配達人とミツユキ




◎読める方は『瑞樹くんの童貞卒業その後の話🤍_後編』読後推奨です。



 大手家具屋が、社の独自サービスとして購入した家具のお届けサービスを開始するとかというので話題になったのはいくらか前。そのサービス開始に向けて大々的に貼り出された求人に滑り込んで職にありついた一介のドライバーごときが気にすることでもないだろうが、こんなことをしていて採算は取れるのかなんて思う。
 こんなふうに日曜の夕方にまで車を走らせたあとに重たい荷物を抱えているときなんかは、特に。

「お届け物です」

 と、馬鹿でかい段ボール箱を身体全体で支えるようにしながら、インターフォンを押してすっかり馴染んだ言葉を口にする。

―、はい」

 ややあって微かなホワイトノイズ混じりの応答が返ってきた。男の声だ。思っていたよりも若々しく、張りのある声だと思った。
 少しの物音の後で玄関ドアが開かれると、妙に湿り気を帯びた暖気が部屋の中から零れ出す。
 朝晩はまだ冷え込むとはいえ、春も真っ盛りのこの時期に暖房でもつけているのか。
 手持無沙汰に荷物に視線を落としていた俺は驚きに思わずぱっと顔を上げる。そうして目の当たりにした男の思わぬ容貌に、俺は社のロゴが入ったダサいキャップの奥で一層目を見張った。

(か、顔がいい……)

 年の頃は二十を過ぎたばかりといったところか。ありふれたアパートの玄関奥から歩み出た男はやたらに顔がよかった。それに加えて色素の薄い髪と瞳……ハーフだろうか。事前に確認していた配達先の宛名からは予想だにできなかった、まるでモデルみたいに整った容姿にさすがに面食らう。
 ついまじまじ眺めてしまった俺に対して、彼は困ったように微笑んで小首を傾いだ。

「あの?」
「あ、すみません。ええっと……、荷物のお届けに上がりました」
「ああ、はい。お世話様です」

 にこりと愛想よく笑う青年の蟀谷を、透き通った汗がひと筋伝う。
 よくよく見てみれば、彼はその全身を仄かに上気させて汗まで掻いているようだった。筋トレでもしていたのか、こんな男前が没頭していると思うといかにも好青年らしい趣味だ。
 俺がインターフォンを押したから、それを切り上げて来てくれたのだろう。体内に溜め込んだ熱を吐き出すような深く細い吐息に、妙な艶っぽさを感じる。

 ―なにを、馬鹿な。

 仕事中にとか、客相手とか、そもそもそういった色んなものを差し置いて男相手だ。

―こ、んかいのお届けは、組立式のラックですね。重たいですから、組立の際はじゅうぶんにお気をつけください」

 くだらない考えを振り払うべく、荷物を抱え直すふりで下を向く。
 その瞬間に、俺は気付いてしまった。変な誤魔化しで視線を逸らしさえしなければ気付かずにいられたはずの、それ。
 ―汗に濡れて肌に張り付いた薄手のシャツをつんと押し上げて、淡く浮かび上がる両胸の突起。
 俺はとうとう見てはならないものを見てしまったような気になって、顔面中からどっと汗が噴き出るのを感じた。頭に血が上る感覚に目眩さえして、今にも崩れ落ちそうだった。

「配達、ありがとうございました。お気をつけて」

 穏やかな声に見送られて俺は逃げるようにその場を後にした。脳味噌に直接指を差し入れて掻き混ぜられたような度を越した興奮を覚えている馬鹿げた自身の惨状に、泣き出したくて溜らなかった。


―――
22/12/19


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