映画好きに悪い人はいない

 私の後輩はちょっと怖い子が多い。真希ちゃんや野薔薇ちゃんは優しくて頼りになるんだけど、殺気立った時の目つきを見ると逃げ出したくなる。美人さんだから眼力が半端じゃない。
 男子陣だと、一見大人しそうな乙骨君が絶対に怒らせたくない人ナンバーワン。次は伏黒君かな。彼は中学時代に不良のボスだった片鱗が垣間見えるから。
 狗巻君は怖いというよりミステリアス。私ももう少しおにぎり語が理解できるようになれたらいいな。パンダ君もミステリアスな感じはあるけど、後輩の中ではいちばん話しかけやすいと思う。
 虎杖君を初めて見た時、明るくて元気でクラスにいたら楽しそうな男の子だなと思った。一般の出というのもあって良い意味で呪術師らしくない、そんな印象だった。でも、私はこの間見てしまったのだ。虎杖君がパチンコ店から出てくる瞬間を。「虎杖君もなかなかのヤンキーだ...」というのがその時こぼれた私の感想だ。
 そんなこんなで私は一方的に虎杖君に恐れをなしていた。例えて言うならギャップ萌えではなくギャップ怯えというところか。

 ある日、私はお風呂も夕飯も済ませた後に1人でDVDレンタルショップに向かった。服装はハンガーから適当に引っ掴んだパーカー。外は暗かったけど、術式もあるし戦えるからあまり気にせずに夜道を歩いた。
 久しぶりに観たくなったシリーズを借りようと思って大きな棚を隅々まで見てタイトルを探した。やっと目当てのタイトルが目に入った瞬間、横からにゅっと伸びてきた手にケースを取られてしまった。私は思わず声をもらした。

「あっ...」
「あれ、名前さんじゃん」

 聞き覚えのある声に反応して見上げると、虎杖君が立っていた。左手のカゴには既にいくつかDVDが入っている。きっと彼も映画が好きなのだろう。初めて親近感がわいた。虎杖君がきょとんとした顔で言葉を続ける。

「今どきレンタルとか珍しいね」
「私が観たい映画って古いしマイナーすぎてネット配信されてないものが多くて...」
「それめちゃくちゃ分かる! 俺も伏黒とか釘崎にネット配信でいいじゃんって言われるんだけどさ、観たいやつに限ってないんだよなあ」
「うんうん」

 虎杖君の言葉に大きく頷いた。私が今借りようとしていた映画も配信がなくて困っていたのだ。そう考えていると、私は無意識に虎杖君の手元に目線を注いでいたらしい。彼はすぐに気づいて尋ねた。

「もしかしてこれ、狙ってた?」

 私は被ってしまって申し訳ないなと思いながら控えめに頷いた。どういう反応が返ってくるか予測できなくて少し怖い。だけど虎杖君は眉を下げてこちらにケースを差し出した。

「マジか。取っちゃってごめん。名前さんが借りなよ」
「いや、先に取ったのは虎杖君だから...! 私は他のも借りるつもりだったから気にしないで」

 私の方が先輩だから遠慮しているのかもしれない。レンタルは早い者勝ちだから虎杖君が借りていいんだよ。そう思って断ったけど、彼は予想外のことを提案してきた。

「そうだ、せっかくだし一緒に観ない?」
「え、と、」
「伏黒も釘崎も映画に関してはあんまノッてくれなくてさー。でも、名前さんなら映画の趣味が合いそうなんだよね!」

 虎杖君はカゴに入っているDVDのタイトルを見せてくれた。私の知らない作品と好きな作品が半分ずつくらいある。意外とB級映画も好きみたい。確かに趣味が合いそうだなと思った。だけど場所はどうするんだろう。本日の共有スペースは先約があるはずだ。

「場所はどこにするの?」
「共有スペースでいいんじゃね。他の皆は興味無い映画かもしんないけど」
「でも今日、野薔薇ちゃんが好きなドラマの日だよ」
「あーーー忘れてた! 今からだと1本ギリ観れるかどうかか...」

 虎杖君はポケットから取り出したスマホで時刻を確認しながら残念そうに言った。社交辞令とかじゃなくて、本当に私と映画を観たいって思ってくれてるんだ。なんだか嬉しくて、この機会に仲良くなれるといいなと淡い期待を織り交ぜて声をかけた。

「私の部屋なら、テレビあるよ」
「俺、入っても大丈夫?」
「うん。多分、そんなに汚くはないと思う」
「ははっ、心配はそこなんだ。じゃあ場所は名前さんの部屋で決定な」

 虎杖君は口角を上げて白い歯を見せた。人懐っこい笑みだ。パチンコ店から出てきた姿は幻覚かもしれない。...いや、それはないか。時々彼から煙草の匂いがするし...。
 横道に逸れた私の思考は虎杖君によって引き戻された。

「そうだ、他に見たいやつある?」
「あと1本あるんだけど」
「取ってきなよ。それも観ようぜ」
「わ、分かった」

 明日は休みだし、今夜は夜通し映画かもしれない。虎杖君とならたくさん語れそうだな、なんて自分が既にわくわくしていることに気づいた。
 別の棚から洋画を取って戻ると、虎杖君にするりと奪われた。彼はそのままカゴに放りこんでレジへ歩き出す。

「虎杖君! 私もちゃんと払うよ」
「いーよ、名前さんの部屋を使わせてもらう代わり!」

 虎杖君の笑顔が眩しくて私は結局引き下がってしまった。支払いを済ませて私達は並んで高専まで歩いた。彼は何気ない気遣いが上手で、車道側に立ってくれたり、足元の水溜まりを注意してくれた。きっと中学時代や前の学校でモテていたんだろうな。
 後輩は怖い子が多いとか思っていたけど、私の勘違いかもしれない。特に虎杖君。そんな彼と私の部屋で映画を観るなんて。今更ながらドキドキしてきた。





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