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01
 
 ギィと扉の開く音がして、瞼を上げたトムが目にしたのは見覚えのない黒い天井だった。飾られたシャンデリアの灯りは華美な装飾に反した仄かなもので、辺りは主だって緑の光で照らされているらしい。一才の記憶のないどこかに、何かに入れられてトムは横たえられていた。――どういうことだ、とらしくもなく数度目を瞬かせたが景色は変わらない。理解のできない現状を警戒し、トムは慎重に身を起こした。
 周囲には黒を基調とした高級感にあふれるゴシック調の室内が広がっている。先ほど見た緑の光は空間に点在するランタンから発せられており、怪しげな灯りは徒らにその場の高級感を損なわせてすらいた。さらにトムの目を引いたのは自身の入っていた[・・・・・]箱だ。
 黒く無機質な箱。蓋には豪華な装飾が施されてはいるが、決して人間が――否、生者が寝かされるために使用されることはないことは明らかだった。それはまごうことのない棺桶だ。総数は百を裕に超え、二百余りの棺が整然とこの場には並べられていた。
 それはどこまでも怪しげな儀式[サバト]会場であった――とはいえ、このような薄気味の悪い空間は魔法使い歴が5年目を迎えたトムにとってはノクターン横丁を彷彿とさせる程度のものでしかない。魔法界の価値観がマグル界のそれに照らし合わせてみれば悪趣味と言われることには早々に勘付いてはいたが……それでも尚、その場の不快感は否めずに、トムはグと眉を寄せた。
 夏休みには半ば強制的な帰還を果たすことで、マグル情勢が苛烈を極めていることを否が応でも理解させてられていた。目の前の数多に並ぶ棺はかつて見た教会の遺体安置場を彷彿とさせるものだ。現状における唯一の救いは、室内を照らすランタンが宙に揺れるように動くこと。それらが浮遊呪文の使用が忌避されない魔法界であるという確信をトムに与えることであったが、しかし、この室内が彼が嫌悪する「死」を強く連想させるものであることは避けようのない事実であった。
 トムは小さく息を吐く。一体これは何だろう。つい先ほどまでホグワーツ城にいたはずだ。主観的に見ても客観的に見ても出来の良い頭に残っているのは、秘密の部屋の入り口近くの鏡を覗き込んだこと。そして、その際に見たような気がする黒い影だった。ホグワーツ城の様々な仕組みや秘密を、たとえ5年間を過ごそうとも解き明かし切ったとは思わない。しかし、あの場所の仕組みは秘密の部屋を発見して以来時間をかけて隅々まで調べたはずだ。何故今あのタイミングで?――回り出した思考は、しかし、棺の中の気配によって一時停止することとなる。
「、!」
 視界を下せば黒い棺の中、纏った見覚えのない衣服の影にてそれは微かに身じろぎをした。黒く艶のある鱗は見間違えるわけもない、それは秘密の部屋で隣にいたはずのバジリスクだ。その巨体は覚えのない縮小魔法を掛けられたかの如く小さな姿をしているものの、瞳に掛けられた錯視魔法はどうやら維持されているらしい。スリザリンの子孫たるトムに許可なく顔を向けないが、見る限り(小さくなっている以外の)違和感はない。
「“身体に不調は?”」
 Hisss──とパーセルタングを用いて出した微かな響きを受け取ったバジリスクは、本来の姿とは似ても似つかぬ小さな姿でトムにだけわかるように微かに首を振った。
「“一先ず僕の首元へ。身を隠せ”」
 その言葉にバジリスクは微かに頷いた。不可視の呪文はそのままながら蛇らしく弱視のバジリスクは特に視界を気にする様子なく、するりとその身でトムの手を撫で腕を伝い登った。着用していたはずのスリザリン寮の制服はいつのまにか儀式用に誂えられたであろう実用性のない装いへと変わっていた。黒地を基調としながら裏地には金の刺繍が入った紫の布が張られ、腰元にはおそらく豊かに布が扱われ、華美な印象をもたらすことだろう。衣服の変更というひとえに人為的な行いへの不快感を感じつつも、ひとまずバジリスクを隠すためにトムは襟元のフードを被った。視界が陰ったがおよそ問題はないだろう。
「“不可視魔法を解くが、合図しない限りは決して顔を出すな”」
 トムはバジリスクへと指示を出し、手元に残されていた杖(ワンド)で保護呪文を解除した。バジリスクが肩元に顔を伏せるのを布越しに感じながら、手元に残された杖について思いを馳せる。勿論あるに越したことはないのは言うまでもないが、衣服を変えながらも魔法使いの命たる杖を奪わなかった理由がわからない。世界の主流は未だ杖魔法だ。ホグワーツでは杖を用いない授業は存在しない。魔法事故が劇的に増加するためであるが、一方で杖はヨーロッパ発祥であり、独自の技術を持つ地域では異なる媒体を使用すると聞く。アメリカ大陸の原住民の間では杖なし魔法が主流であるとの噂も聞くが、稀有な例だ。現地のイルヴァーモーニー魔術学校においても杖魔法が主流である。なお、杖なし魔法を知った際トムはこれを必ず身につけると決意したが、未だ納得のいく実用には至っていない。これは完全無欠を希うトムにとっては認めたくない事実ではあるが、彼は課題を課題として客観的に見ることができる点を数多ある自分の才能の一つであると認識していた。閑話休題。
 拘束したその身を改めつつも魔法使いを無力化しない合理的な理由は存在しない。犯人がそれほどまでに愚かだというのか。この僕に一切の抵抗を許さず、拉致しておきながら?と。トムは眉間の皺をさらに深くした。その瞬間――「おや!」 思考の渦にあったトムの鼓膜を揺らしたのは、胡散臭い声だった。突如として生じた気配に弾かれるようにトムはそれ[・・]へと視線を向けた。
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