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04

 儀式はトムの記憶のそれと然程相違なく進んでゆく。学園長による挨拶の最中には、時より周囲の生徒があくびを噛み殺している様子すらステレオタイプ的だった。最も、情報収集のために話を聞いていたトムすらも途中で聞く価値がないと判断する程度には男の話が冗長であった点は、記憶と大きく異なるかもしれなかった。
「さて、本校はかの有名なグレート・セブンを冠する寮を有し、学生はその魂の資質によって寮に配属されます」
 妙に軽薄だった態度が一変し告げられた言葉に、トムは周囲の観察へと比重を置いていた意識を男へと戻した。まるで「魂」を知覚できるのだと言わんばかりの高慢な言葉ではないか――しかし、その言葉に疑問を抱くことはないらしい。周囲は先ほどから一転し、食い入るように男の動きを見つめている。
 「ハートの女王の厳格の精神に基づくハーツラビュル寮」と男が示す先で、小柄な青年がキビキビとした動作で胸元に手を添える。「百獣の王の不屈の精神に基づくサバナクロー寮」と。次に示した先では、獣耳を覗かせた男が勝ち気に口元をクと上げた。「海の魔女の慈悲の精神に基づくオクタヴィネル寮」。美しい髪を持つ青年は嫋やかに微笑む。「熱砂の魔術師の熟慮の精神に基づくスカラビア寮」。褐色肌の男が自信に溢れた表情でこちらを見やる。「美しき女王の奮励の精神に基づくポムフィオーレ寮」。長い髪の青年が手先を揃えて優雅にお辞儀をした。「冥府の王の勤勉の精神に基づくイグニハイド寮」。頭ひとつ抜けて高い男は頼りなさげに頷いた。「――そして、茨の女王の高尚の精神に基づくディアソムニア寮」と。異質な気配を抱く男の眼光が、確かに、こちらを捉えた気がした。そのトムの警戒を感じ取ってか、バジリスクが微かに身を捩ったが「“待て”」と。トムの吐息でそれは止まることとなる。
「いずれの寮に配属されても、それぞれの精神に相応しい素晴らしい学園生活が待っていることでしょう!」 男はその特徴的な衣服を靡かせ、軽やかに道を開ける。正面にあるのはあの暗い暗い鏡面だ。「さあ!これより新入生の組み分けの儀を行います。速やかに一列に並ぶように」と、男は告げた。
 
