STORY | ナノ

▽ 八月と黒


自分の名前はスイレン。
チームノワールのメンバー。前衛兼中衛兼後衛。ジェッカス使い。
めんどうなことは極力やりたくない。他人と関わることは嫌い。ついでに他人と話すのも他人の作った料理も嘘も嫌い。
はじめて店を訪れた時一目惚れして以来、ずっとパートナーとしてジェッカスと一緒にいる。ジェッカスが好き。とても大切にしている。だから生半可な腕しか持たないインクリングがジェッカスを扱うことを許せない。自分勝手だとは分かっている。でもそんな奴がこの子を持つのは認めたくない。
目の色は黒。カラーは緑。
身長は普通。十四歳。
家族は、多分いる。
信頼、信仰といった意味がある裏で、滅亡という花言葉を持つこの名前は、紛れもなくお母さんが付けた名前。



「はぁ……」
本日第一声がそれだった。もはや声ですらない、ただの溜め息。
わたし、エンギは今、チーム活動をサボって街の中をうろうろ歩いている。いつも前を向いている視線は今日だけは下向き。インクリングでごったがえしているハイカラシティでは自殺行為でもあるけど、だからといって前を見れるほど元気はなかった。
理由は簡単。言わずもがな。スイレンにあのことを言われたから。それから三日もチームのみんなに連絡をせず引きこもっていたのだから、プラスサボり罪悪感でなおのこと憂鬱気味。それを紛らわすために久しぶりに外に出てみたけど、気分は変わらない。むしろどこかでみんなにバレちゃうかも、なんて根拠のない考えに緊張している。
別に、わたしはわたしが強いだなんて思ったことがない。自分がここまでこれたのは環境とブキのお陰だし、仲間がいなければなにも出来ないと思ってる。だからこそ強く言い返せなかった。強くいられるのはみんなのお陰だと思ってるわたしがあそこで言い返したら、自分が弱いのはみんなのせいだと言ってるみたいで。
でもさ、あんな言い方ないんじゃないのかな。わたしとスイレンはちょっと前にはじめて知り合った初対面同然の関係。それであんなにブキの批判して。強いブキじゃないとチーム組んじゃ駄目だって言うの。落ち込んでいたはずなのにいつの間にか怒りに変わってるのに気付いて、なんだ、結局図星なんじゃんって落ち込んで、また最初に戻る。
そういえば。
そういえばフチドリは、追い掛けてくれなかったな。追い掛けてほしかった訳じゃないけど、前カザカミと言い合った時は追い掛けてくれたから、少し残念。わたしのこと心配してくれなくなったのかな、なんて聞いたわけでもないのに更に心が落ち込む。なんだなんだ、わたしかまってちゃんじゃん。別に、好きで落ち込んでるわけじゃないんだから期待してるのなんて、おかしいのに。結局心配してもらいたいだけなのかな。また少し、自分が嫌いになった。
どうしよう。早く、早くチームに戻らないと。ヤグラ杯出場する為に練習しないといけないのに。でもわたし、また足を引っ張ってしまったらどうしよう。嫌だ、怖い、まだ行きたくない。
その時だった。ぽん、と軽く肩を叩かれる。急だったので凄くびっくりしまって、勢いよく振り返る。そこには、少し驚いた表情をしたニサカがいた。
「よぉエンギ! …ってびっくりした! ドッキリかと思ったぜ」
少しオーバー気味にリアクションするニサカ。いつもみたいにそれに乗りたいところだけど、今はそんな気分になれない。
「ご、ごめんニサカ。どうしたの? わたしになにか用?」
「えーっと、いつもチームで行動してるのに今日は一人だからどうしたのかと、ニサカはエンギに話し掛けた訳だ!」
「そうなんだ。え、えっとね、今日はお休みなんだ。オフだよオフ。自由なんだよわたし!」
精一杯笑って見せる。どうしよう。笑顔ひきつってないかな。そんな心配を余所にニサカはんー、と考える素振りを見せると、ぽんと手を叩いた。
「じゃあ今からニサカとタグマ行かね? ちょうど今いいエリアなんだよ」
そう言ってイカ型端末をこちらに向けた。アプリに表示されているステージはハコフグ倉庫とBバスパーク。Bバスはわたしそんなに好きじゃないんだけど、確かに動きやすいステージではある。でもわたし、今はバトルに行く気分じゃない。足を引っ張っちゃうかもだし、ニサカはあのスイレンと同じチームのインクリングなのだ。戦犯なんかした暁にはスイレン並みにわたしとこの子を馬鹿にしてくるかも。嫌だ。怖い。行きたくない。
「ほらほら、終わっちまう!」
しかしそんなわたしの気持ちなんて汲み取れる訳もなくニサカはわたしの手を取って引っ張っていく。しかも足が早い。待って、待って、と叫びにも似た制止も聞いてもらえず、わたし達はそのままタグマに行くことになった。



