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意識がゆっくりと覚醒していく。それと同時に低く響く鈍痛が頭の中を支配し、目を開くことが叶わない。

「随分と魘されてるわね」
「前世の記憶が一気に流れ込んでるんだ。仕方ないよ」
「そうね、それに彼女は....」
「かいおう...みちる...?」

叶わなかった、叶わなかったけれど、耳に確かに流れ込んでくる透き通った声に私は彼女の名前を呼んでいた。海王みちる、最後に握手をした彼女の声が確かに聞こえている。「あら?寝言...のようね」と私のその声を漏らさず拾ったらしい海王みちるの話し声が聞こえる。「接触した短時間で何恨まれるようなことをしたの?」と続けて聞こえてきた声は聞き覚えがない。

「失礼ね。彼女CD全部持ってるくらい私のファンなのよ」
「へぇ、...妬けちゃうな」
「またそんな調子いいことを...あら、目覚めたのね」

海王みちるともう1人の誰かの会話が繰り広げられる中で私はゆっくりと瞳を開く。感触からベッドの上にいることには気付いていたけれど、知らない天井が広がっている。ここはどこだろうといった疑問を抱くより先に2つの顔が目の前に現れる。海王みちるともう1人は......

「てんのう...はるか...?」
「よかった。君の興味の対象がみちるだけじゃなくて」
「はるかゆっくりでいいから起き上がらせてあげて。私は水を注いでるわ」
「りょーかい」

ベッドと私の身体の間に手を滑らせた天王はるかによってゆっくりと身体を起こされる。起き上がる最中に自然と天王はるかの身体が目に入り、ざっくり開いたワイシャツを纏った彼の胸には膨らみがあった。天王はるかは男だったはずと思ったけれど、次の瞬間にはすんなりと私はその事実を受け入れていた。まるで前から知っていたかのように、女性特有の特徴を持った彼改め彼女に何の疑問も持たなかった。女性だから学園で聞いたことのある声より高い理由も頷ける。

「ここは私のマンションの部屋よ。勝手に連れて来てごめんなさいね」

ちょうど起ききったタイミングで海王みちるがグラスを差し出す。繊細なガラス細工の施されたグラスを受け取ると、私は黙ってそれを飲み干した。

「おかわりは?」
「...大丈夫です」

私の言葉に彼女は「そう」と頷き、私が握っているグラスを手にしてサイドテーブルへと置くとベッドサイドに腰掛けた。そんな海王みちるの反対側には天王はるかが同じような姿勢で座っていて、現在私は2人に挟まれている状態だ。学園の生徒に見られようものなら明日から学園での立場が無くなってしまいそうな状況だ。

「どうかしら。...記憶は戻った?」
「みちるが君に見せた君の前世を...セーラー戦士として使命を与えられた君の姿を眠っている時に視ただろう?」

なんて少しばかり呑気な想像に逃げてしまっていた。天王はるかの言葉にさっきまで自分が見ていた映像が再び再生される。天王はるかは前世といった。使命を与えられた戦士だったと、あの太陽系から遠く離れたエリダヌス大河にいたセーラールアルを私を指してそう言っている。

「視ました。セーラールアルを私に瓜二つな彼女の姿を......贖罪の日々を過ごす私の姿を」

私のその言葉に2人は言葉を発することも、頷くこともしなかった。

「今はもう存在も名も抹消された私の母であるクイーンセレニティの妹だった存在。彼女がセレニティの座を奪おうと叛逆を起こしたけれど失敗に終わり、結果肉体だったものも、精神も全てが抹消された」

だから私はそのまま自然と溢れてくる言葉を自分でももう一度確かめるかのように続けた。

「娘だった私はセレニティの慈悲で命は助けられたけれどそれではシルバーミレニアムの住人は納得いかなかった。その結果私はエリダヌス大河の果てで...アケルナルという地から太陽系を護ることになった」

