【カカシ視点】

第一印象は変な子、だった。

目が合えばすぐに逸らされてしまうし、オレの帰りを待っているのかと思えば一目見ただけで帰ってしまう。
はっきり言って、不愉快だった。名も知らない女子に付き纏われているような気がして。だが、徐々に慣れていく内にその嫌悪感は薄らいでいった。今では不可解な行動を取る彼女を『面白い』とまで感じるようになっている。

(彼女の瞳にはどんな風にオレが映っているのだろうか)

気になる変なあの子、柳井ナツミを知ったのはそう、むせ返るような暑さの日に開かれた校内集会の時だった。






「じゃあ、お願いね。はたけくん」

校長に促され、ステージ中央にある演台の前まで歩いて足を止めると、顔を上げた。人熱れでむっとした熱気が込み上げる体育館では、暑さで茹だった生徒達が気怠げな顔をオレに向けている。

「誰だアイツ」

ポツリと吐かれた男子生徒の悪態が嫌でも耳に入り込んだ。オレだってお前なんか知らないし、知りたくもない。いつもなら気にならない言葉も、この暑さのせいで苛立ちが込み上げた。
担任がどうしてもといって、人権作文を生徒達の前で読んで欲しいと頼むから渋々引き受けたが、こうも不満の意を浴びせられると、断れば良かったと後悔してしまう。
ーー早く終わらせよう。原稿を広げ、感情を込めずただ口先だけで文章を読み上げてゆく。読み終えた後、校長をはじめとする拍手の音が体育館に鳴り響いた。仕方なしに手を叩く生徒達は相変わらずやる気のない目付きだ。ようやく視線から解放されたオレは、ステージから降りると自分のクラスが並ぶ列へと戻った。

「はたけくん、すごいね」

床に腰を下ろした早々、声を掛けてきたのは同じクラスの女子だった。確か名前はーー覚えていない。女子生徒は一際高い声でオレを褒め称えながら笑顔を振り撒く。でもオレは知っている。壇上で作文を読み上げていた時にこの女子生徒は欠伸をしていたことを。
『じゃあどんな内容を話したのか覚えてる?』嫌味の一つぐらい言ってやりたかったが、それを言えばきっと泣いてしまい、面倒なことになるだろう。だからここは当たり障りなく「別に」と、それだけ答えておいた。

オレは女子が苦手だった。休み時間になると品もない声で馬鹿笑いをする者。気に入らない女子の名を上げては教室の隅で陰口を叩く者。手を繋ぎながらトイレにまで一緒に行こうとする者。全くもって、彼女達の行動全てが理解できなかった。おまけに少しでも反論すれば、直ぐに泣き喚くから困ったものだ。
考えれば考えるほどうんざりして深く長い息を吐く。
不意にツーとこめかみから汗が流れ落ちた。それにしても暑い。こんな暑い時間帯に校内集会を開くなんてどうかしている。呆れた目で壇上に視線を送れば、校長が相変わらずつまらない講話を延々と続けていた。これはなかなか終わりそうにないな。前後の脈絡もない話をぼうっとしながら聞いているとふと、どこからか視線を感じた。怪訝に思いながら辺りを見渡す。
ーーいた。オレを見ていたのは、ここから少し離れた、斜め前に座る女子生徒だった。

肩まで切り揃えられた黒髪。髪と同じ色をした黒目がちの瞳。目を引くような美しさもなければ驚くような醜さもない。どこにでもいそうな、そんなありふれた女子だった。
彼女は目が合うと、ハッと驚いた顔をして慌てて顔を背けた。まるで恐ろしいものでも見たような顔付きだった。オレは不服に思いながらも、これは良い暇つぶしになると思い、彼女の様子をしばらく見ることにした。
恐らく彼女は自分と同じ一年だ。上履きに引かれたラインが青だから。ちなみにうちの学校は二年が黄色。三年が赤色だ。
上履きに青のラインが引かれた同学年でも、彼女の顔は一度も見たことがなかった。もちろん、名前も知らない。クラスの並び順から言うと二組だろうか?
考えに耽ている間、一瞬だけ彼女の顔が窺えた。いや、顔というよりも耳が見えただけだが、何故か彼女の耳は真っ赤に染まっていた。…まぁ、この暑さだ。火照って赤くなるのも当然だろう。

「ーーでは、以上」

一際大きくなった声が館内に響き渡った。ようやく講話が終わった頃には汗でシャツが体に張り付き、とても気持ちが悪かった。
「教室に戻ります」担任の掛け声で皆、床から立ち上がるとぞろぞろと教室へ戻り始める。

「ようやく終わったなぁ。カカシ」

クラスメイトのオビトがうんざりとした顔でオレに話し掛ける。相変わらずの声量に呆れつつも「そうだね」と溜め息混じりに頷いた。

オレはふと、あの女子生徒がいるクラスに視線を向けた。だが、我先にと教室へ戻ろうとする大勢の生徒達のせいで、彼女を見つけることは出来なかった。

ーーなんだ、つまらないの。

それからというもの、何故か彼女はオレの帰りを待つようになった。彼女の定位置は昇降口の左端。小さな片隅で壁に寄り掛かりながらいつもオレの帰りを待つ。どんなに帰りが遅くても、どんなに天候が悪くても、必ず彼女はそこにいた。だが、それ以上はなかった。話すことはもちろん、声すら掛けられたことがなかった。あ、ほら、今日もまた彼女はオレの帰りを待っている。そしてオレを確認すると、背中を向けて、走り去ってしまうんだ。

やはり彼女の第一印象は変な子、だった。目が合えばすぐに逸らされてしまうし、オレの帰りを待っているのかと思えば一目見ただけで帰ってしまう。
けど、どうしてだろう。何故かあの日からオレも彼女のことを目で追っていた。だからあの子と同じような行動を取るオレも、もしかしたら変な子、なのかもしれない。

真夏のシナリオ


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