千冬×場地姉 | ナノ

東京リベンジャーズ

いつもの場所で小さな祝福



二学期の期末が終わって名前さんは忙しそうだった。またバンドやバイトかと思っていたけど、なんか違う気がする。少し前まであった期末テストは、中学と高校でこそ日付は被らないけれど、だいたいの時期が被っていたわけで、名前さんもその間はバイトのシフトは入れないようにしていたのを知っている。


「冬休みもシフト入れるけど、千冬とも会いたいからどうしよっかなあ」


いつだったか、バイト先のシフト希望表の紙を書きながら呟いた言葉。名前さんは無意識だろうけど、こうやって俺のことをちゃんと考えてくれてるのが知れて嬉しくないわけがない。だからなのか、ここ最近の名前さんは慌ただしいというか、何かに追われていたようにも見える。



「さっみぃ」


だから、場地さんとツーリングに行ってきた。日曜日の夜は明日が月曜日ってこともあって走りやすい夜だった。なのに今だって、場地さんといるのに名前さんのことを考えてしまっていて、場地さんの言葉にハッとして我に帰る。自分が乗っていた愛機から降りて、ノロノロといつもの場所へ停車。首につけていたメットをそのまま締まって場地さんの元へ。


「お疲れ様っす!」
「おう。夜はさみぃけど、楽しかったな」
「はいっす!」


場地さんの誘いで行ってきたツーリング。時間は23時だって過ぎている。明日も学校、場地さんはこれ以上粗相をすることはできないため、明日も俺たちは学校へいかなければならない。今から家に戻って風呂入って寝て起きたらまた一緒。だから、ここでいつものように挨拶して解散、するはずだった。



「…え」



さっきも言ったが、今は23時過ぎている。なんなら、もう少しで日付も変わる時間だったはず。団地の、場地さんの棟の階段下で解散するのがいつもお決まりのパターン。こんな時間に出歩くなんて、俺たちぐらいだ。こんな寒い中、好きで外に出てる人の方がまずいない。それなのに、今俺と場地さん以外の人影を見つけて驚いた。

団地の入り口、ポストの横の階段に続く僅かな段差のところに座る人。その人は厚手の上着をすっぽりと着込んで、下にはパーカーでも着ているのだろう、フードまで被って縮こまるように膝を抱えて丸くなっていた。



「…あ、」



一瞬こんなところに不審者か、って思ったけど、俺たちの足音を聞いてか、話し声を聞いてかはわからない。どちらとも理由かもしれないけれど、ピクリともしないその人が顔を上げて驚いた。おかえり、と普通に呟く名前さんがそこにいたから。



「っ、何やってんすかっ?!」
「ちふゆ、遅いから静かにしなきゃ」
「遅いってわかってんなら、何で外にいるんすか!」



本日一番の驚きだ。丸まっていたのはおそらく肌が露出する面積を減らすため。そのためにありとあらゆる隙間を埋めていたと思われる名前さんは寒そうに少しだけ眠そうに、ローテンションで呟く。名前さんの言い分もわかるけど、今俺の言ったことだっておかしくないはず。俺と場地さんは男だし、腕っぷしには自信がある。けど、名前さんは女だし、もっと警戒してほしい。



「場地さんからも何か言ってくださいよ…!」
「あー姉貴に教えたの俺だから」



目ん玉飛び出るかと思った。いやいや、場地さん教えたって何を?すんません、いくら場地さんでもこれはちょっと物申したいっすよっ。



「圭介が帰るタイミング教えてくれたから、そんなに待ってないよ」
「そ、ういうわけじゃなくって…!」
「んじゃ、俺もどっからな」
「お風呂、沸かしてあるからね」
「おー」


完全に家族の会話、俺がおかしいのかと自問自答してしまうが、おかしくない。なのに俺だけが取り残されている。場地さんは普通に、「じゃあな」って言いながら階段を上がっていってしまった。残された俺と名前さん。えっと、どうすれば…なんて思考回路を働かせていれば一回だけ、名前さんがあくびを噛み締めた。どのぐらい外にいたのか、何でここにいてくれたのか、ぼんやりとそんなことを思いながらそっと頬に触れて俺は本日2回目の驚きを受ける。


