千冬×場地姉 | ナノ

東京リベンジャーズ

貴女に落ちていく



無造作に置かれたスクバ。

俺の部屋に座る名前さん。


「ペケかわいい〜〜〜っ」


そして俺の愛猫であるペケを抱っこしながら、めちゃくちゃ笑顔で顔を擦り付けていた。


「ん〜っ」


名前さんに抱っこされて、顎の下を触ってもらえてゴロゴロと気持ちよさそうに目を細めているペケ。場地さんもそうだけど、名前も動物は好きだったようで表情もゆるっゆる。ぶっちゃけ、ここまで表情が緩んでる姿を見たのは初めてかもしれない。アニマル効果ってすげぇなって思った。


「ペケはキレイな黒だね」
「…名前さん、飲み物持ってきました」
「ありがとう」


俺が戻ってきたことも気づかずなのか、眼中になかったのかわからない。だから、一瞬声をかけることも躊躇ったけど、ここは俺の部屋だしペケは飼い猫、俺は飼い主。そして名前さんの彼氏なんだから、遠慮するほうがおかしいよなと一つ一つ理由をつけて声をかけた。名前さんは俺の考えなんて知らないんだろうな。気にした様子もなく、ペケを満喫していた満面の笑みで返されて、俺がグッと来てしまう。


「はぁ…」



かわいい、かわいすぎんだろ。

たまにペケを抱き上げて、体がだらんと宙ぶらりんになったり。それでも嫌がる様子を見せないのは名前さんに懐いた証拠だ。さっきから好き勝手されてるだろうに。気づけば次は腕の中に包まれてて、体が密着してる…。動物だから気にしねぇし、気になんねぇのもわかる。ただあんな風にギュッと密着されてて羨ましさもぶっちゃけあったりする。


「ペケはいいね〜羨ましい」


うん、俺も羨ましいなって思ってますよ。ペケの顔を覗き込んで、んー?と声を漏らす名前さんはやっぱり俺の気持ちなんて知りもしないんだろうな。それが少しだけ虚しくて、小さくバレないようにため息をつきながら視線を逸らす。名前さんの横に置かれた少しだけくたびれたスクバ。空いたファスナーの隙間から見えるのは文字と音符の羅列。

名前さんのバンドのスコアってやつだ。

名前さんはバンドのボーカルって言ってたっけ、話だけ聞いたことあるけど実際には見たことないし歌ってるところも聞いたことすらない。なんなら、カラオケすら行ったことないよな…、普段名前さん、バイトかバンドだし。俺もトーマンの集会とかあるから、ガッツリ外で遊ぶとかより、こうやってちょっとした時間を少しでも使って会うことの方が多い。


「名前さん、スコア見てもいいっすか?」
「うん、いいよー」


少しでも名前さんのことが知りたくて、ペケと遊ぶ名前さんに断りを入れてスクバからバンドスコアを抜き取った。前に聞いたら、オリジナルもやるしコピーもやるって言ってたな。何枚かある紙は割と有名どころのバンドの曲のスコアをコピーしたやつだった。ペラペラと捲ってみるが、俺が見てわかるのは歌詞のところだけ。並んだ音符はマジでわかんねぇ。ドラムにも音符並んでるんだけど、どういうことだよ。


…ひらり、


スコアの隙間から、何かが落ちた。小さいそれは何なのか、視線を送れば小さなシールのようなもの。それがすぐにプリクラだと認識した俺はペラっとそれを拾うのだが、すぐに自分の行動に後悔したり、感情がぐちゃぐちゃになって言い表しにくい心が入り乱れていた。



「名前さん」
「なーに?」
「このプリクラ、」


ペケと遊んでいた名前さんに声をかけてみれば、プリクラ?あぁ…と一人で勝手に納得した声が返ってくる。


「みんなで撮ったんだよね」


そりゃ撮らなきゃないですもんね。俺が言いたいのはそこじゃない。五人ぐらいで映ってるプリクラ、人数も問題ではない。問題なのは、写ってるメンツだ。見知った顔もある、あのバンドメンバーのオニイサンたち。それに加えて他のヤツらもオトコだった。オンナ…名前さんだけじゃん…。オトコの比率の方が全然多くて、それだけで可愛げがない。いろいろ文字やらデザインが入ってるのもあれば、シンプル イズ ベストのようにあんまり書き込まれてないものもある。


