お膳立て

 古びた街灯と月明かりによってぼんやりと照らされたアスファルトの上を虎杖は鼻歌交じりに歩いた。彼の歩調に合わせてビニール袋がガサガサと揺れる。中に入っているのはカフェオレとコーラ、スナック菓子がいくつか。これらは虎杖と苗字の勉強のお供になる予定だ。
 今夜は次週の定期考査に備えて苗字と虎杖で2人きりの勉強会を開催している。場所は虎杖の部屋だ。事の発端は彼が恋人である苗字に苦手科目のカバーを頼みこんだことだ。快く承諾した彼女は夕方から虎杖に付きっきりで勉強を教えていた。そして休憩時間を迎えた時、虎杖は「夜食買ってくる! 名前も何かいる?」と言ってコンビニへ向かった。苗字もついて行こうとしたが「俺が教えて貰ってる側だから」と言いくるめて部屋で待ってもらっている。

 寮に戻った虎杖は自室の扉を開けながら声をかけた。

「名前、ただいまー」

 しかし、返事がない。それほど広くはない室内で聞こえていないことはないはずだ。どうしたのかと思いながら奥へ行くと苗字はすやすやと眠っていた。ローテーブルから教科書をどかし、腕を枕代わりにしている。虎杖は起こさないように注意しながらそっと隣に座った。眠っている彼女の横顔は普段よりも少し幼く見える。柔らかそうな白い頬が虎杖の目に留まり、思わず指で触れた。

「よく寝てんな。疲れてたんかなー」

 虎杖がぽつりとこぼした言葉に返事はない。自分の勉強に付き合わせていることに申し訳なさを感じ、このまま好きなだけ寝てもらおうという考えに至った。冷えないように苗字の背中に上着をかけようとした時、虎杖の心に好奇心が芽生えた。苗字の目蓋が閉じられているのを確認し、ゆっくりとその白い頬に顔を寄せた。右手で静かに髪をどかす。彼の唇が触れるまであと1秒。しかし虎杖は既の所で顔を離した。彼の好奇心よりも自制心が上回った瞬間だった。こういうのは起きてから。自分に言い聞かせて留まったのだが、その場に揶揄する声が響いた。

「小僧、据え膳食わぬは男の恥と知らんのか」
「馬鹿! オマエは引っ込んでろ!」

 手の甲から口を現した宿儺が小馬鹿にするように笑ったので、虎杖は慌ててもう片方の手で叩いた。パシンと乾いた音と共に宿儺は引っ込んだ。一連の流れで目を覚ました苗字は不思議そうに虎杖の顔を見つめた。

「ゆうじ...?」
「悪い、起こしちゃった」
「ん。大丈夫だよ」

 苗字が身体を起こして大きく伸びをする。虎杖はすっかり忘れ去られていたコンビニの袋から中身を取り出してテーブルに並べていく。先程までの自分の行動はバレていないだろうか、と内心不安に思いながら。すると彼の心を見透かしたように、苗字がふわりと笑いかけた。

「じゃあ、続きしようか」
「え」

 虎杖が文字通り固まった。続きってどこまで、という言葉が喉まで出かかる。しかし、苗字はさも当然のように言葉を続けた。

「だってまだ範囲終わってないでしょ」
「ああ! そっちね!」

 どうやら自分の勘違いだったらしい。虎杖は冷や汗を誤魔化すように笑った。それに相槌を打ちながら苗字はカフェオレのボトルを受け取る。

「勉強が終わったら、悠仁が考えてたことをしようね」

 茶目っ気たっぷりの瞳で苗字が微笑んだので虎杖は再び固まった。自分の顔が火照るのを感じる。直後、宿儺が笑い声を上げた。





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