千冬×場地姉 | ナノ

東京リベンジャーズ

無償の愛は注げない




いつもみたいに、場地さんの家か俺ん家だったら知らなかったのに。


この日はたまたまだった。


場地さんと団地の外で場地さんの愛機であるゴキをいじくっていた。場地さんのゴキ、カッケェんだよな〜、なんて思いながら見せてもらってさ。場地さんと他愛もなく話すこういう時間がすげー楽しいと思える。


「千冬、ペヤング食うかぁ?」
「はいっ!食います!」


途中、場地さんがいつものようにペヤング食うかと聞いてきたので、それはもちろん!食いますと答えれば、ニッと笑って「んじゃぁ、準備すっから、待ってろよ」と戻ってしまった。外で食おう、ということだろう。まだ、メンテもやってる最中だし、そう思って此処で静かに待機することに。


そういえば、名前さんは今日バイトなのかな。

それぞれ家に戻ったとき、場地さんが誰も家にいなかったわ、なんて言ってたから名前さんが家にいないのは確実で。バイトかもしれないし、名前さんだって放課後、友達と遊びに行ったりもしてるだろう。いつだって会えそうで、案外会えないこのもどかしさを隠しつつ、場地さんがいないから俺は普段隠している心の内を吐き出すようにため息をつく。




バブーと聞こえてくるバイク音。

あれ、このバイクの音ってマイキーくんの、そう思って顔を上げてみると見慣れたバブとそれに跨る2人。マイキーくんと誰かかと思ったけど、マイキーくんより背格好も大きくて明らかに違う人だった。後ろにはメットを被った人が乗っていて、制服姿の女子で俺は気づく、この格好に見覚えがあるんだけど。後ろに乗っていた女子は体よりも全然大きなバブからゆっくりと降りて地に足をつけて、それで大きなメットを外した瞬間、長い髪の毛がハラリと落ちた。



「しんいちろーくん、ありがとう」
「おう。こっちこそ、いっつも悪いな」
「ううん、良いの良いの」



さっきまで何やってるか気になっていた名前さんだった。相手の男とは親しげで、明らかに俺らより年上の大人って感じ。ニコニコと笑って話しかけていて、2人の関係が結構親しいんだなってのは一目瞭然だった。



「名前の手作り美味いから嬉しい」
「ホント?じゃあ、また作って持っていくね」
「あぁ、楽しみにしてる」



嬉しそうに、でも照れたように笑う名前さんをオレは知らない。外したメットを男に渡して、男は逆に名前さんのであろうスクバを手渡す。



「しんいちろーくん」
「んー?」



名前さんから受け取ったメットをそのまま自分が付けている男に声かける名前さんはしおらしさが垣間見える。




「ありがとうね」
「ぷはっ、そればっかだな。良いんだよ、好きでやってるだけだから」



男は「むしろ、こっちが感謝してるって」なんて言いながら名前さんの頭をポンポンと撫でていて、今までだってモヤモヤしていた心が更にザワザワとし始める。

じゃあ、またな。と短く言葉を残して男はそのままバイクで行ってしまった。名前さんはその男が見えなくなるまで静かに見送っていて背中しか見えない俺からすれば、名前さんはどんな表情でいるのか知りたいようで知りたくない。


なんなら、今なら多分俺のことも気づいてない、というよりは眼中にないからそのまま気づかないでいてほしいと思う。



「あれ、千冬だ」
「ちわっす…」



だけどそんなの上手くいかないって知ってた。男がいなくなってから、名前さんは俺に気づいて何もなかったように声をかける。何もない、というよりはいつものように、だ。名前さんにとって。



「圭介のゴキと千冬がいて、圭介がいないの?」
「場地さんなら、ペヤング準備しに戻ってますよ」
「ホント好きだね、ペヤング」



名前さんは笑う、いつものように。俺は平常心を努めて話す、名前さんが笑っているのを見て、多分今の俺は上手く隠せているんだろうな。



「名前さん、」
「んー?」



気付いたら名前さんの名前を呼んでいて、どうしたの?とふんわりと笑って俺を見つめる瞳に、一瞬時が止まった。一瞬出かけた言葉を飲み込んで、「あ、おかえりなさい」と呟いた。今の今まで会話をしてたはずなのに、何を今更な…って感じだけど、これしか今の俺には誤魔化す言葉が出ない。


「ただいま、ありがと」


さっきの男に対してと同じありがとうという言葉。ニッと笑う名前さんの表情、男に向けてどんな表情を浮かべたかなんてわからないけれど、声色的に思うにはきっとこんな表情じゃないんだろうなって思ったら、更に自分の中でモヤモヤが広がった。


「じゃあ、戻るね」


バイバイ、と軽く手を振って立ち去る名前さん。
俺の後ろで、団地の階段から「けーすけ!」と場地さんの名前を呼ぶ声と場地さんの「ぁあ?」と聞き返す声がしたから、2人が踊り場か階段で鉢合わせしたのがわかる。


ということはそろそろ場地さんが此処に戻ってくるっていうこと。

それまでに俺はいつものようになるために、今だけは、と思って膝を抱えて蹲った。



俺はアナタが好きなんだ、という気持ちを押し込めるように。


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