千冬×場地姉 | ナノ

東京リベンジャーズ

人間を構成する3つ



強い風が吹き、春一番が計測されたと言われたのは数日前のこと。着慣れた制服を纏い、やってきたのは何度も通い慣れた霊園。手桶に水を汲んで、買ってきた白いカーネーションを飾る。墓石に水をかける際、掬い上げた水がいっぱい過ぎたようだ。小分けにしてかけた水も結局は重心に従って流れていく先には自分がいて、ローファーの先から徐々に浸されていくのをぼんやり見つめる。


買って火をつけておいた線香をおいて、両手を合わせながら目を閉じる。



心の中でそっと呟くのは今日の出来事。


本当なら実際に会話として話したかったことも、今では一方的にしか語れないのがとても歯痒くて虚しさが募っていく。目頭がじんわりと熱を帯びて鼻の奥がツンとするのも気づかないふりをして閉じた瞼をそのままあたしは心の中で何度も語りかける。



あたしから少し離れた位置から砂利を踏んだ足音がして、ここに他の誰かもやってきたことがわかる。ここに目的があるとは限らない、他のお墓のお参りかもしれない。だけど、何故かここの中にいる人が目的だと確信を得ていたのはただの直感だ。



「マイキーも来たの」

「俺は休みだから。それより、名前こそなんでここにいんの」



今日、卒業式なのに。そう呟いたのは先ほどあたしが名を読んだマイキーだ。着慣れた制服を纏って立っているあたしとは違い、別の意味で着慣れたであろう私服姿のマイキーは不思議そうな表情であたしを見つめる。マイキーの言葉の通り、あたしは今日高校を卒業した。着慣れたブレザーの左ポケットには卒業式のためのお祝いのお花が飾られ墓石のそばに置いたスクバの上に卒業証書の入った筒が転がっている。




「卒業式だから来たの」

「打ち上げとかってあるんじゃないの?ふつー」

「んーなんかそれは改めてって感じ」



自分で聞いてきたくせに興味がないのか、適当な返事を漏らされる。あたしはマイキーから視線を再び墓石に戻してそこに記された文字を見つめていれば、さっきみたいに誤魔化しきれない熱が視界を少しだけぼやかせる。



「卒業したよ、って伝えたくて」

「…」

「おめでとうって言ってほしかったな」



ずっと早く大人になりたかった。昔は早くおねえさんになりたくて、ずっと背伸びをしたくて、上手くいかなくて、もどかしくて歯痒くって苦しかった。



「やっと、卒業したのになぁ…」



いつだって追いかけても追いかけても手が届かない、背伸びをしても追いかけても先を行ってしまう。早く生まれたからこそ、追いつけないことは理解していたはずなのに、先に死んでまで先に行くなんて、手が届かなくても生きていて欲しかったと何度願っただろうか。ぐるぐる回る感情を抱えたまま、墓石に掘られた佐野家之墓という文字を見つめる。



「真一郎くんにちゃんと高校生の姿見てほしかった。そしたら、なんて言ってくれたかな」



中学生の頃、中学の制服を着て真一郎くんと会ったって子供扱いされているのは目に見えていて。8歳という年齢はすごく大きい壁だった。真一郎くんの周りにいるベンケイくんもワカくんも周りの男子と全然違くて、それぞれが大人の人って感じで、真一郎くんに関してはよりそれが色濃く出でいた。憧れとか、一瞬の気の迷いだとあしらうかのように笑ってひらりのらりくらりと躱されてたあのやりとりが懐かしい。



「この気持ちを受け入れてもらえないことも、この感情を認めてくれないことも辛かったけど、死んじゃうことの方がやっぱり辛いっ…」



卒業式では泣かなかった。泣き虫だな、なーんて言いながら撫でてくれたあの大きな手ももうない。こんなに泣かせるのはあなただからだよ、真一郎くん。真一郎だったから、亡くなってから3年経っても寂しくて虚しくて思い出せば涙が溢れ出てくる。時間が経過しても、忘れられなければ、色褪せることすらない。


一度溢れた感情は決壊したダムのように止まることを知らない。ポロポロと溢れ出る涙は、マイキーがいるというのに気にする余裕もなく流れていく。



「無性に会いたくなるの、真一郎くんに。いつもお店でバイク弄ってて、見向きもしないくせに笑って話をしてくれて。ワカくんたちもいて、ワイワイしてる中に一緒にいさせてくれるのが凄く心地よかった…」



あたしは何を語りたいのだろう。ただ溢れ出る涙と共に、溢れた何かを形にしたくて言葉にして紡ぎ出す。だけどそれもオチもない感情を言葉にしていたに過ぎないせいで、言いたいことだけ言ってしまえば再びやってくるのは沈黙。それを次に破ったのはマイキーだった。



「…名前はさ、兄貴が生きてたらどうしてた?」

「どうって、」

「兄貴のことスゲェ好きだったじゃん。それはエマも俺も知ってたし、兄貴も気付いててはぐらかしてたし、結局兄貴がどうしたかったのか俺もわかんねぇけど。もし、最後まで相手にされなかったらどうしてたの」

「…どうしてたんだろう、わかんない」



わかるわけない、全てにおいてそれは生きてたらの話。もしもの話。たらればの話だ。その時、その瞬間での感情と自分達の年齢と立場で全ては変わるだろう。だから、どうなってたかなんてわからないけれど、高校卒業した今日という日にちで言うのであれば、先ほど言ったように真一郎くんに会いに行って卒業式したことを伝えたかった。18歳になり、卒業式を迎えて高校生ではなくなる。書類上、世間一般的には高校生でもなければ大学生でもない、なんとも曖昧な立ち位置にいることにはなるけれど、それでも18歳を迎えて高校卒業は、高校生をしてきたあたしにとって大きな節目だ。

