九尾狐-1-
平日の朝食の時間に1年生たちが揃って食堂に入ろうとすると、中から苗字が出てきた。お互い挨拶をした後、不思議に思った釘崎が尋ねた。

「名前さんもう朝ご飯食べたの?」
「そうそう、今から任務なんだよね」
「マジかよ、先輩も大変だね」
「虎杖君たちは昨日八十八橋の任務だったでしょ? お疲れ様」
「そう! 聞いてよ先輩! 俺ら特級を撃破したんだ!」
「本当に!? みんなすごいよ、昇級も近いんじゃない?」
「そしたら私の名前を京都校まで轟かせてやるわ!」
「いいね野薔薇ちゃん! ライバルに見せつけてやんないとね!」

虎杖と釘崎は昇級という言葉に目を輝かせる。会話に花を咲かせる同級生と先輩は微笑ましい光景であったが、伏黒の内心には不穏な空気が渦巻いていた。

「...苗字先輩、やっぱ最近任務多すぎませんか」
「そうかな? 私も昇級近いみたいだから、そのせいかなって思ってたんだけど」
「あまり無理しないでくださいよ。任務、頑張ってください」
「伏黒君ありがと! それじゃあみんなまたね!」

後輩の心配をよそに、苗字は手を振って背を向けた。彼女がその場から離れると、釘崎は呆れたような視線を伏黒に向けた。

「アンタさぁ...もうちょっと可愛く、名前とか言いなさいよ」
「そうだぞ伏黒。行ってらっしゃいとかさ!」
「馬鹿かオマエらは。俺と先輩はそんなんじゃねえ」
「とか言って二人で温泉旅館行けてラッキーだったでしょ」
「あ、俺その話全然知らない! 詳しく聞かせろよ!」
「あれはただの任務だ」
「嘘つけ、どうせ浴衣着た苗字さんに鼻の下伸ばしてただろ」
「ちっげえ!」

この後、伏黒は二人からの尋問を受けながら朝ご飯を食べる羽目になった。


太陽も高い位置に上り気持ちの良い天気の中、苗字は東京都から少し離れた山道で伊地知が運転する車に揺られていた。窓の外には緑ばかりが目に入る。ぼんやりと外を眺めていると、伊地知が説明を始めた。目的地に近づいているのだろう。

「今回は縁結びの神社です。最近SNSを通して若い参拝客が増えたせいか、呪霊を引き寄せやすくなっているようです」
「縁結びって聞くと、逆に負の感情なんて溜まらなさそうですけど...」
「残念ですが、きっと結ばれない方も多数いたのでしょう。効果は絶対ではありませんので...」
「なるほど...」
「着きましたよ。ここから上までは徒歩になります。お気をつけて」
「ありがとうございます! 終わったら連絡しますね」

苗字が車から降りると、昼間だった空に影がさした。伊地知が帳を下ろしたのだ。舗装された道に沿って歩いていく。道中の看板を見ると、稲荷神社という文字が目に付いた。

「あ...ここ、狐が祀ってあるんだ。九尾じゃないけど...」

尻尾が一本の狐の像がいくつも置かれている。普段は参拝客が多いのだろうか、小さな池には小銭が投げ入れてあったり、木や専用の棒におみくじがびっしりと巻き付けられていた。
しばらく歩いていくと、階段の目の前に着いた。上から徒ならぬ気配を感じ、思わず身構える。すると、真っ黒な狐の様なものが顔を出した。黒いのは毛皮ではなく、泥のような何かが纏わりついているようだ。ボタボタと黒い液体を滴らせている。

「何デ...どオシて...ワタしダけ」
「どうしたの...?」

苗字はかすかに聞こえた言葉の続きを促すが、次の瞬間、黒い物体は叫び声をあげた。

「ワたシだけ、だケがあぁあああアアアァア」
「くっ」

かなりの高さがある階段から苗字に向かって飛び降りた。彼女は狐に化けてそれを避ける。

___烽火連天
「ごめん、すぐに祓うから」

黒い狐は爪や牙で傷で攻撃された箇所から燃え広がる炎にのたうち回る。狐から溢れ出ている黒い液体は意志を持ったように苗字に迫るが、躱しながら確実に攻撃を仕掛ける。しかしその合間を縫って、狐の傷口は黒い液体によって塞がれていった。噛み付き、裂いて、避けて、燃やす。繰り返して少しずつ追い詰めていくしかなかった。

「イヤだイヤダァあ、いカナいデ、オイていかないでェエええ」
「くッ」

接近と後退を繰り返し、再生が鈍くなった頃、ようやく最後の一撃が決まった。狐は形を留められなくなり、どろりと溶けだした。地面に広がる黒の真ん中に何かが落ちているのに気づいた。液体を吸って赤黒くなった小さな巾着のようなものだった、

「なんだろ、これ。お守り...?」

苗字は鼻を近づけたり、前足でつつく。
途端に辺りの液体が苗字の全身を包みこみ、彼女の意識はそこで途切れた。


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