花水木(五条)

※(五→バイセク女主)+家


本日は特に患者が来ることもなかったので、家入は医務室に籠って溜まった書類を片付けている。
肩に痛みを感じて大きく伸びをした時、扉が開く音がした。患者かと思い入口に目を向けたが、予想は外れて健康体であろう先輩が片手を上げて立っていた。

「やあ硝子。またクマが酷くなったんじゃないのか? 綺麗な顔が勿体ないよ」
「誰かと思えば名前さんじゃないですかー。インスタントコーヒーならありますけど、飲んで行きます?」
「硝子が淹れてくれるなら一杯貰おうかな」
「相変わらずですね」

苗字の軽口を家入が軽くあしらうのはいつもの構図で、互いにクスクスと笑い合った。先輩後輩の垣根を越えた長い付き合いの彼女達ならではのコミュニケーションとも言える。
家入は苗字を招き入れ、2人分のマグカップを用意した。ソファに座ると家入の方から尋ねた。

「今日は任務だったんですか?」
「そうだよ。報告書も書き終えて、さっき提出してきたところだ」
「今回は無事に帰ってきてくれて安心しましたよ」
「ははっ、この前は血塗れで運び込まれたらしいな。気絶してたせいで記憶にないけれど」
「今だから笑い飛ばせますけど、あの時は本当に肝が冷えましたよ。五条に至っては目覚めるまで毎日医務室に様子を見に来てたくらいですから」
「悟が? それは初耳だ」

挙げられた後輩の名前に苗字は驚いた。彼は他人の心配をしなさそうだが。そう考えた矢先、示し合わせたようなタイミングで背後から聞き慣れた声がした。

「硝子。それは言わない約束だろ」
「そうだったかな」

声の主は五条だ。普段の目隠しではなくサングラスをかけている。彼はとぼける家入に呆れ、そのまま苗字の隣にどかりと腰を下ろした。どうやら不機嫌な原因は家入の発言だけではないらしい。

「ていうか名前、戻って来てるなら僕にも声かけてよ」
「悪かったよ。君はてっきり任務に行っているものだと思ってたんだ」
「...報告書の提出に来た時、僕も職員室に居たんだけど。医務室の明かりだけ目敏く見つけやがって」
「...それは本当に申し訳ない」

苗字は本気で気づいていなかったようで、気まずそうに目を逸らした。彼女の眼中に無かったのは悔しいが、謝罪を聞いたので五条はそれ以上文句を言わなかった。旧友3人が揃った席で不機嫌なまま会話を続けるのも無粋だ。
彼は気を取り直して話題を切り替えた。気ままな話し手のおかげで話題が目まぐるしく変わっても、女性陣は慣れているのでそのまま会話に乗っかる。雑談に耽っているうちに時折笑い声も混じるようになり、患者以外の来客が滅多にない医務室が明るく賑やかになった。初めはご機嫌斜めだった五条も苗字の笑顔を見てすっかり気を良くしていた。

苗字がコーヒーを飲み終えて時計を確認すると思ったよりも時間が経っていた。楽しい時間は名残惜しいが、任務上がりなので家での休息も必要だ。

「もうこんな時間か。そろそろお暇するよ」
「えー、名前もう帰るの? 」
「元々長居するつもりはなかったんだ。硝子に会えたら帰ろうと思っていたし」
「...五条。睨むなら私じゃなくて名前さんにしてくれ」

悔しそうな顔をした五条が家入を見るが、彼女にはどうしようもない。やり取りに気づいていない苗字は立ち上がって軽く手を振った。

「じゃあまたな。硝子、コーヒーご馳走様」
「これくらいいつでも良いですよ。次も無事で会えるようにして下さい」
「じゃあね、名前。次は一番最初に僕のとこに来てよ」
「はいはい、悟の所だな。分かったよ」

彼女は軽やかな笑い声を残して部屋を出ていった。面白くなさそうな顔の五条を見て家入が口角を上げる。

「今回も見事に完敗したな」
「うるさいな。アイツマジで硝子にしか興味なくていい加減心折れそう」
「オマエは拗らせ過ぎなんだよ」
「いやいや、拗らせてんのは断然名前の方でしょ。硝子がノンケって知ってんだろ」
「ああ、学生時代から言ってるからな。それにあの人も本気で私を口説いてる訳じゃない」
「とは言えあれだもんなー...。男も恋愛対象なら僕のことちょっとは考えたっていいでしょ」

五条が口を尖らせる。目隠しではなくサングラスをかけている辺り、苗字を意識しての行動だろうかと考えた家入はクスクスと笑った。

「あの人が鈍いのは昔から分かってることなんだから、もっとはっきり言えば良いのに」
PREVBACKNEXT
- ナノ -