ハニートラップを仕掛ける2


ナナシはガラスの扉を開けて浴室からそっと出ると、脱衣所で立ち尽くした。どうしてこうなったか分からない。

ナナシはアメリカ中央情報局の諜報員の協力者をしている、普通の会社員である。その肩書きは普通ではないように見えるが、協力者というものには種類があり、一般の人と大して変わらない生活を送っている人間もいるのだ。ナナシの場合、10年以上前に旅先でCIAの諜報員に命を助けられ、それが縁で協力者になった。一般企業に勤めながらそこで得た情報を定期的に渡しているだけの、末端も末端の人間。これまで、自分から危険を冒して情報を入手したりということは一切なかったため、自分がそういうことに巻き込まれる可能性があるということを失念していた。

車に乗ったあと、不穏な発言の説明を求めることもできず、かと言って逃げ出すこともできずにホテルに連れ込まれた。これは任された仕事の一部であるという意識がナナシの中にあったためだ。それに、ここで逃げたら「失態をした」人物がどうなるのか、そしてそれはナナシの恩人である人物なのか、見当もつかない。
素肌にバスタオルを巻きつけてナナシがまごついていると、鍵を掛けたはずの脱衣所の扉がカラリと開かれた。

「っ……!?」
「どうかしましたか?」

先にシャワーを浴びて部屋にいた男が顔を覗かせ、ナナシが動けないでいるのを見ると、その手を伸ばしてくる。

「あなたには申し訳ありませんが、僕も組織の手前あなたを帰すわけにはいきませんので……諦めてください」

穏やかな口調でも一切の拒否を許さない、そんな声音だった。大きな手に掴まれて、ナナシはベッドに男と並んで座る。男はシャワーを浴びたが、元から着ていたシャツと黒いパンツをまた身に付けている。いつ襲われるか分からないから、女とヤる時も素っ裸になったことないんだ、などと言っていたCIAをこんな時に思い出して、ナナシは涙目になった。

「僕は今日、彼を呼び出したんですよ……けど、代わりの人間を行かせるから好きにしろ、と」

彼がどこに行ったか知りませんかと尋ねられ、ナナシは頭を左右に振る。

「まあ……時間はたくさんありますから、ゆっくり聞かせてもらいましょうか。好きにしていい、と言われていますしね」

軽々とナナシの体をベッドに押し倒して、男が目を細めた。





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