55.The battle is about to break out.


「えー…、運営委員の人たちに無理言うてこのコート延長で貸してもろてるんで、フルの試合は悪いけど諦めてクダサイ。」
「何や、案外白石も使えへんな。」
「死ねばいいのに。」
ネット越しに対峙するリョーマと金太郎の双方に心ない必殺の一言をもらってしまい、静かなほほ笑みを湛えて目を閉じた蔵ノ介がしょぼんと隣に佇む秀一郎に説明の続きを任せた。
「ジャッジは不公平にならないように、俺が遠山さんのコートに、白石が越前のコートに着く。異論はないね?」
「ええでー。」
「いっスよ。」
「うん。試合は変則だけど一球勝負だ。理由はさっき言った通り。文句ないな?」
「しゃーないなあ…。」
「ま、無理言ってるしね。それに面白そうだし、一球あれば十分でしょ。」
「せやな。」
「あれ?なんや二人とも俺に対してだけ厳しいんとちゃう?」
「ほら、白石も向こうのラインに行って。」
「あ、ハイ…。」
秀一郎に促されてすごすごと所定の位置に着く白石を、金太郎は横目にちらりと見やった。情けない姿だな、とため息をついたが、全てはこの試合に勝てば丸く収まる。ふん、と鼻息荒く改めて睨んだ目の前の越前リョーマは呆れるほどすかした、それでいて綺麗な顔をしていた。
「何や自分、えらいかわええなあ。」
「そりゃどうも。」
「めっちゃムカつくわ。その偉っそうな態度。」
「あっそ。俺もアンタのネチネチ絡んでくるとこムカつく。ウザい。」
ガン、と音でも立つかのように強い目線がぶつかった。飛び散る火花さえ見えそうでコート脇で固唾を呑んで事の成り行きを見守る青学と四天宝寺のレギュラーたちは、妙な緊張の汗をかいていた。
「一体、これから何が始まるんや……。」
殊更汗をだらだらとかきながら、一際目立つ短い金髪の忍足謙也が呟いた。それを、彼とは正反対に汗ひとつかかず、面倒臭そうに聞いていた財前光がため息交じりに答えた。
「知りませんわ、んなこと…。ほんまアホッスわ、遠山。」
「あらん、手厳しーわねえ光ぅ。」
鬱陶しそうな顔をしていた光が、真横でしたその声にわっと言って退いた。彼の横にするりと忍び寄ったのは四天宝寺中きってのブレーン、金色小春で、眼鏡の淵を指で挟んで軽く上げてみせると彼、ないし彼女はこう呟いた。
「しゃーないわ、あれは女の闘いや。」
「女の闘いって?」
小春にひっつくように隣にいた一氏ユウジが不思議そうに聞き返す。彼らの背後から、河村隆との試合で負傷した右腕を吊った石田銀も興味深そうに覗き込んできた。
「もう!アンタたち鈍チンなんやから!さっきから金ちゃんがちらちらくらリン見てたの気付かへんかったの?」
「そうやろか。」
銀がコート内の金太郎を見ると、サービスライン付近へ向かう金太郎はそわそわと視線を蔵ノ介へ向けていた。本当だ、と呟いたのは副部長の小石川健二郎で、銀と彼が顔を見合わせて、それでも首を傾げた。蔵ノ介と金太郎の関係など部内では周知のことだが、だからと言ってそれがこの一球勝負とどう関るというのだろうか。
「この闘い、血を見るわよん!」
一人事の次第を把握しているような口ぶりの小春が、危機感と興奮で体をくねくねさせながら叫んだ。そこへすっと長身の影がさし込み、にこっと笑った男がよく通る声で言った。
「ばってん、金ちゃんは強かよ。」
先ほど最後の試合で手塚国光と事実上のシングルスで高度な試合を展開してみせ、無我へのひとつの扉、才気煥発すら駆使した兵、千歳千里だった。部内でも一番背の高い彼を全員が見上げていると、今度はその向こうで、あーあ、とだるそうな声が上がった。
「どーでもええけど、大丈夫かいな金太郎は。」
「オサムちゃん、それどういう意味や。」
端に並んでいた謙也が身を乗り出して千里の向こうのベンチに座る渡邊オサム監督へ問いかけた。口にくわえていた爪楊枝を上下させつつ、チューリップハットの影から片目を覗かせたオサムが、どことなく納得のいかないような声を上げて答える。
「んー…それがなあ…。」
会話に夢中であった四天宝寺中の隣で、青学レギュラーたちのどよめきが上がった。とうとうコートの端に陣取ったリョーマが、いくよ、の掛け声とともに高いトスを空中に放ったのだ。思わず四天宝寺勢も息を呑む中、リョーマの模範的な美しい型のトスやラケットの振り降ろし等、一連の動作を見たオサムは、ふ、と笑い、思い出したように言葉の続きを話した。
「そうそう、負けたんや金太郎。まさかの個人戦準決勝で。」
リョーマの華麗なるツイストサーブが金太郎の陣地へ飛び込む最中、一瞬固まった四天宝寺陣営から驚愕の悲鳴が、龍が天空を駆けあがるがごとく立ち上った。


――――――

私は白石好きですよ、好きだとも、ええ!



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