提案?いいえ、強制です(五条)
苗字が任務を終えて高専に戻ってくると、多忙な同期が珍しく暇を持て余していた。
ここに来る途中で嫌なものを見てしまった彼女は丁度愚痴を聞いて欲しい気分だったので、その黒い袖を引っ張った。
外にあるベンチへ向かう間、文句も言わずについてきてくれた彼に感謝だ。二人並んで座ると苗字は話を始めた。

「ねえ、五条」
「どうしたの。目付きだけで呪霊が祓えそうだよ」
「相手から告ってきたのに二週間で浮気するヤツってどう思う?」

先程街中で見かけた男の姿を思い浮かべる。隣には自分とは真逆のタイプの綺麗な女性がいた。楽しそうに腕を組んで歩く彼らを思い出すだけでどうしようもない怒りのような感情がこみ上げてくる。五条はそんな彼女の内心を察しているのかいないのか、わざとらしく口角を上げた。目元が隠されている分彼の口は感情表現が豊かである。

「そいつを選んだ名前って見る目ないなって思う」
「うるさいな! 告白された時は嬉しかったんだって」
「焦る気持ちは分からなくも無いけど、もう少し相手は見極めないと」
「五条にまともなこと言われた...」
「失礼だな。僕だって教師だからね」

学生時代は超がつくほどの遊び人だったくせに、随分とマシな人間になったようだ。目隠しで怪しさは増したけど。いや別にサングラスのままでも不審者だったな。なんでコイツがモテるんだ。苗字は苛立ちを隠そうともせず、指先でベンチをコツコツと叩いた。

「次こそ上手くいくと思ったのに」
「その自信どこから湧いてくるの?」
「私の美しい心から?」
「はははっ、無理があるよ」
「笑うな!」
「まだ職業も言ってなかったでしょ? 遅かれ早かれ、こうなってたさ」
「そうかなあ」

五条の言う通りである。また次があるか、と苗字の苛立ちは収まってきた。やはり呪術師で良い人を探す方が無難だろう。七海か伊地知に真面目で誠実な知り合いでも紹介してもらいたい。芝生をぼんやり眺めていると、突然五条の手が苗字の指を覆ったので彼女は思わず顔を上げた。

「名前って本当に見る目無いよね」
「...何よ」
「僕にしときなって」
「またそんな冗談ばっかり」
「冗談でも嘘でもないよ。僕は本気さ」
「ちょっと」

指を絡めると、五条は片手で器用に目隠しを外した。白い睫毛に縁取られた青い瞳が顕になる。昔か変わらない澄んだ輝きに苗字は思わず息を飲んだ。

「こんなに良い男、他に居ないでしょ」
「自分で言っちゃうところがね...」
「実際僕よりかっこいい男と出会ったことある? あるわけないよね」
「...うっ」

悔しいことに、その通りなので苗字は言葉に詰まった。学生時代に比べて大人びたとは思っていたが、軽口を叩くところは変わっていない。何か言い返そうとする前に、五条は握った手にゆるく力を込めた。

「名前。僕と付き合ってみない? 嫌な思いはさせないよ」
「...言ったからね。それ、私との縛りよ」
「怖い呪術師だなあ」

そう言う五条の目は楽しげに細められている。その綺麗な瞳を見ながら苗字は悪くないかもしれないと思った。
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