがなくらいは読めるようになったから! 多分だけど」
「さっき凄く苦戦してたじゃん」
「いや、あれは、その…。ああ待って! ニサカを見捨てないでー!」
「うるさいきもいうざい」
しかもどこにも行こうとしてないし。なんなのこの芝居がかった話し方。
その後ニサカはふざけた表情からふっと元の笑顔に戻った。突然のことに戸惑ったが、どうやら僕達がこう話している間に料理が運ばれてきたようだ。僕の前にアイスティーが、ニサカの前に季節限定スイーツが置かれる。店員さんの去り際にニサカは笑顔で一礼していた。店員さんもつられて笑顔で頭を下げる。そしてニサカは待ってましたと言わんばかりに手を胸の前に合わせ、スプーンを手に取って食べ始めた。
「やっぱ甘いもんはいいねー。ニサカ甘いの大好き」
「静かに食べられないの君」
「だって静かにしたらカザカミと喋れないじゃん」
「僕は君の声を聞き続けるくらいなら服毒した方がマシとさえ思ってるよ」
「ええつれなーい」
僕の嫌味も特に堪えた様子もなくへらへらとして目の前のスイーツを頬張り続けている。
なんかもう、いらいらしてきた。
僕は短気ではない方だと自負してはいるけど、敵を目の前に嫌悪を向けるなという方が無理な話だ。
「ねぇ、いつまでこんな芝居続けるつもり」
思い切って話題を切り出した。いつも通りの、相手になにも察されないように、平淡に。
しかしニサカはなんのこと、と言わんばかりにきょとんとして首を傾げた。その仕草さえ僕にとって腹立たしい以外の何物でもない。
「とぼけないでよ。最近やたらとこっちに関わってきて、なにが目的なの」
「…ニサカ、なんのことだか分かんないなぁ。本当、チームクロメのこと大切にしてるんだな」
あくまで知らないふりをして、ニサカは笑顔で言う。
…なるほど。そういうわけか。
そうやって知らないふりして、チームのこともさりげなく話題に出して、今まで情報を引き出してきたんだ。
スイレンはニサカ程器用に見えないけど、そうやってフチドリのことも絆させたわけだ。
反吐が出る。本当に。
「そうやってチームのこと聞き出そうとしてるんだろうけど、いいよ。あえて乗ってあげる」
僕はただただ笑顔を浮かべてるだけの男を睨んだ。
「チームクロメは僕にとって凄く大切な居場所だよ。ケイがいて、エンギがいて、フチドリがいる。フチドリがいなかったら僕は未だに一人だっただろうし、フチドリがいつも僕を見つけ出してくれるお陰で一人じゃないって思える。ケイもエンギも笑っていられるんだ。みんなが笑っていられる居場所を他の誰かが壊すなんてこと、僕は絶対に許さないから」
これが僕の思う全てだった。
フチドリのことが好きすぎるけどチームのことをよく考えてくれているケイと、傷付きやすい癖にいつも笑顔で雰囲気を乱してくれるエンギと、口も目付きも悪いけど、とっても仲間思いで、僕の本心を見付けてくれたフチドリ。
彼らは僕の宝物だった。かけがえのない、僕が僕でいられる居場所。
だからそれらに影を差すノワールが気に入らなかった。いつかなにかをしでかしてくるんじゃないかと、怖かった。
僕の言葉を聞いてぽかんとしていたニサカだったがいつもの笑顔に戻った。
「…本当にカザカミはチーム思いだな」
ニサカ感心したー、と止めていたスプーンをまた動かしてスイーツを食べ始めた。しかし、肝心のスイーツももうすぐなくなりそうだ。
「じゃあ一つだけ、いいこと教えてあげる」
スイーツもなくなったところでニサカはスプーンを置いた。備え付けられたナプキンで口を軽く拭くと真っ直ぐと僕を見る。
「ニサカ、エンギとも話したことあるんだけどさ。これ言ったっけ? エンギってフチドリのこと恋愛感情として好きなんだってね。それでケイはなによりもフチドリが大切で、カザカミも他二人程ではないけど格別フチドリを頼りにしてるみたいだ」
そこまでいい終えると、ニサカは今までの人好きのする笑顔と違った、まさに不気味な笑みを浮かべた。

「お前らの弱点、バレバレだぜ?」

「……! フチドリになにするつもり!?」
しばらく間を置いて、その意味に気付いた僕は思わずその場で立ち上がってテーブルを強く叩いた。
それは例えこんなにインクリングで溢れ返っている飲食店でも目立つらしく、静かになって視線が僕に集まった。しかしそれはほんの一瞬でありすぐにいつもの光景に戻った。
でも僕はそんなこと気にしてられない。どうしても聞かなければならなかった。こいつは、もしかすると僕の想像以上のことを企んでいるのかもしれない。
「冗談だって冗談! あーニサカ用事思い出したなー。お金ここに置いとくから、好きな時に出てきて」
あの不気味な笑みもすぐに消え、いつもの笑顔に戻ったニサカは、それじゃ、と席を離れていった。
ちょっと待って、と声を掛けるがそれも届かず。ニサカの姿はすぐに消えてしまった。



