興味津々

 空は快晴だが少し冷えた風が肌を撫でる午前9時。高専に通う1年生達は外で行われる次の授業のために校舎の玄関口に集合している。担任の教師は職員室で準備をしているのだろうか。まだ姿を見せない。
 暇を持て余した虎杖と釘崎が芸人のモノマネを始めかけた時、快活な声がその場に響いた。

「恵! 久しぶりだな」

 声に反応した3人が顔を向けると、小柄な女性が片手をひらひらと振っていた。反対の手には青いファイルを抱えている。名前を呼ばれた伏黒は驚いた様子で尋ねた。

「名前さん、どうしたんですか」
「悟の忘れ物を届けに来た。職員室に行けば会えるよね?」
「俺達今から実技演習の時間なんで、もうすぐここに来ると思います」
「おー、じゃあ一緒に待とうかな」

 名前と面識のない虎杖と釘崎は1歩下がって会話を眺めていた。黒いパンツスーツ姿なので一見すると補助監督のような出で立ちだが、呪力量はそこらの呪術師の比ではない。虎杖は内心で舌を巻いた。しかし釘崎は別の視点から観察していたようで、確認も兼ねて隣にいる虎杖を肘で小突いた。

「ねえ虎杖。あの眼帯のデザイン、なーんか見覚えない?」
「お姉さんのやつ? ... ...え、まさか」

 名前の右目は黒い眼帯で覆われている。高専の制服同様、一般的な店で販売されている衣服よりも丈夫な布地であるのだろう。厚みがあってその奥は窺い知れない。似たようなもので目元を隠している人物には虎杖にも心当たりがある。そんな彼らの会話に気がついたのか、名前は笑って自己紹介をした。

「ごめん、挨拶が遅れたね。五条名前です。いつもうちの28歳児が多大なご迷惑をおかけしております」

 名前は冗談めかして軽く頭を下げると伏黒は「言い得て妙な表現ですね」と苦笑した。しかし虎杖と釘崎は彼女の苗字が衝撃だったらしい。興味津々で声を上げる。

「やっぱ先生の奥さんなんだ!?」
「アイツ本当に結婚してたのね」
「ははっ、すげえ言われようだな。悟のやつ、ちゃんと先生してんの?」
「まあ...一応」

 伏黒の微妙な答えを聞いて名前はけらけらと笑った。丁度その時、始業のベルが鳴ると共に背後から件の人物がやってきた。

「野薔薇も悠仁も良いリアクションだねー。ていうか名前が高専に来るとか珍しいじゃん。僕に会いたくなった?」
「アホか。これを届けに来ただけ。パソコンの前に置きっぱなしだった」
「あー! わざわざありがとう。伊地知にまたコピー頼むところだったよ」
「おい、伊地知をいじめようとするな」

 名前と五条の軽快な会話が飛び交う。仲睦まじい夫婦を見て虎杖は口元を緩めた。

「2人とも仲良いなー」
「高専時代からの付き合いらしい」
「長っ! もう10年くらいじゃない」
「ちなみにお子さんもいる」
「え、先生パパなの!?」
「全く想像できないわね」

 伏黒の発言にまたしても虎杖が驚く。釘崎は五条が子供の面倒を見る映像を頭に浮かべようとしたが断念した。黒ずくめの巨人はもはや不審者だ。

「悟、生徒達が驚いてるぞ」
「指輪はしてるけど言ったことはなかったからね」

 五条は気を悪くするどころか、むしろ楽しそうに口角を上げて自身の長い薬指に触れた。いつかは生徒に紹介するつもりだったようだ。
 ふと、何かを思いついた名前が1年生達に向かって提案を投げかけた。

「私も呪術師だから今後も何かと会うだろうし、近いうちに親睦会も兼ねて皆で焼肉とか行こうか。勿論奢るよ」
「行きたい行きたい!」
「っしゃ! ゴチになります!」

 焼肉と聞いた途端、虎杖は目を輝かせ釘崎はガッツポーズを決めた。食いつき方が可愛いくて発案者の名前はとても喜んだ。

「おおー! 悠仁君と野薔薇ちゃんだっけ? ノリが良いな! 恵もこれくらいテンション上げてよ」
「はいはい」
「ねえ名前ー、僕はー? 入れてくれるよねー」
「アンタと親睦会はしなくて良いでしょ」
「え、もしもし名前さん?」

 適当にあしらわれる五条が悲痛な声を上げ、名前と1年生はどこの焼肉店が美味しいだの高いだのと盛り上がる。穏やかな日常の風が彼らの間を通り抜けた。





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