ここで初めて海王みちるがゆっくりと頷く。

「あなたたちが私を知っているのは、私が太陽系の外から外部戦士に敵襲の情報を送っていたから。顔こそ合わせることは無かったけれど、私の手が届かぬ場所からの敵襲があった際信号を送っていた」
「そうだね。だから君を断片的ながらも知っているみちるは君の記憶を呼び醒ませることができた...まあ、あたしがその役目を担っても良かったんだけどみちるがはるかじゃ怖がるだろうって聞かなくってさ」
「あなたじゃ目立ちすぎるからよ」

ふふっと笑い合いながら目の前で談笑を繰り広げる二人。そんな二人に私は違和感を抱かざるを得なかった。どうしてそんな平気な顔をしているのか、時々私に送る視線がそんなにも穏やかなのか。私は月の王国に反旗を翻した者の娘なのに。彼女たちが守っていた王国を混乱に陥れた罪人から生まれた存在なのに。

「貴女が今何を考えているのか私には分かるわ。だから敢えてそれは言わない」

徐に立ち上がった海王みちるはそう言い、より私の近くに腰を下ろすと、手を伸ばす。その手に反射的に瞳を閉じた数拍後に何かが頭を行き来する感触がした。状況的に海王みちるの手に違いなく、目を開くとやはりそうで私の頭をゆっくりと撫でている。

「貴女は私たちと一緒だった。孤独の中でシルバーミレニアムを護るために戦う宿命にあった。...いえ、貴女はもっと孤独だったでしょう。太陽系を遠く離れた場所で一人きりだったのだから、因果によって使命を課せられたのだから」

シルバーミレニアムの崩壊と共にこの身も魂も消え去る運命だとルアルは言っていた。本来なら私は生まれ変わることすら烏滸がましい存在なのだと、ルアルはそう言いたかったのだろう。

「だから、こうやって孤独な者同士が数奇な宿命...いえ、運命を経て出会えたのだからこれからは一緒に力を合わせましょう。一緒にプリンセスを私たちで護りましょう」

右手に仄かな温もりが灯っていて、視線をやると天王はるかが知らぬ間に私の手を握っていた。次に天王はるかの顔を見ると彼女は優しく微笑んで見せる。

「...よろしくお願いします」

罪、私の母が起こしたそれは消えることがないだろう。母だった存在が消えても罪は消えることはない。彼女が消えた今、罪の象徴はこの私なのだから。贖罪は当然私の義務だ。だから共に手を取り合うに私は相応しくない。高潔な魂からプリンセスを護る彼女と私は対等じゃない。

「よし、じゃあ手始めに敬語はやめよう。学年も一緒なんだしはるかでいいよ」
「私のことはみちるって呼んで。ね、ひすみ」

それを分かっていたのに私は首を縦に振って頷いてしまった。嬉しかったからだ、孤独から解放された気がしたから、ルアルからも感じ取ったあの孤独が目の前の2人によって打ち消された気がした。

「今日は奮発しちゃおっかな」
「じゃあ久しぶりにはるかの奢りでお寿司でも呼んじゃおうかしら」
「調子いいなみちるは」

目の前の2人は確かに私を見てくれている。セーラー戦士の1人として私を受け入れてくれている。ルアルの背負った消えない罪をわかった上で私を仲間として認めてくれた。

「ひすみは好きなネタとかある?」
「いえ、私はだいじょ...」
「あたしは赤身が好きなんだけど」
「...なんでも食べま...食べる」
「りょーかい」

私の返事を聞いた天王はるかはニカッと歯を見せて笑って見せた。その少しイタズラで自然な笑顔に心がスッと軽くなったのを私は今でも覚えている。
だから私はこの日を境に過去を振り返ることをやめたのだった。孤独だった日々を、前世にルアルとして生きた日々に蓋をした。私はみちるとはるかや後に出会った他の戦士たちと違い完全な記憶が戻っていない。けれどそれでいいと思ってしまった。独りの日々に取りこぼしたものなどないと思ったから。忘却の彼方へとそっと、開かぬ記憶を永遠に閉じ込めた。

それが私自身の罪となって降りかかるなんて知りもせずに。


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