観戦ルーム。
何十戦かしたわたし達は休憩がてら観戦ルームで他のインクリングのバトルを観戦していた。…はずだったんだけど、ニサカはインクリングの群れに揉まれてそれどころじゃない。たいありでした、凄かったです、などなど。聞き飽きる程同じようなことを言われているが、ニサカは笑顔を崩さず一人一人に挨拶していた。返事をされて嬉しくなったのか、それでまたインクリング達が騒ぎ出す。その様子に改めてニサカはトップランカーなんだなと思い知らされる。わたしはというと、インクリング達がニサカに集まるあまり空き空きになったベンチで飲み物を飲んでいた。視線はもちろん、観戦モニターではなく、ニサカ。というよりニサカに群れるインクリング達。
本当にニサカは凄かった。エイムも立ち回りもそうだけど、視野なんて他と比べ物にならないくらい広い。わたしなんてマップを頻度に見ながら動いてるけど、ニサカは違った。そりゃ見てる時もあるけど、ほとんど聞いて、先読みして動いてる。しかも的確に。そのお陰でタグマは全勝。それでいて人当たりもいいんだから、みんなに慕われるのも頷ける。
対するわたしは、後ろでそれを見てることしか出来なかった。シャプマなのに、スピナーと同じくらいの位置でうろうろしてた。前に出たいけど、そう意識すればするほど上手くいかない。もし変に前に出て失敗したら、視野が限りなく広いニサカのことだ。わたしのこと見て、なにか言うかも。そう思うと怖くて、いつものわたしの動きが出来ない。
どうして。
こんな、こんな戦犯じみたことしてたら、尚のこと馬鹿にされるのに。ちゃんとしなきゃなのに。そう焦れば焦るほど上手くいかなくなる。嫌だ、泣きたくなってきた。
「はーやっと解放されたー。飲み物冷めてないといいなー」
ずっと話し込んでいたニサカが戻ってきた。わたしの隣に座るなり同じく飲料缶を口にする。それから、んーよき冷たさ! なんて言って一気に飲んでた。あれ、冷めてる…?
「もうすぐルール変わるけど、エンギはどうす…る、ってどうした!?」
ニサカが驚いた表情をこちらに向ける。突然の変化にわたしも驚いた。こっちがどうしたって聞きたいけど、理由はすぐに分かった。わたし、いつの間にか泣いてる。
「も、もしかしてつまらなかった? ごめん、ニサカが自分優先の動きしてたから…」
「ち、違うの。ニサカはなにも悪くない」
「じゃあどうしたんだ?」
自分のことじゃないと分かって胸を撫で下ろしたニサカは、ベンチを離れわたしの前にしゃがむと、わたしの顔を覗き込んで、優しい声で聞いてきた。
「わたし、なんの役にも立てなくて…。ニサカにキャリーされてるだけだ。味方に迷惑ばっかりかけて、いる必要なんてなくて…わたし…!」
しゃくり上げて、それでも必死に声を出した。
ニサカがいないと勝てなかった試合ばかりだった。わたしの判断ミスで負けそうな試合もあった。わたし、今までこんなのでクロメのみんなにあれこれ偉そうに言ってきたんだ。もうわたしが分からない。自信が持てない、チームのみんなに、合わせる顔がない。
しばらく沈黙が続いた。ここは観戦ルームなので、周りがうるさいのが救いだった。
するとニサカは取り出したハンカチでわたしの涙を拭いた。分かったから、泣かないで、と。
「よし、じゃあエンギ、ブラスター持ってみよう!」
突然ニサカがそんなことを言い出した。
え、わたしの話、聞いてた? なんて聞きたくなった。



