ハニートラップを仕掛ける3



「……あの」
「はい」

タオルを剥がされかかって、ナナシは咄嗟に声を上げた。今更逃げようなどとは考えていないが、やはり自分を陥れた元凶くらいは知っておきたいと思った。一瞬だけ手を止めた男を見上げて、おそるおそる尋ねる。

「失態を犯した彼って、誰のことですか?」
「……何も知らないで来たんですねぇ……」

するりと白い布を持ち上げながら、男は呆れたように呟く。それでよくここまで着いてきたな、と言わんばかりだ。

「あなたから色々と聞き出そうと思いましたが、その様子だと何も知らないようですね」

後から考えると男の巧みな作戦だったのだろうが、ナナシはその一言にムッとした。確かにナナシは、今回の件を何も知らない。そのせいで大変なことになっている。CIAの協力者になる時、危険なことは何もないし、あっても俺が守るからとか何とか言われて軽々しく引き受けたのも自分だ。けどナナシなりに時間を割いたり、データを纏めるために慣れないソフトに苦労したり、頑張ってきたというのにこの仕打ちである。

「し……知ってます」

思わずそんな言葉が口から出ていた。男の薄い唇が弧を描く。こんな状況で、その笑みはナナシが見惚れてしまうくらい綺麗だった。

「へえ……何を知ってるんですか?」
「それは……」

男の優しく促す問いに、すんなり唇を開いてしまう。ナナシはそこでハッと我に返った。ナナシがいくら末端とはいえ、CIAの構成員とは直接連絡を取り合う仲なのだ。ナナシがうっかり漏らした小さな情報が、その人物のスパイ人生を終わらせることになりかねない。焦った挙句、ナナシは頭に思い浮かんだ言葉を口にする。

「……し、仕手株の情報とか」

真面目くさった顔で告げると、男は瞬きをしてから、フフッと吹き出して手の甲で口元を押さえた。思いもよらなかったようだ。

「僕に株でも勧めるつもりですか?」
「……教えますけど?」
「この状況で?株を?」

ツボにハマったらしい男が顔を背けて、肩を震わせた。普通に笑うんだな、とナナシは思いつつ、男がなかなか笑い終わらないので眉間に皺が寄る。

「なっ……何でそんなに笑うんですか?」
「すみません……ベッドの上で女性に株の話をされるとは、思わなかったもので」

はぁ、と息をついた男が体勢を変えて、ベッドが軋んだ。




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