犬神-2-
帳のせいで空の明るさが分からなかったが、任務には思っていたより時間はかからなかったようだ。途中のコンビニで夕食を買い、部屋に帰りついた二人は風呂の問題に直面していた。

「伏黒君、露天風呂入る?」
「いや、俺はシャワーでいいです」
「そっか。私はシャワー浴びてから露天風呂入るつもりだから、先にお風呂どうぞ」
「うっす」

伏黒は手短にシャワーを終わらせ、苗字と交代した。制服から浴衣に着替えると随分と身体が楽になった。彼は備え付けのローテーブルで報告書に取り掛かろうとしたが、はたと手を止めた。苗字は露天風呂に入ると言ったが、外に脱衣場は無かったはずだ。室内の風呂場で服を脱ぎ、部屋を通って露天風呂に行くタイプの客室。伏黒は気を利かせて部屋を出るか迷った。しかし勝手に出ていくのも失礼ではないか。悶々と考えていると、風呂場のドアが開く音がした。思わず振り返った彼は、口を半開きにして固まった。

「もしかして、裸で部屋を横切るかと思った? 残念、私は術式があるのです」
「別に誰も残念とか思ってないですけど」
「冗談だって」

狐姿の苗字は、口にバスタオルを咥えて部屋を横切ると、器用に前足でガラス戸を開け、露天風呂に浸かった。ガラス戸の上から障子を閉めれば外は見えないのだが、伏黒は閉める意味を感じられず、そのまま報告書と向き合った。
数分後、露天風呂から上がった苗字は体を震わせ乾燥させた。その光景を見て伏黒は便利だな、と思った。
風呂場で人の姿に戻った苗字は、浴衣に着替え終わると彼に声をかけた。

「せっかくだからやっぱり伏黒君も入って来たら? 疲れも取れると思うよ! ライトアップされてて景色も綺麗だったし」
「...その間苗字先輩はどうするんですか」
「安心して、部屋から出ておくから。売店にお土産でも見に行こうかなって思ってたんだよね。みんなの分買ってくるから割り勘しようよ」
「いいっすね。毎回選ぶの迷うんで助かります」
「良いの探してくる! それじゃあ、ごゆっくり」

苗字が出ていくと、部屋は一気に静まり返った。伏黒は物足りなさを感じたが、せっかくなので好意に甘えて露天風呂を堪能することにした。


しばらくして伏黒が着替え終わった頃、丁度苗字が大きなビニール袋を引っさげて帰ってきた。

「ただいま! ジュースも買ってきたよ」
「わざわざありがとうございます」

苗字は座りこんでローテーブルに二人分のジュースとコンビニ弁当を広げ始めた。伏黒も向かいに胡座をかく。

「露天風呂どうだった?」
「湯加減も景色も最高でした」
「ね! 入って良かったでしょ? 任務は嫌だけどまた来れるといいね」
「え」

目を瞬かせている伏黒に気づいていないのか、苗字は楽しそうにグラスにジュースを注いだ。

「よしっ、乾杯ー!」
「...乾杯」

普段より遅めの夕飯だが、任務のおかげで空腹に拍車がかかっている。それぞれ箸を動かしながら、報告書の話や旅館の感想、他愛の無いものまで色々な話をした。二人の間で心地良い時間が過ぎていく。

寝る準備を済ませて布団に入ると、苗字が携帯で時計を確認しながら言った。

「今日は任務お疲れ様。明日の朝は遅くて大丈夫だから、ゆっくり眠れるよ。おやすみ」
「お疲れ様でした。おやすみなさい」

二人は目を閉じると、すぐに深い眠りに落ちていった。


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