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03

 学園長を名乗る男に連れられて、その言葉を認めるならば学園城内を数百メートルほどトム(とその他)は歩くこととなった。黒と紫を基調としたゴシック調の城は日中にはシックで品のある華やかさを感じさせるのだろうが、月明かりと微かな緑の炎を頼りにしている現状においては薄気味の悪さばかりが目立っていた。クラシカルで重厚なホグワーツとは大きく趣きが異なるこの城にあいにく覚えはない。関係者を親族に持つ寮生から聞き及んでいたボーバトン魔法アカデミーやダームストラング専門学校の様相とも当然異なっていた――男が呼んだ名は「ナイト・レイヴン・カレッジ」だったか。最前列を歩む男をチラと、トムは覗き見る。
 どう考えても聞き覚えはないが、規模自体はホグワーツ城に遜色ない。いくら男が奇怪であろうとホグワーツと同等規模の学園は――先の2校しかり、魔法界においては非常に限られていることを思えば、ここは魔法界に存在するICW(国際魔法使い連盟)が登録している11ある魔法学校の一つだと考えるのが妥当である。ならば現状のトムは不法侵入か、あるいは、衣服の変更がなされていることを思えば選定において何らかのエラーが生じたのか。記憶の断絶を考えればなんらかの魔法薬使用の可能性も……頭が痛くなってきた気がして思わず一瞬目を閉じ、こめかみを揉む。そんなトムに、首元で微かにバジリスクがすべやかな鱗を寄せてくれた。
 世界共通で一定の歴史と規模を併せ持つ魔法学校というものは極めて少なく、その大半は“らしく”秘密主義だ。ホグワーツや先の2校はヨーロッパ圏内から入学者を受け入れているが、他においては母国以外からの入学者受け入れがない例などもあるらしい――断言できないのは、魔女狩りの歴史を経て(あるいはその遥か昔から)魔法界というのは総じて秘匿性に重きを置いているからだ。ならば、その種を繋ぐ上で極めて厳格に存在すらも秘されている学校があることとてそう違和感はなかった。一方で魔法界の体質について、常々トムは秘密主義がすぎる(主に己が欲しい情報へのアクセスが、スムーズにいかないという点においてである)とも思っているのだが……ともかく、その名にも城にも覚えがない以上、ここはイギリス魔法界はおろか、欧州の各魔法界からも離れた地であるのだろうと推測できた。
 周りから聞こえてくるアクセントの多分がいわゆるアメリカン・イングリッシュのそれであるのも、その推論を裏付けていた。しかし、アメリカ合衆国魔法界で最も有名であるのが、かのイルヴァーモーニー魔法魔術学校であるのは確かであり、イギリス魔法界に比して歴史の浅い――とイングランド生まれのトムは迷いなく称する――かの国に、魔法に縁深い土地などあっただろうか。魔法学校がいわゆる龍脈に根差す傾向にあることを知っているトムは内心で首を傾げる。しかし、先に交わした二人との会話において、男は言葉の選択が古風で耳慣れず、獣人とて聞き慣れない崩しがあったとはいえ。共だってポッシュ・イングリッシュの類であったことを思えば、やはり、遠からず縁のあるアメリカが妥当に思える。
 そして、仮にこれが人為的なものではないとすれば、ここにはホグワーツ城からの――特に秘密の部屋の入り口付近からの通路があるということになる。これにはなんの意味があるのか。これまで作用しなかったならば、求められているのは時か、血筋か、パーセルタングか――仮にそうならば、サラザール・スリザリンの失踪後の筋道、あるいは彼の何かが隠されている可能性すらあるのかもしれない。
 底辺を彷徨っていた気分の微かな向上とともに、トムは窓から外を伺うが、そこには裏庭があるだけで特筆すべき事項はない。ホグワーツ同様に見える星の数からは、この場が人里から離れた場所であることがわかるだけだった。三日月の位置から現時刻が午後9時に近しいことは確認できたが、星の並びを確認するほどの視界は確保できず位置特定には至らない。先ほどから足並みを乱した者が出れば、後ろに目がついているかのように男が先頭から「ちょっと、そこのあなた!遅れないように!」と声を掛けている。既に一人だけ起床していたことで目を付けられている可能性を思えば、星を確認するために列から抜け出すという行動は愚行に他ならない。
 前を歩く面々を眺めれば、身長は人種の差か、様々だが揃って同年代の男子であろうとの推測はできた。立ち姿だけでもどいつもこいつも大抵が満たされたような、自信に満ちた顔をしている。トムのような疑心暗鬼になっているものは見受けられず、やはり先の推測の通り公的な場であることは間違いないのだろう。そうでなければこの場にある者たちが――トムより劣っているのはしょうがないまでも、とんでもない阿呆になってしまうのだから。
 正式に「入学」したと見えるその姿は、同年代ながら、毎年9月に見る幼い生徒に酷似している。もっとも、時より(特に先ほどの高慢な獣と似た類いが)睨み合う様が見受けられる点は大きく異なっており、それが男の声によって引き剥がされ、舌を打ち合って不満げに矛を納めていた点も異なっていた。彼らが一瞬で引き剥がされていたのは、男がやれやれと呟いたことを思えば無言呪文によるものなのだろう。見たことのない呪文に、トムはやはり男の実力を侮れぬ事実に小さく舌を打った。
 今しばらく道なりに歩みを進め、そして、それは見えてきた。「皆さん、衣服の準備はよろしいですか」
 男の前に聳え立つのはホグワーツを彷彿とさせる重厚な開き扉だ。周囲の生徒たちが男の言葉に従ってあちこちで身じろぎ、裾を払っている。一方で衣服をわざとらしく着崩すものさえ居るその品のなさ。スリザリン寮では決して見ない景色に沸くのは嫌悪感だ。己の感情に反した周囲の静かな感情の高まりを肌で感じ、トムは微かにフードを深めた。フードの裏でバジリスクが身をすり寄せる温度だけがトムを励ましているようだった。
 周囲の熱のこもった視線を受けて男は微笑み、手元のステッキでカツンカツンと二度地面を打った。扉は重厚な音を立て、そうしてゆっくりと開かれた。
 見えたのは緑の光だ。ホグワーツであれば数多の蝋燭に照らされていた扉の先は、やはり怪しげに照らされていた。そこは先ほどの棺桶が複数宙に浮かぶ異質な空間。しかし最も目を引いたのは、室内正面奥、決して小さくはない噴水の上部に浮遊する巨鏡だった。噴水内部から緑の光を受けるそれは、反射するはずの光を全て吸収し、鏡面には闇が広がっていた。
 さらに少し視線をずらせば、トムと同一の服を着た数名の小集団が7つ。それらは一定の間隔を取り、揃ってこちらを眺めている。いつの間にやら鏡の前に歩み出ていた男の口が、先ほど窓から見えた夜空と同じ三日月を描く。
「これより、ナイト・レイブン・カレッジの入学セレモニーを執り行います」
 そうして、入学式を冠した儀式は厳かに開始された。
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