第十四章
 ピノッキオはべらべらコオロギがくれた助言を聞かずに暗闇の中に入っていき、暗殺者たちにばったり偶然たまたま出会う

「ほんとうに」
 人形はふたたび旅の道にもどりながら、ひとりごとを言いました。

「ぼくや、ぼく以外のかわいそうな少年こどもたちはなんて不幸なんだろう。誰もがぼくらを叱り、誰もが僕らをいましめ、誰もがぼくらに助言する。ぼくらがあいつらにそう言われるままにしていたら、あいつらはぼくの父親だとか、先生だとかになってしまうんだ、べらべらコオロギだってそうさ。そうだろ、だって、ぼくはあのうっとうしいコオロギの言うことは聞きたくないんだもの……あいつによれば、ぼくにどれだけの災難が起きるか分かったものじゃないから!暗殺者たちにも会わなきゃアな!暗殺者なんて信じてないし、信じていたことすら一度もないさ!ぼくとしては、暗殺者というのは夜に出かけたがる子どもたちを怖がらせるために親御おやごさんたちがわざわざ発明したものだと思っているからね。だもんで、このあとに、もしぼくが道すがらそういうのを見つけたとしても、奴らはぼくに恐怖を与えるだろうかね?夢でもありえないね。ぼくはこう叫びながら、奴らの顔に突っ込んでいくよ『暗殺者さま〜〜、ぼくから何がほしいの?!覚えておけよ、ぼく相手におふざけは効かない!ここから去らないなら自分の現場について、黙ってろ!』この口達者なもの言いをまじめにカマしたら、哀れな暗殺者たちは風のように逃げ出すだろうね。もし彼らがものすごく教養がなくて、逃げたくない感じだったならば、ぼくが逃げちゃって終わりにしてあげてもいいと思……」

 けれど、ピノッキオは彼の思想を最後まで言い終えることはありませんでした、そのときに背後に、とてもかすかな木の葉のざわめきを聞いたような気がしたからです。
 ピノッキオが振り向くと、暗闇の中に石炭袋せきたんぶくろで全身をつつんだ黒色のみすぼらしい姿が二つあり、まるで二体の幽霊のようにつま先で立ち、跳ねながら後ろを追いかけてくるのが見えたのです。

「ほんとにいるじゃねーか!!」

 ピノッキオはそうひとりごとを言ってから、四枚の金貨を隠す場所を考えることすらできなかったので、それらを口の中に、より正確にいえば、舌の下に隠しました。

 それから彼は逃げようとしました。けれども逃げる最初の一歩を踏み出してもいないうちに腕をしっかりとつかまれ、ぞっとする陰気な洞窟のような声が二つ聞こえてきたことを理解すると、どら声の主はこのように言いました。

「お前の財布か、命だ!」

 ピノッキオは言葉で答えることができず、というのも口に金貨が入っているからですね、この不吉に偶然出くわした二人に理解してもらうために通常の一千倍ばかていねいに、千種類の身ぶり手ぶりで答えようとすると、彼らの目が袋の穴からぎょろっと見え……、ピノッキオは自分はかわいそうな人形なので1チェンテジモ(※1セントのこと)の偽札にせさつも持っていないことを伝えました。

「そら、とっとと無駄口を叩かず金を出す!!!」

 おいはぎ山賊武装グループの二人はひどい剣幕で脅して叫びました。
 なので、人形は頭と手を使って「何も持ってない」の合図サインを出して伝えました。

「金貨を出さないと死なす」
 と背が高いほうの暗殺者が言いました。

「しなす!」
 と、じゃないほうの暗殺者が言いました。

「お前を殺したあと、お父さんも殺す!」
「おとさんもころす!」
「ヤダヤダヤダーーーーッッ!ぼくのかわいそうなお父さんーーッ!」

 この世の終わりのような声色でピノッキオは叫びましたが、それによって口の中の金貨が鳴り響いてしまうわけだ。

「ははあ、なるほど!悪党め!つまり、舌の下に金貨を隠したってわけだな?今すぐ吐き出せ!!」

 けれど、ピノッキオの口は堅牢けんろうだぜ!

