タマキとミツユキ_1




 陽射しの射し込む窓辺の安楽椅子。そこへ深く腰掛けて午睡に微睡む人の、穏やかに伏せられた薄い目蓋。縁取る金色の睫毛は、瑕ひとつなく滑らかな頬に柔らかい影をふっさりと落としている。
 唯一の肉親。血を分けた実兄。
 余暇を正しく使い潰し惰眠を貪る男は、おれにたったひとり遺された家族―兄貴だ。
 兄は、綺麗な容姿をしていると思う。
 日毎、文字通り飽きるほど目にしている顔と身体だ。なのに見れば見るほどその思いが強まるのは、偏にいっそ芸術的とまで呼べるほどに整った容貌のためだろう。
 女っぽいわけではけしてなかった。確かに両親のどちらに似ているかと言われればお母さんのほうに似ているのかもしれないけれども、兄は見るからに男だ。
 だけど、美しい≠ニいう言葉がよく似合う人だった。兄を「彫刻のような男だ」と言う人がたまにいるけど、おれはそれに大いに同意できる。

 ―……マ、兄貴のちんこはあんなにちっちゃかないけどさ。

 何年か前に見た美術の教科書に載っていた画質の粗い写真を脳裏に浮かべる。なんとも言えない笑みが漏れ出す。
 古代ギリシアだかローマだかよくわからん古代、そんな昔に生きていた美的センスに優れた人間が拵えたとされる彫刻は、みんな揃ってやたらにペニスが小さかった記憶がある。
 ちんちん≠竍おっぱい≠フワードだけで一日中げらげら笑えるクラスメイトたちはこの豆粒ほどの陰部を指して面白おかしくいじり倒していたようだが、おれにはその写真が殊更にグロテスクに感じられてまじまじ見ていられなかったのをよく覚えている。
 だというのに、これほどまでに鮮明に思い返せてしまうのがなんだか皮肉だ。一種のトラウマにでもなっていたんだろうか。
 懐かしいような苦々しいような、不思議な気持ちがする。毎日毎日あれだけ身体と心をめちゃくちゃにされておいてなぜだか純情さを保っていた数年前のおれはもうとっくにおっ死んで、今やこんなものに心を動かされることもない。

 過去の脳内回帰旅行から舞い戻って、安楽椅子で寝息を立てる兄を眺める。
 物欲らしい物欲がない兄の部屋は、おれが連れてこられた当初は信じられないほどがらんとしていた。必要最低限の家具すらなかったように見えた。堅牢な鉄格子や強固な錠前がないだけ、監獄よりはましといったところか。
 そのくせ、こういう家具だの器具だのを持ち込まれるとなんだかんだで自分が一番使い倒す。
 この安楽椅子は兄貴の友達が押しつけてきたものだった。初めこそ迷惑そうに地域の粗大ごみの日を確認していた兄貴は、気紛れにと一度身を預けたが最後、すっかり椅子の座り心地をお気に召したらしい。粗大ごみの日を過ぎても椅子が家から消えることはなかった。
 案外、自分の欲しているものを自分でそうとわかっていないだけなのかもしれない。

 時折思う。兄がこんなふうになってしまったのはおれのせいなんじゃないか、って。
 なにかと冷たくて乱暴な兄は、だけどおれを見捨てることは一度だってなかった。若い双肩には重すぎる人ひとりの人生を背負って、重荷でないはずがなかったのに。
 顔がよくて、人当たりがよくて、仕事ができて。これでなんの荷物もない男だったなら、きっと誰もが放っておかない。いや、兄のような男なら欲されるまでもなく自らの幸せを切り拓いていくこともできただろう。
 だっておれさえいなければお母さんもお父さんも生きていたはずで、兄貴は幸せな子供時代を経て大人になっていたはずで。
 ―そうでなくとも、おれみたいな面倒な弟の世話をしなければならないなんて不要な義務感さえなければ、きっと兄は真っ当に生きて真っ当に幸せになっていたはずだ。

「……ほんと、とんだ貧乏くじを引かされたもんだよな」

 あんたは、もっと幸せになるべき人だったのに。


―――
23/12/28

 お兄ちゃんに物欲があんまりないのは自分のほしいものを自分でよくわかっていない≠ニいうのはわりとその通りなんだけど、それよりなによりタマキ欲が満たされている時点で人生に対する満足度がだいぶ高いせいです。
 思ってたよりそんな深刻な理由じゃなくてよかったね、タマキくん。



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