正体
普段より遅い時間に設定されたアラームが鳴る。今日は伏黒にとっては久しぶりに何も予定が無い休日であった。昨日の夜は遅かったこともあり、未だ意識がはっきりしないが、あの不思議な獣を家入の元へ連れて行かなくてはいけない。隣に寝ているはずの獣の体にそっと触れて撫でた。はずだったのだが。

「嘘だろ...」

思わず呟いて、身を起こした。昨夜の獣は姿を消しており、代わりによく似た色素の薄い髪の少女が隣で気持ちよさそうに寝ている。伏黒の記憶の限り、間違いは犯していない。よく見ると少女が着ているのは高専の制服のようだ。その事実だけが伏黒の冷静さを保つ枷であった。とりあえず同じベッドの上に居座り続ける訳にはいかないと感じ、起こさないようにそっとベッドから下りた。そのとき、部屋のドアがノックされた。

「恵〜 もう起きてるでしょ。聴きたいことあるからちょっと出てきてよ」

五条だ。この状況を見られるのはまずい。かといって開けないとこのまま居座り続けるだろう。伏黒が仕方なく中が見えない程度にドアを開けたところ、五条はむかつくくらい長い脚を滑りこませて無理やり入ってきた。

「あ、一緒に寝ちゃった感じ? 恵ってば大胆」
「馬鹿なこと言わないでください」

伏黒の苛立った様子に気づいているのかいないのか、五条はそのままベッドに近寄り少女の肩を叩いた。

「名前、起きて。もう朝だよ」
「ん... 五条、先生...?」

少女の意識は覚醒していなかったが、銀髪目隠しの後ろに立つこの部屋の主を見た瞬間、飛び起きた。

「あ、ごめん! 助けて貰った上にベッドまで借りちゃって! ていうかなんで五条先生もいんの!?」
「なんだ元気じゃないか。とりあえず、詳しい説明は朝ご飯でも食べながらしようか」

五条は戸惑う生徒2人の腕をお構い無しに引っ張り、食堂へと向かった。




「3年生の苗字名前です。今まで長い間九州の任務に行っていたんだけど、昨日戻ってきたんだ。昨日は手当てしてくれてありがとね」
「1年の伏黒恵です。先輩とは知らずに、その...今朝はすみませんでした」

食堂のテーブルを挟んで向かいに座る少女、苗字の身体には擦り傷が残ったままだ。右手首も腫れていて、昨日の獣と同一人物である事を物語っていた。

「名前の術式は九尾の狐になれるんだ。ただ、満月の夜は強制的に狐化する。普段はあの姿でも喋れるんだけど、縛りの間は人語が使えなくなるから覚えておいて。自我はあるから意思疎通はできるんだけどねー」

五条がいちごオレのパックを飲みながら説明した。朝からよくそんな甘い物飲めるな、と思いながら伏黒は焼き鮭をつつく。食事をしながら苗字は昨日の任務後に運悪く別の呪霊に遭遇したおかげで、夜には呪力が底を尽く寸前だったことを話した。

「今後の任務とか実践練でも組んでもらうと思うから、お互い仲良くしてね」

そう言うと五条は2人より先に退席した。残された伏黒は今朝の光景を思い出し、なんとなく居心地が悪かったが、苗字はそうでもないようだ。彼女は人懐こい笑みを浮かべ、伏黒に言った。

「これからよろしくね。 伏黒君」


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