新しい貴女を知る
今日も変わらず集会があった。時間は夜も更けてきて、そろそろ帰るか〜となっていた頃。
こんな時間なのに、俺らの他に歩く人影。見れば複数人いて、遠目ながらなかなか大きく見える。普段だったら気にも留めないけれど、この日は違った。
「あ、ここで良いわ」
やってきたのは三人でそのうち一人、中央にいた唯一華奢に見えた人が口を開く。街頭に照らさせて見えた顔は俺もよく知る人だった。
「今日も大層なお集まりだこった」
「トーマンはすごいねェ」
金髪にピアス、腰パンに背中に背負ってるのはギターか。もう片方もメッシュなんか入れててピアスもしてて、俺が言えた義理じゃないけど、いかにも遊んでそうな高校生が二人。俺らを見て嘲笑うような表情。この時点で癪に障らずにいる奴はいないと思う。なんなんだ、と思うのが普通だ。だけど、誰一人として動かないのはその二人の間に名前さんがいるからだろう。
「おー。けーすけ」
「うっす」
「元気だったか?」
「まあ、それなりに」
身長は場地さんと同じぐらい、金髪の男の方が場地さんの方に腕を回して話しかけた。ニシシと笑みを浮かべて話すそいつは馴れ馴れしいな、と思ったけど場地さんも顔見知りなのか、微動だにせず、端的に返事をするだけ。
「名前、口開けろ」
「あ、」
「ほい」
一方の名前さんと言えば、メッシュの男と向き合っていて、口を開けるように指示されて素直に従えば口の中にポッキーを入れられていた。男の手にもポッキーの袋があって、モグモグと咀嚼する名前さん。しかも、突っ込まれたの2、3本ぐらいあったみたいで咀嚼するたびに口から出てるところがバラバラになって動いている。
「あ、俺もポッキー欲しい!」
「はあ?名前に全部食わせたわ」
「ずっる」
いやもう絶句。
金髪の男がメッシュの男に問いかけるが、メッシュの男はポッキーが入っていたはずのぐしゃぐしゃになった袋を目の前に出す。もうねぇから、と肩をすくめていて、それを見るなり金髪の男の方は面白くなさそうな声を上げる。こういうところがちょっとマイキーくんっぽいなって思ってたら、名前さんの肩に手を置いて、次の瞬間顔を思いっきり近づけていて頭が真っ白になった。
ここにいる奴らの視線の中心になってたせいで、今の行動に辺りが一気に静まり返る。そのせいでパキッと音がよく聞こえて、これがポッキーの折れた音だと知るのは男が名前さんから離れた時だった。
「んじゃ、おつかれ」
「じゃーなー、名前!けーすけも」
軽く手を振ってその場を立ち去る二人。名前さんは口元に手をやりながら、「ん〜」なんて声をくぐもらせて手を振るのは口の中にあるポッキーのせい?何事もなかったようにあっという間にいなくなってしまった。二人がこの場を立ち去る瞬間、金髪の男の方とバチッと目が合う。目を細めてフッと笑ったような気がしたのは気のせいじゃないはず。
「名前、今のチューした?チューした?」
「んな訳ないでしょ。ポッキー食べられた」
完全に謎の空気感になってしまったはずなのに、この場の空気に斬り込みを入れたのはマイキーくんだった。今までの流れを見ていたと思うんだけど、マイキーくんは気にすることなく話しかけててびっくり半分その神経の図太さへの羨ましさ半分。名前さんも気にすることなく、あっけらかんと答えていて逆に俺がおかしいのか…?と思考を巡らせてしまう。
「今帰りとか遅えな」
「仕方ないよ、今立て込んでるせいでバイトない日は基本こんなんだし」
「今まで練習してたのか?」
「そーゆーこと」
ドラケンくんも三ツ谷くんも普通に話に入っていってて、あぁ、まただな…。創設メンバーは知ってるんだ、話がどんどん進んでいくのに俺はついていけない。
「ルナマナが会いたがってんだけど、仕方ないよな練習なら」
「ん〜ごめん」
三ツ谷くんの言葉に少しだけ申し訳なさそうに呟く名前さんの声。そう言えば、少し掠れているというか違和感を感じる。実際に今も持っていたであろうペットボトルを思いっきり傾けて水分を喉に流し込んだ。そのあと喉に手を当てて、何やら調子を伺っているように見える。
「エマもライブに行きたがってるし、俺も行きたい〜」
マイキーくんは名前の後ろから肩に顎を乗せて、まるで駄々っ子のように声を上げた。その様子に名前さんは困ったように笑みを浮かべるだけ。
「え、ライブ…?」
「なんだよ、千冬」
話が完全についていけてなかった俺は疑問に思ったことが声に出ていたらしい。その言葉を拾ってくれたのは場地さんで、キョトンとした表情で説明してくれた。
「姉貴、バンド組んでんだよ」
「しかも名前はボーカルな」
「コイツ、歌うっめぇぞ」
「煽てても何にもないからね」
「チケットちょーだい」
「定価で売るからね」
情報量が多かった。名前さんがバンド組んでて、しかもボーカル?気づけばマイキーくんもドラケンくんも三ツ谷くんも話に入ってきてたし。どさくさに紛れて名前さんにちゃっかり手のひらを出しておねだりしてるマイキーくんだったけど、名前さんは満面の笑顔でその手のひらに自分の手をパチンと乗せていた。
「さっきのは同じバンドのメンバー」
ギター背負ってたでしょ。って名前さんがここでやっと俺に対して口を開いてくれた。今日初めての会話だ。どうやら、遅くなる日はこうやって送ってくれるらしい。どっちかと付き合ってるとかそういう訳でもないらしく、ホッとした。
いや、だからって名前さんの咥えてたポッキーを食べるとかフツーならやんなくね?!