Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

19-6



掴まれた手はもちろんびくともしなかったので、せめて悪さをしないようにと指を伸ばして安室さんの手首を逆に捕まえた。女の手首なんて軽々と一周してしまう褐色の長い指とは違って、私の指が短いせいなのかがっしりとした男の手首はとても掌に収まりきらない。
そうやって脱がされるのを阻止しようとする私の努力をよそに、安室さんは意にも介さず再び上半身を倒して顔を寄せてくる。先ほどの物騒な言葉とは裏腹に優しく唇を吸われた。感触を確かめるように触れあわせ、上唇を浅く口に含まれると、もどかしい擽ったさに吐息が漏れる。さらさらとした金色の前髪と擦れあって、時折触れる彼の肌はじわりと熱を持っているようだった。こちらから積極的にこたえることも憚られて、男が瞼を閉じてキスを繰り返す様を思わずじいっと見つめる。間近すぎてむしろ見えないけど、顔がいい。何もかも整ったパーツだなぁと考えていると、薄っすらと目を開けた彼が少しだけ唇を離した。瞼から覗いた青い瞳と視線が交わってどきりとする。

「口、開けて」
「…………」

目、閉じてって言われるかと思った。男前な安室さんは私が至近距離で凝視していてもまったく気にならないらしい。唇のふちをぺろりと舐められて反射的に瞼が動く。舌で割り開くように差し込まれ、渋る私の唇をあっさり開かせていった。ぬるりと侵入してきたそれに抗議の意味で軽く歯を立てると、瞬きをひとつした安室さんは角度を変えてがぶりと噛み付いてくる。

「ん!」

大きな口でそうされると食べられてしまいそうだ。さっきまで浅い位置でうごめいていた舌が強引に押し入ってきて、往生際悪く逃げる私はすぐに絡めとられてしまう。うすうす気付いていたけど、安室さんの舌、長い。それでもってやはり体格的な問題なのか、性差なのか、肉厚なのですぐに負ける。熱い舌先が口内を確かめるように探り、神経の集まった粘膜をなぞった。いやらしい、と感じる動きで。触れるか、触れないかの加減で上顎をツツと撫でられてびくりと肩が跳ねる。慌てて男の肩を押したところで、両腕が解放されていることに今さら気付いた。しかし力いっぱい押しても、引っ掻いても、異様なまでにびくともしない。そもそも相手は私より遥かにウエイトがあり、覆いかぶさるような体勢なのだから退かすのは無理である。

「……ッ……ぅ……ん、……」
「…………はぁ、」

互いの吐息が混じり合って零れた。深い口づけになってからずっと瞼を閉じて行為に耽っている男の顔にどきりとして、頭の芯が痺れる。この人は一度これだと思ったことに対して異様なまでに熱心だ。根がまじめなんだろう……こういうところで発揮しなくてもいい。性急なわけでもないのに他のことが考えられない。ちゅくりと、ゆっくりと絡み合うように水音が響く。中はもはや舌の届く範囲で触れられていないところがないくらい隅々まで舐られている。……もうお嫁に行けない。甘く淫靡に絡みあう粘膜が温かく溶けていって、どこからが安室さんの舌なのか、境界が曖昧になるようなふわりとした感覚に侵される。ただ擦りあわせるのが途方もなく気持ちいい。
これは最初から確実に弱らせにきている。引き剥がすことを諦めた私は仕方なく、両手を伸ばして彼の首に腕を回した。元から体温が高いのもあるけれど、直に触れる肌はやはり熱い。見た目はそこまでがっしりとした体格に見えないのに、抱きついてみると逞しい男の人だ。均整のとれた肉体とでも言えば良いだろうか、外見をよく見せるためだけに鍛えた硬い体とは別物である。回した手に触れた大きな肩甲骨から遠慮がちに撫で上げて、首筋に指を這わせる。

「っ……!」

その瞬間、絡めていた舌を強めに吸われて皮膚に爪を立ててしまった。おそらく痛みに呼吸を一瞬乱した男は動きを止めるどころか、長い指を私の髪に差し入れてやや乱暴に頭を掴んでくる。本当に食べられてしまうかもしれない、少しだけ危険を感じて彼の頭を撫でると、何がまずかったのか余計にキスが激しくなった。……違う。

「……んん……!」

ど、どうしてそんなにキスしてくるの?内心私は焦っていた。このままでは最速で弱ってしまう、負けちゃダメだ。よく分からない反抗心から指通りの良い後頭部の金色の髪をさわさわと探って、毛束を緩やかに握り締める。そして……思いきり後ろに引っ張ってやった。

ぷは、と音がしそうなほどに勢いよく唇が離れて、こくりと喉を鳴らす。何?とばかりに安室さんが見てきたので、私は両手を自分と安室さんの間に持ってきて手のひらを彼に見せた。待て。もう息も絶え絶えなんです。見たら分かりますよね?見上げる安室さんは珍しく呼吸がはやい。ふぅ……と息を吐いて、濡れた唇を自らの舌でぺろりと舐めた。ネイビーのシャツも私がもみくちゃにしていたので乱れている。あまりにもアダルトな画だ。視界を遮る自分の指の間から堂々と観察していると、褐色の指が伸びてきて再び掴まれてしまう。そして安室さんは言った。

「ナナシさん……キスしてもいいですか?」
「…………さっきから……ずっと、してますよね……」

この男は何を言っているんだ。思わずじとりとした視線を送る私を上から眺めて、彼はにこりと笑う。その顔は爽やかな笑顔だったが、いつもより軽く5秒は早く元の表情に戻ったので、隠しきれていない獰猛な男の部分を感じてしまった私の心臓は痛くなった。首を傾げた彼の金髪がさらりと揺れる。

「……もっとキスしてもいいですか?」
「……や、あの……もうこの際いいんですけど、優しめでお願いします……」
「じゃあ、これ脱ぎましょうね」
「…………え?」

キスじゃないの?話が繋がらない違和感に瞬きをした私の目の前で、見覚えのある淡いオレンジ色の紐が、彼の手に握られていた。




Modoru Main Susumu