何度も鳴ったコールは、しばらくしてぷつりと途切れた。
『もしもし。えっと、カザカミ君?』
僕がかけた電話の相手。それはナノだった。
ナノとはフレンド交換しているし、フレンド交換しているとメールや電話といった機能が簡単に使えるようになる。ハイカラシティに来た時に支給されるイカ型端末専用のアプリなのだけど本当に便利。
僕はあの後、すぐに店を出て真っ直ぐ自分の家に帰った。そして靴を脱ぎもせず、玄関に入るなりすぐにフチドリの幼馴染みであるナノに電話をした。外でも良かったけど、どこで聞かれてるか分からないから。
ナノはチームノワールのメンバーだ。故に信用なんて出来ない。けど彼がフチドリのことを気持ち悪い程大切にしているのは知ってる。だからなにか聞き出せるだろうと思っての電話だった。
「単刀直入に聞くよ。今君のチームはクロメに対してなにをしようとしてるの」
いつもより若干早口で電話越しの相手に問いた。次僕がどう動けばいいかの道標になるだろう情報なのだ。早く知って、対策を考えたい。
だけどナノは言葉を詰まらせてなかなか話そうとはしなかった。その焦れったさにいらいらが募る。
『ごめん。俺、なにも知らなくて』
待って待って、返ってきたのがそれだった。
こんなに躊躇っておいてその返事は嘘にしか聞こえない。ふざけてるの、と素直にいらいらを相手にぶつけた。ナノは少し怯えたようだった。
『本当だよ! 俺、なにも知らされてなくて…。多分俺がチドリと幼馴染みだからだと思う。情報を伝えないようにって』
ナノもノワールの動きには気付いていたのだろうか。やけに話の飲み込みが早い。
若干疑わしい話ではあるが、納得は出来る回答だった。幼馴染みだから、なんて理由は十分過ぎる程説得力がある。
ナノは本当に知らないみたいだし、得られる情報はなしか。そう考え込んでいた時、ぼそぼそと、小声でナノがなにか言うのが聞こえた。
『チームクロメを、潰してやれって』
「…え?」
『俺、なにも知らされてないけど、聞こえたんだ。リーダーがニサカさんやスイレン君に命令してるの』
確かにナノはそう言った。こんな静かな部屋ではぼそぼそと話すナノの声もよく聞こえて。聞き間違えるはず、なかった。
「どうしてそれを早く伝えてくれなかったの」
『それは…。まさかそんなことリーダーが命令するの、信じたくなくて…。それにスイレン君が俺のこと見張ってて。動きづらかったんだ。今電話に出るのを渋ったのも、もし聞かれてたらどうしようって』
ごめんなさい、とナノは謝った。
…全て合点がいった。この全ての出来事に。
理由は分からないけど、ノワールのリーダーは僕達チームクロメを潰すようチームメンバーに命令した。幼馴染みでありこの案に賛同しなさそうなナノを除いて。
そしてその通りあの二人は僕達と接触した。最初出会ったのは偶然を装った偵察のつもりだったのだろう。そしてニサカはクロメの弱点を探しに鬱陶し過ぎるくらいこちらと関わり、最近姿を見せてないスイレンはナノがこの命令を聞いていたことに気付いてて、告げ口をしない様に、ナノが僕達に接触してもそのことを話さないように、見張っている。
なんて失態。それも知らず僕は、僕達は"僕達が大切にしているモノ"をニサカに明かしてしまった。そんなの、どうぞ潰してくださいと言ってるようなものじゃないか! あれだけ警戒していたというのに。後悔しても、もう遅い。
『か、カザカミ君?』
心配そうなナノの声が聞こえる。
つい考え込んでしまって長いこと黙ってしまっていたらしい。いけない。もう用は済んだので早いところ切り上げなければ。
「…ありがとう。聞きたかったのはそれだけ。それじゃあ、また」
『え、う、うん。またね』
呟きに近い声でナノに礼を言ってから電話を切った。
脱力感に襲われ、先程まで耳元に上げていたイカ型端末をポケットにしまう。少し歩いたところではっとした。そういえば、まだ靴を脱いでなかった。
靴を脱いで玄関を抜け、自分の部屋に向かう。そしてベッドに身を投げるようにダイブした。そして自分の体を抱き締めるようにして縮こまる。
…怖い。
怖い。チームクロメを潰す? なんでそんな。やめてよ。みんなの大切な場所を、よくも分からない理由で潰そうとなんてしないで。

だからさ、俺の気付かないところでクロメになにかあった時…頼む。

ふとフチドリに言われたことを思い出した。
そうだよ。僕がこんなことでどうする。僕がチームクロメを守るんだ。
なにがあっても僕が守る。命に代えてでも。だから、僕達の居場所を潰すなんて、絶対に許さない。
だって僕は、チームクロメのメンバーだから。



2017/09/26



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