Bバスパーク。
そこにホッカスを持ったわたしとシャプマを持ったニサカがいた。わたしの動揺なんて知るわけもなく、無慈悲に試合がはじまる。
どどど、どうすればいいの!? 使い慣れないブキだから動き方が分からなくて挙動不審になってしまう。視野もいつもより狭い。
分かってると思うけど、ブラスターだから塗れない分キルよろしく!
そう直前にニサカに言われた。分かってるよ。分かってるけど、なんでよりにもよってわたしが一番苦手なブラスター! とりあえずいつもカザカミが持ってるから、なんて理由でホッカスを持ってみたけど、思った以上に距離が短い。どう動けって言うの、これ。分からなすぎてとりあえず自エリ塗って右に来たスシコラをやろうと思ったら距離詰められて青色に弾けてしまった。難しい! 難しすぎるよこれ!
『いつもの立ち回りじゃ駄目だ。キルも大切だけど変に意識しないで、視野を保ってみて!』
無線機からニサカの声が聞こえる。えええどっち! なんて突っ込みも虚しく、仕方ない。やるしかない。とりあえず距離を詰められたら終わりなんだ。ホッカスの射程を知って、ある程度下がりながらやらなきゃ。バリアもあるし、塗りもほどほどやって貯めてもしもの為に取っておこう。
幸い足場は悪くなく気がつけば見渡す限りの橙色。そう考えれば普通にキルが取れる様になってきた。マップが狭いので最初戸惑った視野もいつも通りになる。
このままいけばノックアウト出来そう。その時だった。
『スクイクやられ左! バリア打開来るかも!』
ニサカの声が無線機から響いた。…左か!! なんとか維持はしようと考えるも味方の二人も溶けてしまったらしい。大人しく後ろに引き下がることにした。
エリアは取られ、ペナルティが課される。三落ち、わたしが後ろに下がったことによってだいぶ塗られてしまった。こうなれば打開は難しいだろう。こちらもバリア打開を狙うしかない。
橙色を広げていく。目の前にいる敵をやれる程の力量がないのが歯痒い。もうちょっと、もうちょっとだから、よし貯まった!
「バリア吐くね!」
『了解ボムラも行くぜ!』
わたしはニサカと他の味方に近付くとバリアを発動させた。ニサカもボムラ展開して投げまくる。どんどん広がっていく橙色。逃げ惑う敵をわたしは逃さず自分色に変えた。橙色に弾けていく敵。無事打開は完了した。
ナイス、と声を掛け合う。ノックアウトは出来なくてももうすぐで試合終了だ。勝てる。そう確信した。