「楽しそう、っすね」


俺が一番引っかかったのは、これだった。

プリクラの中に収まるために密着した距離と楽しそうな表情。完全に心許しているのがわかるけど、こんなの見て面白くない彼氏はいない。


「テンション高かった時だからね、うまく行って」


なんのかはわならない。けど、プリクラの中の一つに日付が入ってて、その日付がまた割と最近のものだと知ってモヤっとしてしまう。


「名前さん、俺ともプリクラ撮りましょ」
「ん?いいよ、今度行こっか」


サラリと返された返事に俺の中のモヤモヤがまた増える。余裕そうなその返事が面白くない。まださっきまでペケが羨ましいと思ってた時の方が全然マシだった。


「ペケはいいね」


名前さんはまだ飽きることなくペケを撫でている。


「ケンカしなくたって、千冬と一緒にいれるもんね」


モヤモヤのせいで一瞬反応が遅れてしまったが、耳に入った言葉を理解して違和感を感じる。気づいた時には、ん〜とペケの体に顔を埋めている。


「圭介だとケンカばっかだし、ケンカしたいわけじゃないからね〜、ペケが一番いいな」
「…、名前さん?」
「猫になりたいな〜」


あ、ゴロンと寝転んだ。へらっと笑う名前さんは髪の毛が乱れて広がっているのも気にせず、ペケを撫で続ける。座っていた時でもギリギリのスカートがもうほぼアウトな気がしてなるべく見ないように頑張るけど、気になって仕方ない。


「名前さん、ダメっすよ」
「なんで」
「猫の名前さんと付き合えないから」


へ、なんて気の抜けた声が名前さんの口から出たし、ペケを撫でる手も止まってた。ペケは気持ちよさそうにしてたのに、名前さんの動きが止まると背伸びと欠伸をして何処かへフラフラと行ってしまった。だから、俺は床を這うように手と膝を突きながら距離を縮めてそのまま覆い被さる。ポカンとした表情の名前さんに見上げられて、こんな状況なのに顔色ひとつ変えないことがまたモヤモヤを呼び起こす。



「猫にだって抱きつくこともキスすることもできるかもしんねぇけど、猫からはできねぇし、俺は名前さんが名前さんじゃなきゃイヤっす」
「、ちふ」
「名前さんは俺の彼女でしょ」
「う、ん」



自覚あるならいいんだよ。つーか、俺ばっかり余裕なくてカッコ悪りぃ。今まで胸にあったモヤモヤが段々イライラに変わりそう、そんなことを自分のことなのに思っていたら、名前さんがポツリと呟く。



「ちふゆ…、すごいあたしのこと好き…?」
「っはぁ?!?!」



思わずデカい声が出た。けど、それ以上にびっくりした。えっ、俺たち付き合ってるよな、名前さん彼女でしょ?さっき自分でも肯定してたよな???え、なに今の質問。訳わかんねぇんだけど。



「ごめっ、あ、なんていうか…」



さっきまでの名前さんは何処へやら。今俺に組み敷かれている名前さんは目を泳がせて歯切れも悪い。今更ながら状況把握したのか、意識し出したのか、どっちもな気もするけど。


「ちふゆ、守ってくれるとか好きとか言ってくれたけど、あの出来事の後だったから…」
「…それって俺が同情で言ったとでも思ってるんすか?」
「ちが、そうじゃなくて…!本音…、だとは思ってたけど…、あたしが思ってたより、もっと好きでいてくれたんだなって」


見る見る赤くなる様はとてもあっという間だった。告った時もそうだけど、名前さんのこういうギャップがやばい。普段、余裕なのに今は完全に余裕なくって、あー可愛すぎる。


「千冬、すっごいガン切れした顔してたからびっくりしちゃっただけ」
「えっ、それはゴメン、なさい…」
「ん、大丈夫だよ」



やらかした。モヤモヤしすぎて名前さんにガン切れはやばい。イライラの感情もプシュッと鎮火。なんなら、居た堪れないぐらいだわ。俺、実は情緒不安定なのか?って思うぐらい感情の起伏がヤバい気がする。



「千冬ありがとう、」
「…なんで?」
「好きになってくれたことにかな」
「それだったら、俺だって同じすからね」



結局何も締まりのない俺。だから、そのまま名前さんにキスしたら、また赤くなった。


付き合い始めてわかったこと。

名前さんは余裕そうに見えるんじゃない、意識してない時とした時のギャップがあるんだ。

だから俺は今日もあなたに落ちていく。


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