「名前さんっ!冷たい!!!」
「ん、千冬の手も冷たいよ…」
「俺は今まで外にいたからっ」
「うん、知ってる」


名前さんのひんやりと冷めきった頬。えっ、これ結構な時間外いたことになるんすけど。いくら厚着をしてるからって今は12月、しかも夜中。名前さんは本気で何を考えてるんだ、もう訳がわからなすぎる。こっちは心配してるのに、沸々と湧き上がる感情を何とか押し殺そうとしていれば、名前さんはやっぱり寒いのだろう。俺に擦り寄ってきて首元に顔を埋め始める。


「ちふゆ、」
「…なんすか」
「ごめんね、」


名前さんが何で謝ったのかはわからない。ただ脈略もなく突然謝られたことにより、心臓が飛び跳ねる。なに、なんで、俺になんか謝らなきゃならないことでもあるってこと?



「でもね、怒んないでほしいな」
「マジでわかんないんで…、理由によりますけど」
「んー」



 
肝心なところではぐらかされて。んーと声を漏らすだけ。俺に頬を擦り寄せたまま、ギュッと服を掴まれて俺は身動きも取れず、ただ名前さんの次の言葉を待つ。待っても待っても深夜という時間帯も冷たい空気もシンと静まった団地の雰囲気と古びた黄色っぽく霞んだ電灯も何も変わらない、何も名前さんからの反応はない。


「名前さ、」


ブーブーッ



痺れを切らしたのは俺の方だった。動かなければ、喋らない名前さんの名を呼んだ瞬間、何処かで振動するバイブ音が耳に入ってくる。割と近い距離、でも自分のではない。ガサゴソと少しだけ身を捩り始めた名前さんのだったっぽい。ポケットに手を突っ込んだまま、携帯を出して画面をチラリと確認してはすぐに仕舞う。こんな時間に誰から、何のために、謝ってきた言葉はこのことなのか。


「ちふゆ、」


冷たくなった名前さんの両手が俺の頬を包む。強制的に合わされた視線、真っ直ぐ俺を見つめる瞳。揺るがないそれが逆に俺に募るのは不安。



「ちふゆ、お誕生日おめでとう」
「へ、」


名前さん口から出たのは不安とは真逆のもの、祝福の言葉。まさかそんな事言われるなんて思ってなかったから、俺は間抜けな声を出してしまう。



「あー言えた〜、さむかった!」


名前さんは言えたことで満足したらしく、俺からパッと離れ両手を上げてクルリと一回転。



「千冬の一番、欲しくって」
「いちばん、って」
「誕生日、早くお祝いしたかったから圭介に戻ってくる時連絡してってお願いしてたんだ」
「…な、なんすかぁもう…!」


めちゃくちゃびっくりした、ドッドッドッドッと打つ心拍音。何に対してかわからない不安とかが胸の中を一瞬でも覆い尽くしていたはずなのに、それが一気にスッと消えたかと思えば次にやってきた安心感で俺は思わずその場にしゃがみ込む。



「ちふゆ…?」
「めちゃくちゃサプライズじゃないっすか…」
「うん、サプライズのつもりだからね」
「ありがとうございます…」
「うん」



顔を覆った手の向こう側から名前さんの不思議そうな声がする。少しだけずらした隙間から名前さんに呟くと名前さんは嬉しそうに笑っていた。



「名前さん、」
「んー?」
「俺、めちゃくちゃ嬉しいっす」
「あたしも」



名前さんは一番にお祝いしたいって言って寒い中、ここで待ってくれていた。一番に声をかけてくれたことが嬉しくて喜びを噛み締める。さっきの携帯のバイブも日付が変わったことを見落とさないためのアラームだったとか。


後々に考えて思ったのだが、場地さんが協力してくれたおかげってことは、ある意味名前さんがここで待つように繋いでくれた場地さんからの誕生日プレゼントなのかな、って都合のいい解釈をしてしまったけどそれを口にするのはやめておこう。


だって、そうなると場地さんからの誕生日プレゼントが最初ってことになるじゃん?

それは俺だけの都合のいい自己解釈ってことで。


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