てのひらから何かが零れおちていく感覚を最近よく感じている。
それは例えるならば砂のようであり、どんなに落とさないように頑張ってもどこからかさらさらと零れ落ちていってしまうのだ。その零れ落ちていくものの名前が時間だということを理解したのは、つい最近のことだ。



ぼんやりと久しぶりにひとりで買い物に出ていた。何か目的があったわけではない、買い物というより、ただの散歩に近い。
よく考えれば彼らが来てからというもの、ひとりでいるという時間はめっきり減っていた。
あんなにいつもひとりでいたのに。ひとりで大丈夫だと思っていたのに、今感じるのは物足りなさと、心細さだ。
「これは、弱くなったというのかな」
ぽつりと呟いてから自嘲気味に笑った。兄がまたどこかに行くまで、あと二日だった。
そう言えば海外からどうやって信玄さんたちを連れてきたのだろう、と間抜けなことに兄が帰ってきて5日ほどだった今はじめて思いついた。
パスポート、持ってないはずだし…、どうやってこちらに戻ってきたのだろう。
「…あぁ、なんだか考えない方がいい気がする」
兄が犯罪に手を染めた可能性を見出して、ふるふると首を振った。触らぬ神にたたりなし、とりあえずそれについては目をつぶることにしよう。身内から犯罪者を出すのは、御免願いたい。
しかし、そこまでして彼らを連れて帰ってきたアニの気持ちも痛いほどわかるのだ。
彼らは、現代のなにより生々しい人間としての感覚を持っている。それは、もはや私たちが失ってしまったものだ。
私も兄も傷を持っているからこそ彼らに惹かれるのだ。死というものを彼らは何より知っているから。
顔をあげて、どんよりと曇った空を見上げる。
「そういえばあの日もこんな日だったな」
そうつぶやいた私の顔は、今どんな風なんだろう。笑っているのか、泣きそうなのか、それとも、苦しそうなのか。
「曇り空は、嫌い」
ぽつりと呟いた言葉は本当にただの、心の奥底に閉じ込めていたものだった。
それは気付かぬうちにどろりと零れおち、私の唇から吐露された。それに飲まれてしまわぬようにぎゅう、と目をつぶったそのときだった。
「何で嫌いなの?」
「…!」
いきなり後ろから聞こえた声にびくりと肩が震えた。ばっと振り返ればそこに立っていたのは見慣れたあのひとだった。
「やっほー楓ちゃん」
「佐助、さん」
「なあに、そんな顔しちゃって」
名前を呼べば近づいてきた佐助さんの指が、私の頬をなぞった。
「あぁ、…驚い、たんです」
「ふうん」
佐助さんはそう言うとさも当然というように私の横に並んで、歩き出した。それにつられて私も歩き出す。
「ひとりで出ていくの、珍しいね」
「はい、最近みんなとずっと一緒だったからたまにはとおもって」
横を歩く佐助さんの歩き方は緩やかだけれど、けして足音はしない。まるで猫みたいだ。
「でもだめだよ、雨が降りそうなときはちゃんと傘を持っていかなくちゃ」
「そう言う佐助さんだって持ってないじゃないですか」
「俺様はいーの。走って帰るから」
「それだって濡れちゃうでしょう」
「まあ、いーや。もし降ってきたら楓ちゃん抱っこして濡れないうちにおうちに帰ってあげるからね!」
アハーと笑う佐助さんに私も釣られて笑う。
ふと気がついて、周りをぐるりと見れば家に帰るには随分と回り道を歩いていることに気がついた。
そう思った私に気がついたらしい佐助さんがにっこりと笑う。
「折角二人きりだから、ゆっくり帰りたいし」
「もう、そんなこというと女の子は誤解しちゃいますよ!」
そういえば、佐助さんは一瞬変な顔をしてはあとため息をついた。
「誤解じゃないんだけどなあ」
「え?」
「んーん、なんでもない」
笑う佐助さんに何かはぐらかされた気がするけれど、まあいいやと私は少し遅れた分を取り戻すために少し走って佐助さんの背中に追いつく。
その瞬間だった。
ぽつりと、頬に当たったのは空から落ちてきた一粒の雨。
「あ、やべ」
「ふってきましたね…!」
二人してばっと顔をあげて空を見れば、それに合わせたように次々に雨が落ちてくる。
「楓ちゃん!こっち!」
「え?」
ぐい、と急に手をひかれて身体を反転させられる。
「さ、佐助さん!?」
「とりあえず雨宿りしよ」
あてがあるから!といわれて私は次第に強くなる雨の中佐助さんに手をひかれるがままに足を急がせた。




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