(中)

 オーバーブロットした。
 諦めの悪いガキどもの神輿に担ぎ上げられて迎えた惨めな結末だ。隠蔽し切れるはずもない事実は王宮へと報告される――王宮に溢れる不満を、お優しい第一王子と愛らしいその息子が愛情を持って、不満の原因となった愚かな弟を守ろうとするのだろう。そして彼らの地位は盤石のものとなる。
 レオナ・キングスカラーの元にマレウス・ドラコニアにマジフトで勝つ機会は二度と訪れない。第二王子殿下が群れを成したサバナクロー生のプロリーグのドラフト指名は今年とて散々たるものだろう。そして、これから数少ない王族の一人として愛情深い次期国王親子に恩を返せと求められる――悉く惨めな結果だ。しかし、それでも今この時にサバナクローという小さな小さな領土の王の座にレオナ・キングスカラーが座っていることは確かだった。
 それはクソッタレなほどに安っぽい王冠[]だ。救いようがないほどに愚かな家臣[寮生]共だ。国王[寮長]など所詮は雑用係に他ならない――しかし、この瞬間だけは確かに何かが満たされた気がした。
「あら、お邪魔だったかしら」
 だからこそ、この女だけは不要だった。身分だけいえばレオナに遜色ないはずの女は、保健室の入り口に供も付けず一人きりで立っていた。
「わ、綺麗なひと」
 隣のベッドで生じた平和ボケした監督生の声に苛立ちが募る。「レオナさん……知り合いっスか?」と、レオナの苛立ちを敏感に察知したラギーが伺うのは、女が当然数少ないライオンの獣人だからだ。チ、と小さく舌を打ったレオナが口を開くより早く――「ふふ、そこの王子様の婚約者ですわ」
 ギュン!と音が鳴りそうな速さで、女を捉えていた後輩たちの視線がこちらへと向き直ったのがわかって思わず額に青筋が立つ。グル、とかすかに鳴った喉にラギーの毛が逆立った。
「あらあら。わたくしはいつものように事実を述べただけですのに」と、くすくす笑う女の目はどこまでも黒々しい。
「あのォ……お姫さんにこんなことを言うのはなんですが」 レオナの機嫌がこれ以上悪くなってはたまらないラギーが会話になっていない二人の間に割って入った。
「レオナさんはご覧の通り、体調不良で!安静にしてないといけないんで…!申し訳ねえんすけど、!」
「そうなんだゾ!レオナのやろー、オーバーブロッ――」 げ!と言う顔つきで猫によく似たグリムのその口を掴んだのはトラッポラだったが、およそ全ての発音がなされた後では無意味だった。
 オーバーブロットが魔法士にとって不名誉なことであるのは言うまでもないが、それがプライドこそが生きる意味である高位貴族であれば尚のこと。未熟な精神性の証明がどのような評価につながるものであるのかが、奇しくも同じくプライドが高いNRC生にはよくわかった。しかし、そろりと周囲が揃って見上げた女の顔は穏やかだった。
 そして、「そう。可哀想に」と呟いた。
 その声が干魃にあった後の地面の如くカラと乾いたものであったから、周囲の視線がギョとしたのがレオナにはわかった。しかし女はいつもの如く周囲の態度など何も気にしなかった。
「では、わたくしは失礼いたしますわ。レオナ殿下、お大事になさってくださいませ」 いつもの声色でそう言って去っていった。そうだ。この女はほんとうに心底気に食わないし、殺してやりたいと思ったことすら数知れないが――「なんか、凄い、すね」
「ちょっと、冷たくないか……?」
「レオナ先輩に興味ない、とか?」
「え、婚約者なのに?」
「ちょっと、君たち――」
 性能の良い耳が余すことなく拾い上げた後輩のざわめきを耳を閉じてシャットアウトする。周りがどう評そうとあの女の柔わい声はいつもそうだ。どんなに同情を誘うような状況であれど、いつも平坦で乾いている。それだけは、さほど嫌いではないような気がして――しかし、気のせいだと、レオナは眼を閉じた。

 
 レオナの体調が治った頃、国王代理であるファレナから連絡が入った。それが今後の身の立て方についてだろうことは想像に容易く、通知を拒否したところで意味はないことを理解していたレオナは着信コールをさほど待たせることなく(それでも数回待たせたのは彼の性質である)応答した。
 「もしもし、レオナか?」「他に誰が出るんだよ」とまるで一般家庭のような会話に始まるのは第一王子一家の常である。直通番号を知っている者が限られているとはいえ。業務連絡と評しても差し支えのないはずの内容にすら、彼らがそういった「親しさ」を好んでいることの証でもあった。そういう優しさが気にさわる――と思っていたが、今はそれほど気にならなかった。これもきっと諦観に由来するものなのだろう。しかし、続いた言葉はレオナが想定していないものだった。「レオナ、お前の婚約者だか――」
 続けられた言葉がやけに耳にこだました。
[] | []
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -