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春が終わりを告げようとしている。肌を羽毛で撫でられるような朝の冷たさは昼になるとすっかり身を隠し、長袖で日に照らされ続けるとうっすら汗が滲むようになった。そして日が沈むと再び皮膚を滑るような冷たさが顔を見せる。そんな近頃の温度を夜の住宅街を歩きながらふと思い出し長袖のシャツの上に羽織ったカーディガンの開きの部分を掴む。

(流星雨...)

露出した鎖骨を覆うように羽織り直しながらふと空を見上げると流れ星が一つ二つ三つ、と空を駆け出した。その様子に言葉通り雨のようだと幾度なく瞬く星々の直線を見つめ続ける。ここ数日毎夜空を泳ぎ狂う流れ星は目で追い切るのが難しいほどで瞬きの間にまた一つまた一つと星が流れ夜空に溶ける。滅多に見ることの叶わない、希少価値の高い流れ星が頻繁に現れる現象に世の人々は何を思っているだろうか。...きっと嬉々として尽きることのない願い事を星に託しているに違いない。

「おっと、」
「あっ...」

見上げたまま歩いていたせいか後ろから来ていた人の存在に気付かず肩を軽くぶつけてしまった。その衝撃で夜空で追っていた視線は反射的にぶつかった右肩へと向けられる。

「流星雨に見惚れる気持ちは分かるけど夜道をぼーっと歩くのはよくないぜ」

視線を向けた時にはすでに正面へと回っていた人物は私の左の二の腕へと右手を添えていてふっと口角を上げながら言った。すみません、と謝罪を一言口にしながら目の前の恐らく男の人だろう彼の姿を初めて認識したけれど、夜なのに目をすっぽりと覆い隠すスクエア型のサングラスをかけており、更に纏っているスーツはガーネットのような色味で夜の闇に塗られてなければきっとルビーのように鮮やかな色をしているに違いない。

「ちょっと星野!先に行かないで!」
「そうですよ。自分だけ先々行くのはやめてください」

そんな繁華街の夜なら理解が及ぶがこんな住宅街の夜には全くもって似つかわしくないその姿に、よろしくない人間にぶつかってしまったのかもと微かに不安を感じていると背後から更に人間二人の声がする。その声に「ごめんごめん〜!」と目の前のたった今“星野”と呼ばれた彼が片手を上げながら言っているから恐らく友人か何かなんだろう。人数も増えて面倒なことになる前にこの場を去りたかったけれど未だに二の腕を柔く掴む彼の手を振り払うことが出来ずにいた。

「おや、誰ですかその方は?」
「お星様に願いを込めるのに必死なお嬢さんだよ」
「答えになってませんが」
「なんだよ、ちゃんと答えただろ〜」

早く一言断りを入れて去りたいのに近づいてくる声に楽しそうに受け答えをしているお陰でタイミングをなかなか掴めない。そんな彼と彼に掴まれた腕とへ繰り返し視線を送りながら機会を伺っていると「ハァ...」と大きく息を吐く声が後ろからした。

「さっさと帰したら?僕は誰だろうとどうでもいいし寧ろ面倒なんだけど」

変声期を迎える前の少年のような声音の言葉はぶっきらぼうで不機嫌なのがひしひしと伝わってくる。面倒を被ってるのは私も一緒なんだけどなと思ったけれどそのお陰で「はいはい」と彼は答えやっと二の腕から手が離れていった。

「じゃあな。暗いし気をつけるんだぞ」
「はい...」

ニッと白い歯を見せながら言われ、その笑顔に少し気後れしながら頭を下げてとりあえずと後ろの二人にも下げておこうと振り返り二人の姿を、背の高い男を映した次に銀髪の背丈の低い男の姿を映したその瞬間だった。

「....!」

一筋の電流が、まるで星が駆けるかのように頭を過ぎる。分からない、目の前の彼のことなんて何も分からない。今日初めてこの場で出逢ったばかりの彼のことなんて知っている筈がない。なのに目を離すことができなくてそれは彼も同じなのか「えっ...」と唇から短く溢し私と彼の視線が交わる。今向き合っている彼も赤いスーツの彼と同じく黒いグラスですっぽりと目を覆い隠している。けれど彼は私の瞳を、私は彼のペリドットのように輝く瞳を見つめていると本能が云っている。

「きっ...キミは....」

さっきも耳に入れた筈なのに、今この瞬間耳に入り込む彼の声に表しようのない懐かしさを憶える。この地球に人間として生まれ落ちてから一度たりとも、プリンセスを見た時ですら感じることのなかった感情だ。心臓の裏を素手で触れられ焦らされているような感覚と共に目の前で唇を震わせる彼の姿に鼓動が強く跳ね出す。ドクドクドクと鼓動は速まっていくのに私たち二人を包む刻はゆったりとスローで過ぎていくような感触を身体が覚える。まるで静寂の中で幾多の命が灯される銀河の腹の中に身を投げ出されたような、無重力空間の中で互いの息遣いと鼓動だけを私たちは感じている。

「おーい夜天?」
「どうしたんです?」

そんな私たちは二人きりだと錯覚させていた一時は二人の介入によって呆気なく終わりを迎える。その声にハッとした私は頭を下げることも忘れ駆けた。私の背中に向かって何やら叫ぶ声が聞こえた気がしたけれど自分のはち切れんばかりの鼓動に聴覚までも支配されて聞き取ることができなかった。頭を軋むような痛みが襲い足を踏み出すたびに海馬から記憶が一つ、また一つと抜け落ち脳が白濁に染まる。自分が何者なのかという事でさえも全て忘却の彼方へ消滅しそうな焦燥感が背中に押し迫っていて逃れようと躍起にアスファルトを蹴り走り続ける。けれどがむしゃらなその歩みは膝の力が抜け落ちたことによって終わりを迎え、ガクンと膝から倒れ込むように身体を地面へと崩す。反射的に飛び出た両手によって何とか半身のみの転倒で済んだけれど内臓諸共吐露しそうな程に咳込み白んだ肺が猛烈に酸素を求めていると粒状の体液を地に落としながら自覚した。

「ハッ..ハァッ..ハッ...ハァ......ハ....」

深く息を吸って吐いてを手順を確かめるように繰り返す自分は呼吸の仕方すらも忘れていたようで、そんな手探り状態の中なんとか呼吸を整えると徐々に頭の中が晴れてきた。とりあえず家に戻ろうと真っ先に思ってゆっくりと立ち上がると手の平がじんじんと痛み出し、開くと腹の中に荒々しい傷が無数に走っり血がじゅくじゅくと滲んでいる。きっと倒れる時に強く摩擦したんだろうと傷を暫く見た後拳を強く握って痛みをより一層体に自覚させた。それは“夜天”と呼ばれていた彼を思い出さないように、痛みで彼の存在を塗り潰す為だったのだと 私は気付くことは無かった。


「ひすみ〜」

夜が明けた次の日、朝の光がいつも以上に身体に染み入り頭に僅かな痛みを抱えながら登校していると私を呼ぶ声と共に自転車が横切る。遅れてやってきた風に髪を掬われ視界を覆われるけれど呼ばれた声で誰なのかは分かっていても耳に髪を掛けると予想通りの二人が自転車を止めてこちらを見ている。

「おはよ、みちるにはるか」

同じクラスの二人に朝の挨拶をするとはるかは「おはよぉ〜〜」と語尾を伸ばしながら欠伸をし身体をグーッと伸ばした。みちるはそんなはるかの姿に口元へと手を寄せて笑った後に「おはようひすみ」と挨拶をくれると「あら、」と瞳を瞬かせる。

「その手どうしたの?」
「ホントだ、両方怪我したのか?」
「昨日少し転んじゃって...」
「そっか。気をつけなよ」
「そういうことなら、」

はるかの後ろで優雅に横坐りしながら会話していたみちるは自転車から降り、テーピングの巻かれていない私の指先を持ち上げると手をそっと握りながら微笑んだ。

「今日は私と一緒に歩いて学校に行きましょう。途中で何かあったら大変だもの」
「りょーかい。じゃあ私は先に行くよ〜」
「...いいの?みちる」
「遠慮しないで。寧ろ軽くなって喜んでるんじゃなくって?」

みちるが笑顔を崩さずにそう言った時には既にはるかは先行ってしまっていて彼女の代わりに「そんなことないよ」と返すと「じゃあ怪我が治ったらひすみにおぶられて登校しようかしら」とみちるは楽しそうに笑った。陽の光を浴びたみちるの唇はシックなローズに色づき、微かに桃色も混じっているお陰でまだ春を思わせる。

「ところで手の怪我だけじゃなくて今日寝不足でしょう」
「えっ...そっそんなこと....」
「私の目は誤魔化せないわよ。春になると眠りが浅くなる人がいるけどひすみもそういうタイプだったかしら」
「ううん、...昨日はたまたまだよ」
「そう...」

ぎゅっと身体が拳を握ろうとしたけれどテーピングで可動域が狭まっているせいか中途半端に指を曲げることしかできず両手を圧迫感が襲う。みちるは一言頷くと「もし続くようなら私が個人的に演奏したヒーリングミュージックのCDをあげるから素直に言うのよ」と言い、その言葉に私はすぐさまみちるのラズリに染まった瞳へと視線を送り口を開いた。

「私やっぱり春になると眠りが浅くなるタイプかも」
「ふふ、明日忘れずにCDを持ってくるわね」



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