女は16歳で結婚できるし、海外では18歳で成人扱いのところもある。



「真一郎くんに告白してたかも」

「一理あるな」

「でしょ」


くすりと笑ったマイキーの声につられてあたしもふと表情が緩む。そう、告白らしい告白はしてなかったから、してたかもしれない。告白しなくたって気持ちなんてバレてたから、今更だろうけれど。



「場地には報告しねぇの?」

「圭介は興味ないんじゃないかな、姉が卒業した話なんて」



第一、卒業式にお墓にまでやってくるなんて告白してないのに重過ぎると思われたかも。圭介相手だって、真っ先に行かなかったのに。まあ、圭介の場合、あたしなんかより報告すべき人がいるからね。



「圭介も本当なら今年卒業かぁ」

「留年してなきゃとっくにできてたのにな」

「仕方ないよ、圭介だもん」



圭介の大好きな真一郎くんの前でこんなやり取りして、圭介に祟られたりしないかな。聞こえてませんように、と一応願いつつ。真一郎くんには聞こえてるだろうから、圭介を宥めてほしいともお願いしておく。そして自分で思ったくせに、圭介の方が真一郎くんの近くにいることがちょっとだけ悔しくてモヤっとしてしまったのも全部全部お腹の中に溜め込んでいく。さすがにこれをマイキーに晒すわけには行かない。



「マイキーに質問」

「なに?」

「人間は何でできてるでしょうか」

「骨と肉」

「そういう意味じゃなくて」


そんなんわかんねーし、とぼやくマイキーにあたしはまた笑ってしまった。問題の意図が伝わりにくかったのはわかるけれど、骨と肉なんてありとあらゆる動物に当てはまることじゃないか。



「人間は、魂と肉体と精神でできてるんだって。魂は生まれ変わり、肉体はお墓にいて、精神はみんなの心の中にいる」



全て僧侶の方の受け売りだ。真一郎くんが死んで、圭介も死んじゃって、どんなに受け入れられなくたって、現実は非常にも時間は止まらず進んでいく。一周忌を迎えた時、蓋をしていた悲しみと虚しさが再び溢れ出てきてしまい、会いたい感情が爆発してどうしたら会えるんだろう、って疑問から尋ねた質問の答えがこれだった。



「お墓に来たけど、一緒にいるんだって。思い出してあげることが供養になるって」



魂は生まれ変わるってことは、もう生まれ変わってるのかな。生まれ変わっていてまた会えたらいいな、次の人生こそ今世より幸せになってほしいと切に思う。



「一緒にいるんだったら、兄貴面白くねーかも」

「…なんで」


ケラケラと笑うマイキーにあたしはついムッとしてしまう。真一郎くんがいくらあたしを相手にしようとしてなかったからって、それはひどくない?相手にしてないからこそ、一緒にいても疲れるかもしれないけどさ。…って自分で言ってて悲しくなってきた。


「名前のこと、好きだったからこそ一緒にいたら辛いだろうなって。まーた失恋記録更新じゃん」



マイキーは墓石を見ていた。ぼんやりと慈しむような目で。そして出てきた言葉にあたしは面食らい、言葉の理解がすぐにできずにポカンとしてしまう。



「名前の幸せ願ってるだろうから、良いんだろうけど。兄貴もそうだけど、そっちもそっちで面白くねーだろうし、ほどほどにしねーと」



そっちとは、どっちだ。マイキーは墓石を見つめていたはずなのに、次は何を見ている?こっちを見ているのに、視線が合ってない気もする。さっきまでケラケラした笑いもニヤニヤしているように見えてきて、なんなんだよもう…なーんて心の中で悪態をつきながら、ふと視線をずらして見てびっくりした。



いつからいたんだろう。見慣れた中学の制服を纏った千冬がそこにいれば驚くものだ。平日の…時間的に学校はもう終わってるのかな、どうだろう。午前で卒業式を終えて、その後みんなで駄弁ったり寄せ書き書き合ったり、色々やって学校を出てきたから時間の感覚がもうわからなくなっていたから。いつからそこにいたのかもわからないし、千冬のムッとした表情を見るからにある程度の話は聞いていたんだろうってことがわかる。
 


「…名前さん、迎えにきました」
 


それでも核心に触れないのは千冬にも思うことがある、その何かを押し殺してるんだろう。だから、あたしもあえてそれには触れずに千冬の言葉に素直に従う。




「名前は幸せになれるんだから、幸せになって。兄貴の分も、場地の分も」



千冬に手を引かれて、空いた手の方で手桶を持ち上げる。つまり視線から完全に外していたマイキーから出た言葉が耳に入ってくる。



「それはマイキーもおんなじだよ」



まるであたしだけ、みたいな言われ方だったなら。マイキーだって幸せになるべきだ。


あたしは弟を失い、憧れの人を亡くした。

マイキーは兄を失い、大切な友を亡くした。


お互い大きすぎる存在の二人がいなくなって、足踏みをして進めなかったけれど時間は残酷だ、止まることを知らずに非常にも進んでいく。



「ちゃんとそばにいるよ」



「そうだな」




亡くなったことは悲しくて辛くて苦しくて虚しくて。押し寄せる負の感情に押し潰されそうになることもあるし、感情すらコントロールできない時もある。そんな時、魂は生まれ変わり、肉体はお墓に、精神はみんなの心の中に。この言葉を思い出せば少しだけ気持ちが軽くなれるから。


時間はかかるけど、寂しくないんだと思って前を向こう。

じゃないと、真一郎くんも圭介もこんなあたしたち、らしくないってきっと心配しちゃうからね。


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