「やるじゃんエンギ! ブラスターの才能あるんじゃね?」
ロビー前。ぼーっと突っ立っていたわたしにニサカが飲料缶を渡してくれた。先程まで慣れないブキで動き回ってたこともあって汗だくだったわたしに、ひんやりとして心地の良い感触が伝わっていく。
「ありがと。でも、きっとそうじゃないと思う」
素直にお礼を言いつつ、わたしは首を横に振った。その様子に、ニサカはきょとんとしてどうして? と尋ねてくる。
確かに慣れないブキなのに結構キル出来た。追撃も完璧だった。でもそれって、結局ニサカのお陰なんだ。前に出すぎる味方二人に、塗れないわたし。それなのにいつも足場は良くて動きやすかったのは、ニサカがサポートに徹してくれていたからだ。塗りを優先して、味方の動きを見て所々加勢する。裏取りを見逃さない。見えないところでニサカが味方が動きやすいようにしてくれていたから、わたしも慣れないなりに動くことが出来た。
「だから、結局ニサカのお陰で」
「違うって思うな」
わたしの声をニサカが遮った。
「だってニサカ、エンギの動きの真似してただけだぜ」
至って真面目にこちらを見る。え、とわたしは目を丸くすることしか出来なかった。
「エンギが言ってたことそのままだよ。エンギがいつも味方の為に動きやすい環境にしてくれるから、こんなに連勝出来たんだ。ニサカだけのお陰じゃない。それはチームクロメでも同じだと思う」
「でも、でもクロメじゃ全然、わたし駄目で…。わたしが足引っ張っちゃってるから、それで!」
「ニサカ、そんなに君達の試合見てるわけじゃないから分かんないけどさ、仕事のしすぎじゃないかな。塗りも、キルも全部エンギがして、過労死しちゃうぜ。それにみんな甘えてるだけだろ」
「そんな、勝てないのはみんなのせいみたいな…」
「そうだろ」
即答だった。きっぱりだ。きっぱりすぎる。
「でもわたし、スイレンに言われちゃったの。わたしが一番足引っ張ってるって」
「レンに?」
わたしは頷いた。そこまで言って、まるで告げ口をしてるような気持ちになって、黙ってしまった。そんなわたしの様子を見てニサカはあー、と納得したような声を出す。
「もしかしてあれ? ブキがーとかチームがーとか」
まさにそれだった。わたしなにも言ってないのによく分かったね。そりゃレンとは付き合い長いからー。なんて。でもその後に半年くらい、と言われた。そこまで長くなかった。
「あれ、多分レンなりの励ましだよ」
「ええ! 全然そんな風には見えないよ!?」
てかわたしそれで凄く傷付いてたのに!
「ジェッカス使うだろ? レンも同じようなことあったんだと思う。だからさ、同じ迷惑がられるブキ同士、ほっとけないものがあったのかもな。そういう心持ちでいないとこれから先やってけないぞっていう忠告だと思えばいいさ」
ニサカはそういうと、どこか遠くに目を向けた。その表情は、先程の笑顔とは違う、どこか悲しそうで。突然の変化にわたしは戸惑ってしまった。でもそれは一瞬で、次の瞬間いつもの笑顔に戻っていた。
…どうしたんだろ?
「あ、分かった。エンギ今日それで落ち込んでたんだな?」
「うっ、当たり…」
「あはは! でもまあ、エンギは悪くないよ。たまにはチームのやつらに文句言ってやってもいいんじゃない? 特にフチドリはもうちょっとキル出来るようにならなきゃ」
フチドリ。
話の流れで振ったとはいえ、少しどきっとしてしまったフチドリ。フチドリは、わたしの片想い相手だ。
ええ、ああ、うん…なんてごにょごにょしてると、途端にニサカはにやにやしだした。う、もう気付かれた!? 早くない? わたしそんな分かりやすいかな。それこそフチドリ程じゃないと思ってたんだけど。
「まあいくらそっちの事情があったとしてもきちんと言っとかないと駄目だぜ?」
「そっちの事情…。うん、まあそうだね。フチドリならきちんと聞いてくれると思うし、立ち回り以外でもちょっと話し合ってみようかな…」
フチドリなら、たとえきついことを言っても嫌ったりしないだろう。そりゃ口も悪いし怖い目で睨んでくるし怒るけど、聞き分けはいい子だ。普段も立ち回りのことで凄く言い合いになるけど、なんだかんだ受け入れてくれる。でもキルのことはどうにもならないから、今度またタイマンでもして鍛えてあげよう。そう先のことを考えると、楽しくなってくる。自然と笑みがこぼれた。
「フチドリのこと、信頼してるんだな」
ニサカが口を開いた。突然の言葉にきょとんとする。そうかな、と言うとそうだよ、と返ってくる。
「見てたら分かる。好きなんだなーって。フチドリってそんな信頼出来る?」
悪い意味で聞いてるんじゃないぜ、と付け加えて尋ねてきた。その表情は単純に疑問って感じ。
信頼出来る、かぁ。あんまり考えたことなかったな。信頼出来る出来ないじゃなくて、だってフチドリだから。きっと、それだけ。
「うーん、上手く言えないけど…。なんて言えばいいのかな。フチドリが信じてくれるから、わたしもフチドリのこと信じられる、かな…」
あやふやに、そこまで言ったところではっとした。それ、結局答えになってないんじゃないのかなって。
「ご、ごめん意味分かんないよね! でも他に言うこと見つからなくって」
「ううん。凄くよく分かったぜ。…手の出しようもないくらいに」
小さく、そう呟いた。
でもわたしは上手く聞こえなくて聞き返してしまう。だけどニサカううん、と首を横に振って、わたしより一歩前に出た。
「いいな! そういうの! …そういうの、これからも大切に」
「う、うん。ありがと! ニサカのお陰で、わたしも元気出たかも」
「いえいえどういたしましてー! エンギと遊べて楽しかったぜ。それじゃ!」
ウィンクをしてニサカは小さく手を振ると、その場を去っていった。わたしもニサカに手を振って見送る。
わたしの心は朝より晴れていた。むしろ吹っ切れたと言っても間違いではないくらいに。ニサカって凄いな。こうやって誰かを元気にさせられるんだもん。
だからといって問題が解決したわけじゃない。結局のところ、わたしはまだ弱いのだ。弱いからこそ、スイレンに認めてもらえるくらい、強くならなきゃ。
とりあえずわたしがもう少し味方に任せることを覚えなきゃな。フチドリもカザカミもキルの練習してもらわなきゃ。その前に、みんなに、謝らなきゃ。でも不思議と暗い気持ちにならなかった。むしろみんなに、早く会いたい。そんな気持ち。
日が暮れてくる。そんな帰り道を、わたし一人。みんなといつも一緒に帰る日常が、今日はなんだか懐かしく思えた。



2017/08/18



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