タマキとライセとコイト_1




 アイラインがくっきり鮮やかに引かれた切れ長の目が、顔を突き合わせて話し込む男子・・ふたりをじろりと見比べる。

―前々から思ってたけどねェ、」

 会話の切れ目を狙って差し挟まれた、いかにも苦々しげなコイトの一声。タマキとライセはぴたりと口を噤むと、揃って彼女のほうを見遣った。そんな彼らを見返す大輪の椿のごときかんばせ・・・・
は、やはりと言うべきかわかりやすく不快感を顕にした渋面を作っており、険のある視線を今度はタマキひとりへぐさぐさと浴びせかけている。

「あんた、図に乗ってンじゃないのかい?」
「なにが?」

 きょとん、と。
 彼女の敵愾心もなんのその、タマキの鮮やかに青い瞳がコイトを悪びれず見つめる。
 タマキのそのいっそ稚ささえ匂わせる面持ちは、克明に語っている。彼はコイトの不愉快の種を芽吹かせた要因に思い至らないのではなく、そもそも以前にその事由自体に関心がないのだと。
 タマキの無感動的なふるまいに、とうとうコイトの涼やかな目許にめらりと焔が灯る。彼女は瑕ひとつない真っ白な肌に青筋を浮かべて強気に弧を描く柳眉を一層吊り上げると、黒柿色の机に掌底を激しく叩きつけた。
 ただでさえ脆い彼女の堪忍袋の緒は、最早ぶっちぶちであった。

「ライセの旦那に対する、その馴れッ馴れしい呼びかたのことだよ!」

 異形共からなにやら一目置かれているライセを、(事もあろうに!)人間のくせに「ライセくん」などと呼ぶタマキは、目の前に立つコイトを見上げてなおもきょととんとしている。
 コイトは、タマキのその鈍感な様子により発憤して捲し立てた。

「ライセくん・・だァ? このお方をいったいどなたと心得てそんな無礼を働いてるんだい!? いくら旦那がお優しいからって、調子に乗るンじゃないよ! だいたいね、いったい誰の許しを得てそんな気安く―」
「儂が許した」
「そ、そんな!」

 コイトがタマキにきゃんきゃん噛みつくのをまったり眺めていたライセがやはりまったりと挟んだひと言は、彼女にそれはそれは大きな衝撃を与えた。
 骨の髄までライセに入れ込むコイトが彼の言葉を疑う謂れはないが、それでも誰かになにかを否定してほしくて揺らがせた視線の先で、白けた表情はそのままにタマキがおもむろにダブルピースを形作る。

「許されました」

 ―こ、こンの糞ガキ〜!!

 彼女はその瞬間、自らの全身の血管という血管がぶち切れなかったのが不思議なくらいの激情に見舞われた。いや、実際にはぶち切れていたのかもしれない。これほど、憤死してしまってもおかしくないくらい胸のうちに熱が宿ったのは、コイトが辿ってきた永い永い時の中でもたったの二度しかない。もちろん、今がその二度めである。
 そうするつもりもないのに勝手にふうふうと荒くなる息遣いを仕留めるべく、彼女は自らの豊かな胸に白指をぐっと食い込ませた。そしてタマキを鋭く睨みつける。
 彼女がこの小生意気な童を許せないのは、彼のふてぶてしい態度によるものではない。厳密に言えば、そこにもひと匙ふた匙程度の要因がないとも言いきれないのだが、最も大きな問題はそこにはない。
 コイトは、タマキが身に余る君寵・・を受けながらもそれをちっともありがたがる節がないのが許せないのだ。こういう無礼で、恩知らずで、身のほどをちっとも弁えていなくて、可愛げのないところが、ほんとにほんとにすっごく気に食わないのである。

 さらにさらに許せないのは―。

「なに? なんか言いたいことあるなら言ってよ、コイトさん・・

 ―ライセに対してはあんな無礼をはたらいておいて、なぜかコイトに対しては目上の立場の者と接しているようなふりをするところ!

「……最後にこれだけは言っておくよ」
「なに?」

 いよいよもってコイトはタマキのありとあらゆるなにもかもが許容しがたく、艶のある黒髪を振り乱して彼に詰め寄った。


―あたしのこともコイトちゃん≠チて呼びな! この洟垂れ小僧!」
「わ〜い、コイトちゃんありがとー」

 恋慕う男が自ら底へ沈んでいくというのなら、己だってどこまででも共に堕ちてゆきたい。少なくとも、彼ひとりを置いて汚泥に爪先さえ浸さずにいることは堪えられない。
 恋慕と対峙する秤に、自身の矜持と気に食わない若造への反感とのふたつを載せて、苦々しくも後者を捨てた彼女は紛うことなき恋する乙女であったのだ、まる。


―――
23/08/08


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