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13-9




心臓がドキドキとうるさい。いや、間違ってもときめきとかそういうことじゃないんだけど。かといって恐怖かと言われればそれも違う。銃を向けられるのは久しぶり、ではなく、今は初めてだったか。私ではない誰かが高揚を感じている。自分の心の預かりしれぬ部分に芽生える熱っぽい感情は、まるで恋みたいだ。それとも既に"私"は恋に落ちているのだろうか。この人と相対しているとたまに自分のことがよく分からなくなる。……やっぱりそれって恋では?と思わないでもないが、恋に落ちているのだとしても、それが誰に向かっているのかは曖昧だ。彼自身に、彼の姿形に、惹かれているのは間違いない。執着に近いのかもしれないなと考えて、もしかしたら彼の私に対する感情も、同じようなものなのかも、と思った。
状況にまるでそぐわない思考に溺れかかった私を、彼が見下ろしている。

「何を考えてるんですか?」
「えっと……安室さんのこと……?」
「…………」

形の良い眉が片方、ピクリと跳ね上がるのが下から見てはっきり確認できた。あ、怒らせた。いえ、別にここにいない安室さんのことを考えてたとかそういう意味じゃなかったんです。あなたのことを考えてたんです。伝わらないし誤解を生むのであなたのお名前か、もっと総合的な呼び方を教えてほしいんですが。
もしかして沸点低めだったりするんだろうか。そこまでキャラ変の設定凝らなくてもいいんじゃないかな、などと焦りのあまりまた余計なことを考える。監獄実験じゃないけど、犯罪組織の構成員なんてずっとやっていたらそっちに振れるのは無理もない。カウンセリングをちゃんと受けているのだろうか……などとつい余計な心配をしてしまう。何か起きない限りは彼が私を殺すことはないと甘く見ていたけど、それもあり得るのでは、と思わせてくるのがすごい。
彼は突きつけていた銃を引いて、膝立ちの状態から身を屈めて左手をベッドについた。距離が狭まって、意識的かは分からないが、低い声は囁くように静かに落とされる。

「あなたは僕を掻き乱すのが上手ですね」
「え……?」

その言い草にドキッとする。私は今ので心を掻き乱されましたけど。間近で見る彼の顔は相変わらず整っていて、睫を数えられそうな距離に、思わずじっと見てしまう。いや、まあいつもじっと見てる気がするけど。すると珍しく、彼の青い瞳が左に逸らされた。

「……正直、気に入りません」

銃を持った右手が動く。すぐにまた私をその目に映した男は、銃口を差し向けてシルバーの銃身で私の頬を撫でた。無機質なひやりとした感触から咄嗟に顔を背けると、冷たいそれはそのまま輪郭をなぞるように下降して行く。ぞくりと、背筋を走る感覚に眉根を寄せた。そんな私の様子を観察しながら、喉から鎖骨、胸元へと降りていく銃口は女を弄ぶ以外の目的が感じられない。最悪だ。V型に前の開いた服から覗いている部分で一番柔らかな箇所、心臓の上あたりでぴたりと銃口は止まる。

「っ……あ、」

ぐり、と銃口をそこに押し付けられて肩がびくりと跳ねた。恐怖と、高揚と、戦慄が走り抜ける。見上げる先には、ひとりの男が瞳の奥にただならぬ気配を滲ませて女を見下ろしている姿があった。照明の影になった双眸に仄暗い焔が灯っている。毛束から飛び出した金糸が、ところどころきらりと光っていた。押し当てられたところから鼓動が伝わってしまいそうだ。浅くなる呼吸をいったんとめて、ゆっくりと息を吐き出す。

「綺麗な顔して、品のないことをなさるんですね」
「……あの男をここに呼んでくれたら、あなたの好きなように振舞いましょう」
「結構です」

甘やかささえ感じさせる男の台詞に、返す声は温度のないものになる。私は左手で、自分の胸に押し付けられている銃を握った。

「あの人に何かするつもりなら、許しませんから」
「どう許さないって言うんですか?」

細められた目が声もなく笑う。押し当てられていた銃口が退かされると、痕になっているであろう柔らかな皮膚の上を褐色の指先がたどっていった。いやらしい、そう感じる触れ方で、すぐ隣には先ほどまで私を弄んでいた拳銃が無造作にシーツに沈んでいる。悪戯に触れてくるその指をきゅっと握り締めて制すると、男の唇が弧を描いた。

「あなたは女で、僕は男だ」

あっという間に、両腕がベッドに縫いとめられる。元よりろくな抵抗などできなかったが、完全にその術を封じられてしまえばただ男を睨むことしかできなくなった。ふ、と笑った男は難なく片手で私の腕を一纏めにしてしまうと、再び指を動かしてそろりと肌の上を滑らせる。

「あなたを思い通りにすることなんて簡単ですよ……」

次に指先がたどり着いたのは胸に咲く赤い薔薇だった。タイピンでとりつけられたそれに触れたかと思うと、大きな手で花を丸ごと握り込んでグッと上に引っ張る。難なく引き剥がしたそれを、褐色の指がぐしゃりと握り潰した。指の間からこぼれた真紅の花弁がはらりと舞うのを、私はただ見つめることしかできない。

「……最低」
「あなたの好きな安室透と違ってね」

深淵に燻る焔だ。昏い瞳に垣間見える激情が、私の前で、ゆらゆらと揺れていた。




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