 生徒らは周りの動向を伺っていたが、一人が動けば続くのは早いものだった。先の移動とは異なり諍いがなかったのは男の視線によるものか、この場の空気に飲まれたからか。大人しく一列に並ぶ生徒たちの人波の中で、ごく自然にトムは列後方を位置取った。この場に紛れ込んだトムは、この組み分けがどういうものであるのかを把握せねばならない。
「――ええ。よろしい!闇の鏡の問いかけに答え、その導きに従いなさい」
 男の言葉の後、視線の先にある鏡面に波紋が生じる。再度の既視感がトムを襲うが、次の瞬間そんなことはどうでも良くなった。鏡面に現れたのは白い人面だった。何をどう見てもそれは闇の魔術に類する魔法道具に他ならなかったが、周囲のざわめきは決して拒絶を意味するものではない――それはホグワーツで目にした、組み分け帽子を被る前の未就学児の反応に似ていた。不安、疑問、そして、微かな期待を胸に彼らは鏡に顔を向けている。
『汝の名は』
「カーティス・ハント」
 鏡面に映る唇から発された低い男の声が空間を震わす。どこか伺うような周囲に対して前へと進めた青年はよく響く声で名を告げた。さすれば『汝の魂は、ポムフィオーレ!』と室内に響き渡る声で、言葉を借りるならば「魂」の資質とやらに従ってそれは告げた。 「メルシー ボク」と。青年はそれに言葉を返すと先の長髪の青年の元へと迷いなく歩みを進めた。
 数度告げられる寮は異なるが同様の問答が繰り返されて、トムはやはりこれも開心術の類なのだろうと結論付けた。その仕組みは一時期気になって調べた組分け帽子とそう代わらないのだろう。しかし、現在トムがここにいる事実はどのように引き起こされたものであるのか――それがわからない以上、余計なことを(ここに不法侵入したという事実以上に、ここに至る経緯もだ)こちらのものに把握されるわけにはいかなかった。
 そして加えて、その名もまた。名とは契約である。そ人を映す鏡である。こちらのものへと与える情報は最低限に限るべきであり、閉心術にも絶対の自信を有しているトムが(そうでなければあの教師のお膝元で分霊箱を作ろうなどと試みるわけはない)ここで馬鹿正直に名乗る必要は無い。ここが学校であるのならば、存在するであろう入学許可証の類が懸念点だが、登録名の相違によって向こうからアプローチが入ることで学園長との対話が可能となるならばそれとて願ったり叶ったりだ。そもそも、あの忌々しい男の写しとして存在する自身の名を名乗ることはトムにとって屈辱に他ならず、名乗るくらいならば今この場で朽ちてしまった方が(あの死を忌避するトムが!)幾分かマシなようにすら思えるのだから、あの名を名乗ることは既に選択肢になかった。
「次の方!」
『汝の名は』
 組み分けは続いている。鏡の前では先に会話をした獣人がやはり不遜な態度のまま、「ナタカ・プラウドロック」と名を告げている。そして、それは悩む間もなく告知された『サバナクロー!』の言葉に、迷うこともなく獣耳の男の元へと歩みを進めていた。
 寮ごとに集まる生徒たちを眺めるほどに、それらはよくよく同じ性質を持っているように見えた。少なからず複数の要素を持つものが多い――とトムは推定している――ホグワーツとは大きく異なる。組み分けは一種のラベリングに他ならず、人間こそが「そう」であると告げられるものに近付くのだとトムは思っているが(無論トム自身は例外であるに違いない)、同じ衣服を身につけてもなお漏れ出る自我をここでは「魂」と称しているのかもしれない。それほどまでに7つの寮は性質が異なって見えた。
 また、先に紹介された者達が皆、「監督生」の立場にあることは組み分けをされたのちの動きを見れば、間違いようがない。何のいたずらか、ようやく自身が監督生となったトムは此処においてその立場を他人に明け渡すのだ。ここにあること自体がおそらくはなんらかの不具合に由来するものであるとはいえ、一時とはいえ「上位」者を抱く事実に感じるのはもちろん不快感だった。
「――次の方!」
 ペストマスクの声に、トムはその苛立ちを込めて正面を睨め付ける。先ほどから観察していたが、決して帽子の如く誰かの思想をトレースした感情を有しているわけではないらしい。巨鏡に映る顔は表情一つ変わることがない。
「汝の名は」
 巨鏡は、その他大勢と同じくそう問いかけてくる――トムはこの平凡な名を嫌っている。そして、事実を知って以来ずっと偉大な魔女たる母を捨てた忌々しい名を捨て去ってしまいたいという思いは募るばかりだった。だから、名乗る名は決まっていた。己に名付けた名は――そう口を開こうとした瞬間、しかし、目の前の人面越しの闇の縁、銀に映る青白い顔を彼は見た。
 本当に忌々しいマグルによく似た顔だった。己の面を使い勝手のいい道具程度にしか思っていなかった彼でさえ、「父親」の顔を知ってしまってからは|面の皮《それ》をいつか剥ぎ取ってしまいたいと思っていた。それでも――幾ら顔が気に食わなかろうとも、この身に流れるの血は揺るがない。たとえ半純血であろうとも、この身が懐くのはかの偉大なサラザール・スリザリン直系の血だ。
 一般的に肉親からの愛情の象徴として与えられる名が、己にとってそうでない以上は、その身に流れる血筋こそが生をうけたその中で得た唯一絶対の祝福であり、贈り物だった。ならば一度。たった、一度くらい――欧州から離れたと結論付けたこの場でくらい、「その名」を継承することが許されても良いのではないかと、彼はそう思った。
 「僕は……」微かに唇が震えるのは、半身にあの野蛮なるマグルの血を宿している事実を認識しているからだろうか。しかし、首元をスルと撫でる感覚に確信を得る。
 
「僕の名は、サラザール。
 サラザール・スリザリンだ」

 僕こそが、偉大なるスリザリンの後継者だ、と。彼は告げる。「ふむ」と、呟いた白面の男は微かに考え込んでいるようにも見えたが、やはり無表情だった。珍しく生じた微かな空白――ざわりと空気が揺れた――の後、鏡面に映された唇を開く。
「“ならば”――汝の魂は、ディアソムニア!」
 周囲のざわめきと共に、彼は――サラザール・スリザリンは招かれるままに「ディアソムニア」寮生の下へと足を進めた。あの異質な目つきの男の元だ。此処での組み分けは必ずしも均等に割り振られるわけではないらしく、終盤に差し掛かった今もなおその寮を示された者は他集団に比べて少ない。
「ディアソムニア寮へようこそ。俺は君を歓迎しよう」
 先の「監督生」が尊大に言葉を寄越す。フードから覗くのは尖った耳と縦に伸びた瞳孔。先の印象に違わず、ヴィーラのような魔法生物の一種なのだろう。人間と亜人種が此処まで至極当然として、同一空間で過ごす地があるなど聞いたことがない。余程存在が秘匿されている場所と想定される事実に、サラザールは微かに知識欲が刺激されるのを知覚しながら、にこやかに微笑んだ。
「お言葉に与ることができ、光栄です。サラザール・スリザリンと申します。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」 そう言葉を返せば、瞬間、周囲の人間が微かに視線をこちらへと向けたのがわかった。疑問を感じる間もなく、「“花言葉[ローゼアン]”がディアソムニアに入るのは珍しいな」と。呟きに微かに頷く者らに、サラザールは微かに心の中で首をもたげた。しかし、決してそれを表面に出すことはなく「ええ、よろしくお願いいたします」とだけ返した。
 結局のところここで得たいものとて、この不明な場所に対する知識と、故サラザール・スリザリンの足跡だけだ――後者は周囲の反応が得られなかった点からも、明確には期待すらしていないが……さて、いつ学園長を名乗る男と話ができるだろうか。サラザールは不敵に微笑んだ。
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