第二章
  さくらんぼ親方は一片の木材を友人のジェペットにプレゼントし、ジェペットはその木材で踊ったりフェンシングしたり、宙返ちゅうがえりをしたりする人形を自作する

 そのとき、ドアが叩かれました。
「どうぞ……」と大工は立ち上がる気力もなく、言いました。
 それから元気なおじいさんが大工の工房に入ってきました。名前はジェペットといいますが、近所の男の子たちからは、彼の頭の黄色いヅラがとうもろこし粉で出来たお菓子のポレンディーナに似ているからと、ジェペットを怒らせたいときにポレンディーナと呼んでいました。

 ジェペットはとても苛立ちやすいのだ。ポレンディーナと呼んだらタダでは済まさないからな! 呼べばたちまちにけだものとなり、その力を抑えることが出来ない。


「おはよう、アントニオ親方」
 ジェペットが言いました。
「地面で何をするんだい?」

「アリにそろばんを教えているんだよ」
「がんばってな〜」
「ジェペット、君をここに連れて来たのは何だい?」
「足だよ。分かるでしょう、アントニオ親方。君の親切心をたずねに来たんだよ」
「よし来た、仕事をしようか」
 これは大工が起き上がり、ひざまづいてから言った言葉です。

「今朝、脳に素晴らしいアイディアが雨のように降ってきたんだ」
「ほう、聞こうか」
「素晴らしい人形を作ろうと考えたんだよ、ダンスやフェンシングが出来て宙返ちゅうがえりもする奴だ。この人形と一緒に世界をまわりたい……、そしてパンやワインを偶然見つけたりしたいんだ、なあ、いいと思うだろう?」

「そりゃいいな、ポレンディーナ!!」

 と、どこから聞こえてくるのか分からない例の小さい声が叫びました。ポレンディーナと呼ばれた瞬間、ジェペットの顔は見るまに赤ピーマンのようになり、激怒憤慨し、大工に向かってこう言いました。

「なんで怒らすの?!」
「誰が怒らせてるって?」
「ワシにポレンディーナと言ったろう!」
「ワシじゃあねーよ」
「じゃあワシだって言うのか、お前だろ!」
「ノォ!」
「そうだ!」
「ノォ!」
「そうだ!」

 どんどん白熱していった二人は、罵りあいから実力行使へと発展し、取っ組み合い、引っかき合い、かみ合い、叩き合いをするようになりました。
 この闘争の末、アントニオ親方はジェペットの黄色いヅラを手にしていることに気づき、ジェペットは大工の灰色めいたヅラを口にくわえている自分に気がつきました。


「ワシのカツラを返せ!」
 アントニオ親方が叫びます。
「ワシのを返してくれたらこの場に平和を戻してやってもいい」
 二人の老人はそれぞれのヅラを取り戻すと、かたく握手をし、これからもずっと一生の友達でいることを誓いました。
「人生の相棒、ジェペットさんよ」
 大工がある種の和平わへいあかしに言いました。
「あんたはワシに何をしてほしくてここへ来たんだ?」
「人形を作るための木材がほしいんで、ゆずってくれんか?」

 アントニオ親方はとても満足げにすぐさま作業台に行くと、己の恐怖の原因となっているあの木材を持ってきました。
 しかし、木材を友人に渡そうとしたとき、木材はピクッと激しく動いて大工の親方の手から滑り落ちたため、かわいそうなジェペットのすねに強く当たってしまいました。
「おお!!アントニオ親方、あんたはその礼儀正しさからこんなにも美しい立派な財産を手放すのかい?……けどさっきの一撃で廃人化するところであったわ……!」
「さっきのは誓って、ワシじゃない」
「じゃあワシがやったことになるじゃん?」
「全ての罪はこの木材から生まれ出ずるものなのだ」
「木で打たれたのは知ってるけど、これをワシの膝に投げつけてきたのはあんたじゃろ?」
「投げつけてねえってば」
「うそつき!!!」

「ジェペット、ワシを怒らせるな。またポレンディーナと呼ぶぞ……」
「このロバ!!」
「ポレンディーナ!!」
「無知のロバ!!」
「ポレンディーナ!!」
「醜いヒトモドキ!!」
「ポレンディーナ!!」

 「ポレンディーナ」の名を三度と耳にしたとき、ジェペットの目は輝きを失くし、大工の元へと歩いていきました。もはや略奪されたようでした。

 この聖戦が終わったとき、アントニオ親方は鼻に二つの傷を発見し、ジェペットは自分のジャケットのボタンが二つ少なくなっているのに気がつきました。
 こうして戦いの清算を済ませた彼らは握手をし、生涯、良い友達であり続けることを誓いました。
 それからジェペットは素晴らしい木材を手に持って、アントニオ親方にお礼を言い、撃ちつけられた膝の方の足を引きずりながら家に帰っていきました。


◆出典元
『ピノッキオの冒険』 AVVENTURE DI PINOCCHIO
作   カルロ・コッローディ Carlo Collodi
出版社 Felice Paggi Libraio-Editore  出版年 1883年
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