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21-2



「……国を離れてまで、あなたはどうして?」
「時間もあることだし……聞く?昔話」

まるで最初からそのつもりだったみたいだ。この男の私に対する態度は始めからあまりにも変わらない。正体を見破ったのだ、息の根を止められたっておかしくはないのに……。
なぜ、私なんだろう。呼び出しに簡単に応じた男は、こちらの返事を待たずに話し始めた。


子供のときから犯罪に手を染めていた。それは生きた時代がそうだったとしか言えないが、繰り返される中東の紛争で疲弊する国家はまるで機能しておらず、その日をどう生きるかで精一杯で、盗みを働いたり、人を傷つけても悪いことだという意識はなかった。両親は最初からいないのか、途中でいなくなったのか定かではない。他の子供と同様に煤にまみれて路上にいるところをある人に拾われた。

「その人がまぁ育ての親みたいな感じで……国の諜報機関の構成員だったんだよね」
「じゃあ、その人に倣ってあなたもその組織に?」

子供は洗脳しやすく、親となれば裏切られることもない。拾われた子供達が教育を受けて組織に属するのは自然の流れだったというのは想像に難くない。その諜報機関は国民ならば誰しもが知る組織だ。入るには何年もかけて適性を判断されるのが普通だが、元から素質があったのだろう。男はあっという間に国のために身命を賭す立派な諜報員になった。その日暮らしだった時は国を恨んでたのにね、と笑う顔に負の感情は一切見られず、単純に勤めを全うしていたことが窺える。中東の諜報機関というと物騒に聞こえるかもしれないが、彼らは決して危険なことばかりをしているわけではない。給与も他の職業と比べて高いということはなく、むしろ少ない。国のためにという信念がなければできない仕事だ。
拾われてから20年と少し。やがて育ての親は組織内の権力争いの果てに反逆の罪を着せられ、対立派閥によって追放されてしまう。これまでの功績によって処刑だけは免れたが、ほぼ軟禁状態になり自由には活動できなくなった。

「ま、どこにでもある話だよ。それで結構年だったこともあって死んだ」

そして、その人物の子飼いであったこの男も暗殺から逃れるために身を隠し、以降は市街地で雇われの仕事をしつつ独自に収集した情報を売るなどして生活していた。そんな折だ。国際的な犯罪組織の幹部が男の目の前に現れたのは。時勢に明るいことと諜報能力を買われて組織に誘われた男は、以降国を離れることになる。

「それがジン?」
「ああ……国にはアメリカからの援助で軍事工場が大量にあったからな。奴らは貿易の拠点を作るのが目的だったみたいで、それが出会い」
「……?」
「恨むどころか感謝するところだろ?普通は」

居場所を追われた男をジンが助けたのだ、ジンにとっては恨まれる筋合いなどないだろう。
けど、と、男が低い声で呟く。出会ってから初めて、男の感情の動きを感じたような気がした。

「あいつは俺に会う前日、別の場所にあった密輸に使っていた中継地点を粉々に吹き飛ばしたんだ」

ジンの組織は近年国際的に有名になった犯罪組織で、豊富な資金源で世界各国に様々な拠点を持っていた。彼らを追う政府の諜報機関は数多く存在し、吹き飛ばされた中継地点にもそんなスパイが紛れ込んでいた。捕縛せずに全部吹き飛ばすとは些か乱暴だが、何人か疑いのある人間がそこにいたのかもしれない。事故に見せかけて爆破された工場と、近くにあった丘は巻き添えで跡形もなくなった。……そこは国の魂が祀られた土地。男の育ての親や同胞が眠る場所だった。国のために殉じた人々のための、何人たりとも侵すことは許されない禁足地だ。おそらくは何も知らずに吹き飛ばしたのだろうが、知っていても別の方法を取ったかどうかは怪しい。だから……殺しにきたんだ。俺は俺の信念で奴を葬り去ろうとしている。男はそう言った。個人的な恨みかといえば、そうではない。この男は心の底から祖国の組織の人間なのだ。

「……そうなの」
「ま、そういうわけで……ジンは君を俺だと思ってたみたいだから、君には協力してもらおうかな。そうしたら、あの名前は忘れてやってもいい」
「…………協力って、私みたいな女がそんな大役をこなせるって本気で考えてるんですか?」

強大な組織の幹部を殺す。そんな大きな作戦に私のような一般人を投入する意味が分からない。元からこの男は仲間がいる様子もなく、ひとりだ。自分だけで動いた方がずっと成功率は上がるだろう。私はこの男の前で何も見せていない。銃を撃ったわけでも、暗号を解いたわけでもない。普通の女であるはずだ。相変わらず私を知っているように話を進めるのは一体なぜなのか。訝しむ私の顔を眺めた男が目を細める。

「君が前に言ってた通り俺の組織ってさ、法的には存在してないんだよ。だから何をしようが罪には問われない。それこそ破壊活動をしたり、人を殺しても」
「…………」
「その行動の全ては国のためだ。構成員になるには数年をかけて適性を判断される……そんな俺達の組織だけど、本国とは別の国で活動してる特殊な部隊がいる」
「…………」
「組織内でもこのことはトップシークレット。選ばれた人間しかそこには行けない。アメリカに本拠地があることは知られてるけど、内部の人間でも彼らが何ていう名前で何をしているのか知らないんだ。俺の育ての親はそことちょっとだけ繋がりがあってさ……もちろん職務内容は話してもらえなかったけど、その特殊部隊のある人物にそれはもう心酔してて」



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