俺の決意とあなたの願い
※血のハロウィン後
場地さん、ペヤング持ってきましたよ。
場地さん、半分こしましょう。
場地さん、一口食べたら順番って、
場地さん、俺…、
東卍辞めようかと思ってるんです…。
場地さんが死んだ。
血のハロウィンと呼ばれる抗争。
俺は場地さんのこと、気づいていたのに、気づいてたのに何もできなかった。
これから先どうするべきか、どうあるべきか、何もかもがわからず、何も手に付かずだというのに時間だけは過ぎていく。場地さんの墓の前で俺は今日もペヤングを持って場地さんと一緒にいる。ここに来ることが最近の日課であり、居場所だった。冷たい風が体に吹き付けるけど、最後に触れた時に感じた場地さんの体温を体感するより全然マシだった。
マイキーくんと話した。
何日も何日も。
ねえ、場地さん。これで、良いんすかね。
俺は団地に戻ってきて、見慣れた階段を上る。
一段、また一段と上って動かす足はまるで自分の足じゃないように重いし、呼吸だってこんなに上手くできなのか息苦しい。
行き慣れたはずのこの階段を上り終えて、扉のところにあるチャイムのボタンを押す際に自分の指が震えていることに気づく。
久々に見た場地さんのお母さんは憔悴した様子で出迎えてくれた。なんて、言葉をかけるべきか分からずにいた俺に力なく笑って「圭介の部屋、どうぞ」と招き入れてくれた。
お邪魔します、と小さく挨拶をして靴を脱ぐ。行き慣れた場地さんの部屋に入る。電気のついていない薄暗い部屋の中だけど、そこは確かに家具はそのまま見慣れた場地さんの部屋だった。特服がかけられていて、テーブルの上にはネコのブラシ。何も変わらない場地さんの部屋だ。
「…名前さん」
視線を移して場地さんが寝転んでいたベッドの上に名前さんはいた。
俺の位置からは顔は見えない。壁の方を向いて背を向けられて寝そべっている。多分、今着てるのは部屋着だろう、ベッドに散らばる名前さんの髪がまるで場地さんみたいで目頭が熱くなる。
「名前さん、聞いて欲しいことがあるんです」
熱くなった目頭をグッと堪えて、一回だけ深く息を吸い込んで静かに吐き出した。平常心だ、落ち着け、落ち着けと何度も自分に言い聞かせて震える声を悟られないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺、東卍辞めようと考えてたんすよ。だけど、マイキーくんと話していっぱい話して決めました。場地さんの護りたかった東卍を護んなきゃって」
場地さんは東卍を護るために動いてた。
場地さんにとって大切なものだからだ。
そんな場所から俺が逃げたら、それこそ後悔するだろう。
場地さんと一緒にいた場所、大切な時間を残したい。
「俺のダチに、場地さんが託した男がいるんです。そいつに場地さんの後を継いでもらおうと思ってるんすけど、喧嘩強くねぇのに変な奴なんですよ」
名前さんはもしかしたら寝てるのかもしれない。
もし寝ているのなら、そんな名前さんにベラベラと喋る俺は頭のおかしいやつだろう。それでも良い、聞いてなくても場地さんが聞いてくれてると思うから。
俺の決意表明を聞いて欲しかった。
「名前さん、俺そいつについて行きます。一緒に壱番隊で場地さんの意思を継いで歩んでいきます」
だから、見ていて欲しい。
…なんて、最後のは自分のエゴだ、その言葉を飲み込んで、俺は頭を下げる。
「…しんいちろうくんも、けいすけもいなくなっちゃった」
このまま立ち去ろうと思っていたら、頭上から名前さんの声がした。久々に聞いたその声はとても掠れて消え入りそうなものだった。顔を上げてみるけど、名前さんの体制は相変わらずで表情すら見えない。
「おねがい、ちふゆ…」
薄暗い部屋に響く名前さんの小さなか細い声を聞くために、俺は静かに唾を飲み込む。
「ちふゆは、いなくならないで」
「名前さん」
「っこれ以上ッ…身近な人にいなくなってほしくないよっ…、ちふゆまでいなくなったららあたしっ…あたしッ」
名前さんの体が小さく丸まった。その声は震えていて自分で自分を抱きしめている。小さな背中、細い腕、か細い声、全てが名前さんじゃないように見えて、居た堪れなくて俺はもどかしくて自分の下唇を噛む。
「ちふゆ、いきて…」
俺は我慢ができなかった、見ていられなかった。だから、小さな背中の後ろから引っ張って抱きしめる。後ろから名前さんの肩口に自分の顔を埋めて強く抱きしめる。
「名前さん、俺はいますから…」
「おねがい、ちふゆ…」
「アンタの傍にいますから、一緒に」
「ちふ…」
本当はやめて欲しいと言いたかったのかもしれない。
もしかしたら東卍自体がなくなればと思ってるかもしれない。
でもそれを口にしなかったのは名前さん自身も場地さんがどれだけ東卍が大切かを知っているから。
場地さんにとって大切な人たちがたくさんいるから。
だから、名前さんは精一杯の思いを押し込めて俺に言ったんだろう。
あぁ、俺は所詮無力だけど、せめてあなたの傍に居させてほしい。