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00-1


俺の生涯は、一言で表すのならば欺瞞。それに尽きただろう。
偽りを塗り固めて自身を形成し、常に懐疑の目で狭い世界を見つめていた。
平気で人を欺き、目的の為には手段を選ばなかった。
この手に掛けた者達は死の間際、俺に悪魔を見たに違いない。
見た目はどこにでもいる普通の男だったが、何でもないことのように、息を吐くように、何でもすることができた。
それは私欲のためではない。そもそも偽りの存在に欲などが有ろうはずもない。
全ては愛する国のため。
自分でこの道を選んだのだ。後悔は特にない。
嘘にまみれた人生でも、俺という存在は嘘にはならない。
ここにこうして消えずに座っているのが証拠だろう。
俺の中の絶対的な支配者は自分自身だ。
たったひとつ、その真実さえ胸に抱いていれば良い。
誰に気付かれなくとも、自分が知っていれば良い。

だが、まあ、些か疲れてしまったのも事実だ。
もはや本当の自分の顔は思い出せない。
若き日に確かに空高く掲げた夢や希望も、それが叶ったのかも、分からなくなった。
この年にもなれば大抵の人間はそうなのだろうな。
そうさな、もし生まれ変わることができたのならば、今度は自分のために生きるのも良い。
本名を名乗り、友人と心から話し、ごく普通の恋をしてみたい。
晴れた日には街に出て、それから……。


年老いた男は、そこまで考えて瞼を閉じた。
背を預けるロッキングチェアが風を受けてゆっくりと前後に揺れる。
今日は気候が穏やかだ。ロングアイランドの冬は終わったばかりだが、風がだいぶあたたかい。木々が柔らかに揺れている。擦れ合う葉の隙間から、きらきらとした日光がときおり降り注いでいた。収穫時期を過ぎたハーブは白い小振りの花を大量に咲かせていたが、綺麗に揃えて植えられたそれらは放置されたわけではなく、きちんと手入れが行き届いている様子が見てとれる。
訪う人がなくとも、そういったことは大切なのだと男に語った人がいた。
その人物の名前が何だったか、もう男は忘れてしまったが、遠い日に教えられた偽りの名前などさして重要ではない。

もうじき男も、その人と同じ場所に行くのだろう。

……本当の名を、聞いてみるか。

それきり、老人が目を開くことはなかった。


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