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24-2



午前中はぼんやりと過ごし、昼食のトレイを廊下の配膳車まで置きに行って戻ると、部屋のドアを少しだけ開けて中を覗き込む小さな姿を見つけた。

「ナナシさん、助け出された時のこと覚えてる?」
「……ううん、全然」

久しぶりでもないはずだが、知った顔にようやく会えてほっとする。病室にひとりでやってきたのはコナン君だった。
全てを見届ける前に倒れた私には、何がどうなったのか分からないままだ。

「それにしてもびっくりしちゃった。ナナシさんの後をつけていったら建物が燃えてるんだもの」
「ごめんね心配かけて……そっか、コナン君が助けてくれたんだね。ありがとう」

私もまさかコナン君から事の顛末を聞くとは思わなかった。電話の途中から記憶はない。あの作戦は本来ならば入念な下準備が必要なもので、やるとしてももっと落ち着いた環境を想定していた。予想外のことばかりが起こって結局は炎の中で決行することになってしまったが、そもそもコナン君の道具がなければ実現しなかったものだ。念のため、あの場所に借り受けた変声機を持ち込んでいたことは正解だったと言えよう。

「ボクは発信器を辿ってナナシさんの居場所を教えただけだよ」
「あ……警察の人だった?私を運んでくれたのって」
「……まあね」

彼は私の持つ発信器から居場所を特定し、煙の中を救出しにきてくれたのだ。考えてみれば、最初から私の行動はコナン君には丸見えだった。この子がただ道具を貸すだけで大人しくしているはずもない。あのまま倒れていたら私は確実に死んでいたので、命の恩人ということになる。今後ますます頭が上がらなくなってしまったではないか。

「…………ジンやベルモットは何か企んでたみたいだけど……ナナシさん、知ってる?」
「コナン君、あのふたりに会ったの?」
「ボクがナナシさんのところに向かってる最中、あのふたりを見かけたんだ。手は出せなかったけど……ベルモットに電話がかかってきて……そのあとこう言ってたよ?八坂はDIHの人間じゃなかった、って」
「そう……」
「それどころか、すっごく怖ーい組織の人間だから絶対に深追いするな!って電話の相手に言われたらしくて、慌てて引き上げていったんだ」

大きな身振りで、どこかわざとらしく説明してくれるコナン君に苦笑する。

ラムは情報本部が黒の組織に潜り込んでいるのではないかと以前から疑っていた。そんな折にジンの元にもたらされた、八坂がDIHの人間だったという有川からの偽の情報。
真偽を確かめるため、入手した情報本部の一部構成員のリストをベルモットに託したラムは、彼女からリストに合致する大場が研究所内にいたという報告を受ける。DIHは数千人規模の職員で構成されているため、全員の顔を瞬時に確認することは不可能だ。おそらくそのリストは、直近で存在を抹消された者だけに絞ったリスト。犯罪組織に潜入する、または長期間の捜査を行う時……異動したことにしたり、すべての名簿から名前を消すなどの処置が取られるため、通常の在籍確認では意味がないと知ってのことだろう。運が良かったのか悪かったのか、大場は退職したため名前を消された扱いだったということだ。
研究所に姿を現した大場が本物のDIH構成員だったということは、有川から提供された情報も本物と見て間違いがない。そうして、本部を急襲する命を出すに至った。

しかし結果としてそれは撤回されることになる。彼らは引き上げ、情報本部への攻撃も未遂に終わった。

「ナナシさん……何かした?」
「煙に巻かれて気を失ってたから……」
「ボクはあの日病院までついて行ったけど……ナナシさん自身に怪我は見当たらなかったのに、握り締められてるスマホだけが割れてたんだ。あれって、どこかに電話をかけて、その履歴を見られたくなかったから自分で壊したんでしょ?」
「……え?……そ、そういえば電話はしてたかな……持ったまま倒れたから割れちゃったんだと思う、けど」
「あの状況で電話?通報はなかったって警察の人が言ってたから、助けを呼んだわけじゃないよね」
「…………」
「火事の中でわざわざ?誰と話したの?」
「昔の知り合い……のような……そうでないような」

誤魔化しきれずに電話をしたことを吐いてしまう。正直、スマホを壊したことはまったく記憶にない。倒れ込む時に割れたのでなければ、無意識にそうしたんだろう。でも全然覚えてない……頭突きで割ったのだろうか?おでこをさすってみるが痛くもない。何してるのとコナン君に言われて手を引っ込めた。

……情報本部を攻撃せよ。一度動き出した犯罪組織のミッションを止めることは容易ではない。采配する人物にもよるが彼らは案外、慎重に調査を行った上で行動に移している。それならばまだ止められる可能性があった。
もし八坂がDIHの人間ではなく、まったく予想だにしない組織の人間だったのなら、彼らの行動目的の根底は覆される。問題はそれを伝える手段だ。緊急時においてその情報の出所は最重要……単に情報屋が持ってきただとか、タレコミがあったとかいうことでは信用されないし、伝言ゲームをしている間に市ヶ谷は吹き飛ぶだろう。そこであの電話だ。




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