「ははあ。なるほど!聞こえないふりをしているな?しばしお待ちを、吐き出させてやろうな!」

 さてマジで、一人は人形の鼻先をつかみ、もう一人はアゴをつかみ、二人は粗野に人形をあっちへこっちへと、ぶっき始め、それは無理やり口を大きく開かせるためのことでしたが、どうにもなりませんでした。人形の口はくぎで打ちつけ強化されているように見えさえしました。

 だから背の低いほうの暗殺者は大きな包丁ナイフを取り出して、梃子テコの原理とノミの流儀で人形の唇にたたき込み、掘り返そうとしましたが、ピノッキオは閃光のはやさでその手に歯で噛みついたものだから、暗殺者の手はばっさりと一撃で噛みちぎられるまでに至り、吐き出してみるとーーこの驚きを想像してみてほしいのですがーー、手のかわりに地面に落ちていたのは、ねこちゃんのちいちゃい前足だったのです。

 この初勝利に勇気づけられ、ピノッキオは暗殺者の爪から力いっぱい逃げだし、生け垣を飛びこえ道に飛びだし、田園地帯を逃走してゆく、さあ暗殺者は彼の後ろを走ります、すぐ後ろはイヌのよう、さらに後方は野ウサギのようだ、やはりこの走法は片方の小さい前足を失い、片足のみとなったからでしょうか、もはや何が起きているのか知ることすらできませんがどうなるでしょうか。

 十五キロほど走ったところでピノッキオに限界がきました。それから自我をなくして、とても高い松の木の幹によじ登り、枝先のところに腰かけました。暗殺刺客たちも登ろうとしましたが、幹の半分らへんで足を滑らせて地面へと再び落ちてゆき、おてて や あんよ をりむきました。

 だからといって、この落伍者たちは諦めませんよ、諦めるどころか松の木の根本にかわいたたきぎをあつめてから着火しやがりました。何か言う間もなく、松の木は焼き尽くす炎で燃えさかり、風に揺られるろうそくの火のようになりました。ピノッキオは炎がどんどん上昇していくのを見て、焼肉の串となりて最期を迎えるのは嫌だと思い、木のてっぺんから美しい跳躍をして離脱をかまし、野原やぶどう畑を横切って逃げ走りました。さらに後方を暗殺者たちが、つねに背後を陣取るのは暗殺者たち、まるで今まで疲れたことが一度もないかのよう。

 そうするうちに陽が見え隠れし、明るくなり始めても彼らはやはり走っていましたが……、ちょうどそのときピノッキオは不意にあたりの道がとても幅広くて深い用水路に阻まれていることに気がつき、そのみぞは汚く不潔な水がいっぱいでカフェラテと同じ色をしているのです。何をすべきでしょうか?『Una, due!tre!いち、にの、さん』と人形は叫んでから、力いっぱい助走をつけて身を投げ出し、向こう岸へジャンプしました。さらに暗殺者たちもジャンプしましたが、飛距離の採寸さいすんがうまいこといかず、『ぱたとぅんふぇて!※』と用水路の中途半端なところに美しく落下しました。

 ピノッキオは早くも、奴らが美しく溺れていることを想像いたしましたから、振り向いてそれを見守ろうとしたらそうでもなく、彼ら二体はどちらも後方から追いかけてきており、両方とも底なしバケツ二杯ぶんの水をぶっかけられたような袋にくるまれていました。

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注釈
※ぱたとぅんふぇて!……原文表記は"Patatunfete!ぱたとぅんふぇて"。 『ピノッキオの冒険』にだけ出てくる独自のイタリア語擬音語オノマトペ。動物二体が水に落ちる音。


◆出典元
『ピノッキオの冒険』 AVVENTURE DI PINOCCHIO
作   カルロ・コッローディ Carlo Collodi
出版社 Felice Paggi Libraio-Editore  出版年 1883年
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