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sphenos


『米花美術館で起きた殺人事件について容疑者は黙秘を続けており……同時に盗難が確認された展示物、ラナン・ドロップの行方は現在も分かっていません。当局は殺人事件との関わりを慎重に捜査しています』

街頭のビジョンに映し出された映像に道行く人が足をとめた。黒布をバックに一目で展示物級とわかる輝きを放つ、大きなオレンジ色の宝石。ドロップという名の通り宝石のカットは丸みを帯びた雫型で、半年前からたびたび話題になっているスフェーンという種類の石だ。説明によると名前の由来はくさびを意味するギリシャ語のスフェノス。結晶が持つ構造がくさび型だからそう呼ばれているらしい。本当に天然でこんなにキラキラするものなのだろうかと思うほどの強い輝きは、石の中を通る光が屈折により角度を様々に変えて目に届くためだ。特にスフェーンはダイヤモンドをも超える光の分散率を持っていることで有名で、近年とても人気が高くなっている。

先々週に起きた美術館の殺人事件……犯人は館内で確保されているが、同時に展示の目玉であったラナン・ドロップが何者かによって盗まれてしまったのだった。混乱に乗じた場当たり的な犯行だったのか、殺人事件の犯人と関係があるのかは分かっていない。爆弾だのと騒いでいたがニュースになっていないところを見るに、それは混乱から出た偽の情報だったのだろうか。

「あれだよ!このあいだ米花美術館から盗まれた宝石!」
「大きいですね……」
「へー、怪盗キッドが盗んだんじゃねーのか?」
「それは違いますよ。怪盗キッドはいつも予告状で知らせてから盗むでしょう?それがないってことは……」

ランドセルを背負った小学生達が小走りで私の目の前にやってきて、モニタを見上げた。男の子が二人と女の子が一人。下校途中だろう。怪盗キッドというのは世間を騒がせている泥棒の名前だ。白いタキシードとマント、それにシルクハット姿という奇抜な出で立ちで、神出鬼没にどんな場所にでも現れる。厳重な警備をかい潜り、目的のものを奪って闇夜に消える……私はテレビでしか見たことがないが、大仰で芝居がかった立ち振る舞いは何かのショーみたいだった。その鮮やかな手腕からカリスマ的人気を博しており、ファンも多い。きっと子供達の間でもよく知られた存在だ。

「ホラあなたたち、そんなところで立ち止まってたら邪魔になるじゃないの」

モニタを見上げている三人の子供達にそう言って近づいてきたのは、同じ年頃の女の子だった。その後ろに男の子もいる。促されてこちらに振り向いた三人が私に気づき、あっと声をあげた。

「お姉さん、ごめんなさい」
「ううん、私も画面を見てたから大丈夫」

小学一年生だろうか、ランドセルが大きく見える。年の割に随分しっかりしているなぁと考えて、行き先が同じ方向らしい子供達の後ろをゆっくりと歩いた。……待ち合わせの店はもうすぐのはずなんだけど。

「ねえお姉さん、何か探してるの?」
「えっ?」

スマホを取り出して地図を眺めながら歩いていた私に、三人に後から合流した男の子が声をかけてくる。眼鏡をかけて大きな目をした可愛らしい子だ。しゃがんで目線を合わせると、他の子もなになに?と周りに集まってきた。

「そうなの。ポアロっていう喫茶店なんだけど……」
「姉ちゃんポアロに行きたいのか?」
「歩美知ってるよ!」
「ほんと?」
「ええ、僕達はポアロの常連ですから!」

眼鏡の子ではない最初の三人が口々に喫茶店を知っていると言ってきた。さすが地元の子供達だ。こんなに小さな子が揃って知っているのだからよく知られたお店なんだろう。かく言う私だって米花町の端っこに住んではいるけれど、越してきたのは二年前だ。まだこの辺りのことまでは把握できていない。

「じゃあ、お姉さんに道を教えてくれるかな?」

いいよ!と元気な声が揃う。続けて「案内はコナンがするからよ!」と、丸々としたいい体格の男の子が胸を張った。

「……こなん?」

首を傾げた私の前にさっきの眼鏡の男の子が進み出て、ボクだよと笑った。名前だったんだ。コナン君はちょっと苦笑しているようでもある。返事だけしっかりして、結局自分に回ってきたから微妙な顔をしているんだろう。
みんなで歩きながら眼鏡の子に尋ねる。

「よく私が何か探してるって分かったね?下からじゃスマホの地図を見てるのも見えなかったはずなのに……」
「お姉さんが街頭モニタを見てた位置だよ……この時間、あそこは横の道から自転車が結構飛び出してくるから危ないって有名なんだ。それを知らないってことはこの辺りに詳しくないんだと思って。歩くのもゆーっくりだったしね」
「……すごいね……!?」

たったそれだけで、というか、一瞬でそこまで見ていたなんて。本当に小学生?思わず驚きの声をあげた私に、男の子はハッとしてから「なんだったっけ?」とでも言うようにエヘヘと笑った。その隣で茶髪の女の子が呆れ顔をしている。いつもの慣れたやりとりみたいだ。ふたりとも随分大人びている。
この辺りはもう五丁目だ。それぞれが手を振って家の方角へと別れていく中で、コナン君は最後まで一緒にいた。そして私でも「ここだな」と気付くほどにお店の外観が見えてきたとき、彼はぴたりと足を止める。

「じゃ、ボクの家ここだから」
「う、うん……ありがとう。すごく助かったよ」

ボクの家、ここだから?彼が立ち止まったのはポアロの入口より手前にある階段の前。といっても、同じ建物だ。
見上げてみるとお店の上のガラスには大きく毛利探偵事務所と書かれており、そのまた上の三階には居住スペースらしきものがある。なるほど、ここがお家だったというわけだ。
毛利探偵事務所って、もしかしてあの有名な毛利小五郎だろうか。米花町に事務所があるらしいことは噂で聞いて知っていたけど……あんなに有名で新聞やテレビに出ているのに、事務所はわりと普通の大きさだ。コナン君は毛利探偵の息子にしたらちょっと小さすぎるような気もするので関係はないのかもしれない。初対面の小学生に尋ねるのもどうかと思い、私はお礼を言うに留めた。事案はそこいら中に転がっているのだ。
小さな手を振ってバイバイしてくれるコナン君に手を振り返して、階段をのぼっていくランドセルを見つめる。
そういえば「れいくん」はどの辺りに住んでいるんだろう。急に電話が繋がらなくなって、ちょっとは寂しいとか思ってくれていたりするのだろうか。また偶然電話が繋がってくれないかなと思う一方で、それは無理だと感じる自分もいた。……すべてはあの不思議な村のせい。そんな気がする。
コナン君を見送ったあと、数歩進んでガラス越しにポアロの店内を覗いてみる。見た感じ、待ち合わせ相手は来ていないようだ。道に迷うかもと思って余裕をみて家を出たおかげで、早く着きすぎたらしい。
カラン、とドアベルを鳴らすと、こちらに振り向いた店員さんと目が合った。



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