君一択

___苗字名前、現在高専1年生。それなりの呪霊と戦ってきた私ですが、突然現れた恋敵にどう対処すればいいか全く分かりません。どなたか助けてください。

 私が任務を終えて高専に戻ってきた時、廊下では信じられない光景が広がっていた。見知らぬ女の子が恵に抱きついていたのだ。長い黒髪に白い肌、細身だけど胸は大きくてスタイルが良い。遠目から見ても分かるくらいの完璧美少女だ。

「恵くーん! やっと会えたね! 私ずっと寂しかったんだよ」
「禪院さん、やめてください」
「もう、アナタもそのうち同じ苗字になるんだから、下の名前で呼んで?」
「なりません。それより離れてもらえませんか」
「えー、そんなに照れないでよ」
「照れてないです」

 恵は否定してるけど、無理に突き放すようなことはしない。そうやって優しくするから絡まれちゃうんだよって言ってやりたい。
 とにかく2人に離れてもらいたくて、私は勇気をだして声をかけた。思ったより動揺してるみたいで、声がちょっと震えてしまう。

「め、恵...。その子、誰...?」
「名前! この人は、」
「アナタこそ誰よ。まさかとは思うけど、恵君の彼女とか言いだすつもり? そんな訳ないよね」
「ちょっとアンタいい加減にしてくれませんか」

 女の子の発言を聞いて、恵の声が鋭くなった。その事実が少しだけ嬉しかったけど、悔しくて悲しくて私はその場から逃げ出した。

「っ、ごめん、話はちゃんと後で聞くから」
「おい! 名前!」

 後ろから恵の声が聞こえる。だけど私は振り返らずに寮に向かって走った。美男美女でお似合いだったな、なんて余計な思考が浮んできたから慌てて頭を振った。見た目より引っかかるのはあの子の苗字だ。聞き間違いでなければ禪院さんって呼ばれていた気がする。真希さんに聞けば何か分かるかもしれない。不安と嫉妬でざわつく心をなんとか抑え込んで、私の足は真っ先に頼れる先輩の元に向かった。扉をノックするとすぐに出てくれた。

「ま、真希さん...! 恵が...!」
「恵? 何かされたか? ちゃんと聞くから中に入れよ」

 涙目の私を見て真希さんは眉を顰める。私は真希さんに促されてラグの上に腰を下ろした。

「んで、何があったか話せるか?」
「さ、さっき...恵が、知らない女の人と...!」

 私はさっき見たことを全部話した。最後まで話を聞いた真希さんは女の子の正体に心当たりがあるみたいで面倒臭そうな顔をした。

「あー...そいつは禪院の分家のヤツだな。今は確か京都校の4年生だっけか」
「じゃあ、真希さんの親戚ですか?」
「遠いけどな。大方、相伝の術式狙いのオッサン共に仕込まれてんだろ。恵が女に惚れ込んで分家に入れば、一族での立場は爆上がりするだろうからな」
「そ、そんな」
「信じられねぇだろ? でもこれが実際に有り得る家なんだ。反吐が出るよ」

 真希さんは呆れたように言うとスマホを取り出した。何かメッセージを送っているみたい。すぐに文字を打ち終えて、私を安心させるように肩を叩いた。

「恵なら大丈夫だろ。いくら外野が手を出そうとしても悟の耳に入れば揉み消されるだろうし。そもそもアイツはオマエのことが好きだろ」
「そう...ですかね」
「お、丁度来たぞ。オマエの彼氏」
「え?」
 
 どういうことか尋ねようとしたら廊下からドタバタと音が聞こえてきた。真希さんは耳が良いから私より先に気づいたのだろう。私が脳内で話を完結させたのと同時に部屋の扉が勢いよく開いた。そこから現れたのは予想通り恵だった。珍しいことに焦りが浮かんでいる。

「真希さん! 名前は」
「おう、勝手に連れてけ」
「ありがとうございます」

 私は真希さんに背中を押され、恵に腕を引かれた。やけに連携が取れているので、さっき真希さんがメッセージを送ったのは恵だったのかとここで気づいた。
 されるがままに部屋を出た後、恵に手を繋がれたまま寮の廊下を突き進んでいく。方向的に私の部屋に行くつもりだろう。あの女の子とのことが気になって、恐る恐る聞いてみた。

「さ、さっきの人は?」
「断って来たに決まってんだろ。諸々の事情は真希さんから聞けたか?」
「うん」
「良かった。変な勘違いされたらたまったもんじゃないからな」

 恵は一安心したみたいで目付きが少し柔らかくなった。それでも私は不安が拭えなくて、恵を困らせるようなことをついつい口走ってしまう。

「...綺麗な人だったね」
「んだよ」
「髪はさらさらだし、肌は白くて、スタイルも良いし、胸も」
「馬鹿かオマエは」

 呆れた恵が立ち止まって、思わず口を噤んだ私を真っ直ぐに見つめる。そして私に甘い言葉をくれた。

「俺が好きなのは名前だけだ。血筋とか関係ねえし、興味もねえ」
「恵...」

 名前を呼んだ唇は優しく塞がれた。いつの間にか私の部屋の前にたどり着いていたらしく、恵はドアノブに手をかけた。

「部屋、入っていいか」
「うん」

 頷く以外ありえなかった。だって続きをしてくれるんでしょ。





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